36 バリシアの黒い薔薇
読みに来てくださってありがとうございます。
今日も短いです。が、少しずつ種明かしをしています。
よろしくお願いいたします。
「殿下にご報告申し上げます」
遠見の鏡の向こうから声をかけてきたのは、ブロシャン王バサルトの姿をしたバリシアの上級魔術師カルノーだ。
「お前の胸にある、その鏡を通してすべて見ていたわ。鼠にするとは、えげつないわね」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。今朝、例の娘の居場所を確認いたしました。昨日遠見の鏡を使いすぎたために直接御覧に入れることができず申し訳ございませんでした」
「それで、報告通り、まだ完全に目覚めていないの?」
「そのようでございます」
「なぜ、お前を選んだのか、分かっているわよね?」
「はい」
鏡の向こうの「ブロシャン王」が二ッと笑った。
「わたくしめは、あの者と血のつながりを持つ者。一度追放した者の娘とはいえ、一族に迎え入れるべき能力を備えております。必ずや、殿下の前にお連れ致します」
「期待している」
「は」
バリシアの遠見の鏡には、音声通信機能もある。音声と画像の通信が途切れたところで、「殿下」と呼ばれていた女は遠見の鏡にカバーをかけた。
「ブロシャンの王が入れ替わったことに、ブロシャンの者たちは誰も気づかぬだろう」
「これでブロシャンは殿下の思うがまま。一国を手に入れたも同然でございます」
「『紫のイリス』の力で不老不死を手に入れ、兄上に勝ちさえすれば、妾の世が永遠に続くのだな」
「殿下のように美しく、賢く、魔力にあふれた方こそ、この世の支配者として最もふさわしいお方。どこまでもお仕えいたします」
「妾の夫とその一族は、妾のよき理解者であるな」
バリシア王の妹ユタは恍惚と自分を見上げる男に微笑んで見せた。
「カルノーだけではない。ドーソン、そなたもだよ」
その指先でドーソンと呼ばれた男の額をツンと押せば、男はそのまま床に崩れ落ちるようにして眠ってしまった。
兄のドーソン、弟のカルノーは、バリシアでも指折りの魔法貴族カメレ家の者だ。カメレ家の者は誰一人知らないが、バリシア王家によって慎重に婚姻が重ねられて生み出された一族であり、「魔力なし」と蔑まれ国を追放されたマリア……オパールの母は彼らの叔母に当たる。
そう、マリアもまた、そうなるように「作られた」人間だったのだ。
王妹ユタは、窓から吹き込んできた風にその黒髪をなびかせた。マリアの血に何が流れているのかを知らなかったマリアの父は、マリアを追放したことで静かに死を迎えた。本人も気づいていなかったはずだ。ユタの父は王はただちにマリアに監視をつけたが、ユタの兄である現王の進言により、緩い監視となった。
緩い監視となったことでマリアは自由になり、冴えない男と結婚して計画外の子を産んだ。それがユタには許せなかった。マリアの息子とユタの娘から生まれる娘の肉体にこそ、「紫のイリス」が降臨するはずだったのだから。
ユタから「紫のイリス」の母となる名誉と、その魔術から受けられるはずだった恩恵を奪ったマリアを、ユタは許さなかった。マリアを自由にさせた兄王にも怒りの矛先は向いた。マリアは「紫のイリス」の血をバリシアに取り戻すために、マリアの生家であるカメレ家に嫁ぎ、王家と対立する道を選んだ。
マリアの娘に「紫のイリス」の兆候が見られると分かった日から、ユタは準備を急いだ。カメレ家の血を引くオパール。オパールを迎え入れる口実としては十分だ。だが、スヴァルトル辺境伯家は邪魔だった。あの手この手を使って、ようやく「紫のイリス」を確保した。
この時、ユタは知らなかった。遠見の鏡に映るオパールの傍で一緒に薬を作っている男はオパールの父ではなく、ユタと対立するバリシア王の手の者であるということを。
そしてその男が、オパールをユタの手から全力で守っていることを。
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