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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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35 入れ替わり

読みに来てくださってありがとうございます。

かなり短め。

よろしくお願いいたします。

 満月の夜、月が南中した頃。ブロシャン国王の部屋にたった一つだけともされた明かりが、風もないのにふっと消え、代わりにカモミールの香りがふわりと漂った。ロッキングチェアで月を眺めていたブロシャン国王はそれに驚くことなく静かに言った。


「待っていた」


 ブロシャン国王は自分の方に歩いてくる、闇の中に立つ影のような人物を見た。深くフードをかぶったその人物は、「遅くはないはずだが」と言った。


「お前が欲しがっていた獲物を捕まえたぞ」

「そうか。ありがたい」


 影は静かにブロシャン国王の隣に置かれた、背もたれの大きな椅子に座った。


「ようやく捕まえられたよ。スヴァルトルには手を出しづらかったが、向こうから王都に来てくれたのだ。こちらの手の物も動かしやすかった」

「で、どこに?」

「塔にいる。見張りをつけて毎日薬を作らせているが、なかなかいい」

「どんなふうに?」

「怪我には効かぬが、病気はどんなものでも治す。それに、毒にも有効だ」

「解毒できるのか?」

「モルモットに殺鼠剤を与えてから、あれが作った魔法薬を飲ませてみた。死んでいなければ、死にかけでも元気になった」

「実に素晴らしい」

「そうだろう?」


 月明かりに照らされるブロシャン王の顔は、だが不満気だ。


「未だ全ての力に目覚めていないというのは問題だ。不老不死の体を手に入れるために、余はお前たちと手を組んだのだからな」

「ああ、そうだな」


 闇の中で座る人物も同意した。


「我が主もまた、不老をお望みだ」

「『竜の涙』を使った父親の研究と、『紫のイリス』の能力を秘めた娘の完全開花。どちらが早いだろうか。一日千秋の思いとはまさにこのことであろうなあ」

「だが、我が主はもう待たぬ、待てぬと仰せだ」

「そう言われてもなあ」


 手の温度がブランデーグラスに伝わり、アルコールがブランデーの馥郁とした香りを昇らせる。ブロシャン王が月を見た、その瞬間に、フードをかぶった人物の指先が何か文字を描くような動きをした。文字は暗闇からブランデーグラスに音もなく吸い込まれていく。月明かりの中にいるブロシャン王からは、黒い空中文字は見えない。


 ブロシャン王がブランデーグラスに口をつけた。


(10、9、8……)


「うっ」


 ブロシャン王が目を見開いた。


(7、6、5、4)


 手から床に落ちたブランデーグラスがバリン、と派手な音を立てて割れた。


(3、2、1、0)


 フードをかぶった人物は徐に立ち上がると、ブロシャン王の顔を覗き込んだ。


「コピー」


 そう呟くと、フードを払った。月明かりに照らされたその顔は、ブロシャン王と全く同じ。次いでブロシャン王の顔をした人物は、ブロシャン王に向かって何かつぶやいた。ブロシャン王の体が小さくなり、気づけば鼠になっていた。


「陛下、どうかなさいましたか?」


 扉の外から近衛兵が声をかけて来た。ブランデーグラスの割れる音に反応したのだろう。


「ああ、鼠が出て驚いたのだ。鼠は殺した。グラスも割れてしまったので、片付ける者を呼んでくれるか?」

「かしこまりました」


 それほど間を置くこともなく、使用人たちが片付けにやって来た。


「陛下、お怪我はありませんか?」

「ああ、問題ない。夜中にすまぬ」

「いえ、御身に何事があれば、我らはこの先どう生きるべきかを照らす光を失うことになります」


 使用人たちはてきぱきと割れたグラスの破片を片付け、ブランデーのシミを簡単にふき取ると、転がっている鼠の死骸を嫌そうに摘まみ上げてゴミの中に放り込んだ。


 おやすみなさいませ、と言って最後の者が出ていった後、「ブロシャン王」はその大きなベッドに入った。


「ふん、あの男の臭いがついているのはいただけぬが、なかなかいいベッドではないか」


 ベッドの中で「ブロシャン王」は明日取るべき行動を考えた。まずはゴシェナイト氏と宰相に成りすましているオンファスに会う算段をつけねば。


 どうやら王のベッドと「ブロシャン王」の相性はことのほかよかったのだろう。「ブロシャン王」はそこまで考えると寝落ちした。


読んでくださってありがとうございました。

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