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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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34 カモミール

読みに来てくださってありがとうございます。

約一か月のお休み、ありがとうございました。

家族が倒れた日から何を書いても納得いかず、また忙しさの中で思うように書けずにいますが、少しずつ日常を取り戻していきたいと考えております。

よろしくお願いいたします。

 オパールは、逆さまに吊るしたカモミールの花束をじっと見つめている。


 昨日、オンファスが花束にしてくれたカモミール。久しぶりの外の空気と、そこに含まれる様々な匂いに夢中になっていたが、塔の最上階に戻って来てからもう一度その香りを嗅いだ時、オパールの中で何かひっかかるものを感じた。記憶の引き出しの一番奥の方にある何かが、このカモミールと結びついている。オパールは昨日からそれを思い出そうとしているのだが、丸一日たった今でも、全くその記憶の欠片に到達できていない。


「オパール、ため息か」


 オンファスの目の前で今日も薬を作っていたのだが、気づかぬ間にカモミールの花束を見てはため息を何度もついていたようだ。


「ごめんなさい、どうしてもあのカモミールの香りが気になって」

「製薬の邪魔になるのか?」

「違うの。この香りをどこかで嗅いだことがあるの」


 オンファスは怪訝な顔をした。


「カモミールを、か?」

「同じハーブでも、産地が違えば香りは変わる。土や水の成分、気温、人の手が入っているかいないか。紅茶だってそうでしょう?」

「オパールはそこまで嗅ぎ分けられるのか?」

「クリスタルにもできたわ」

「それは天賦の才能だ。凡人には分からない」

「そうなの?」

「ああ。自分は魔術師として優れた力を持つ方だと自負しているが、嗅覚に関してはオパールの方がはるかに優れているようだ」

「『お父さん』」

「なんだ?」


 オパールは意を決してオンファスを見た。


「私を、魔術師として鍛えていただけませんか?」

「何をしたいのだね?」

「怪我も治せるようになりたいんです」


 オパールの言葉に、オンファスが「続けろ」という目をした。


「私の魔力のことは御存知なのでしょう? 少量ずつしかないけれども全属性の魔力持ちであることは、ルチルさんを通じて王家も知っているのでしょう?」

「もちろんだ」

「もともと私は薬師一家に生まれながら、薬を作るどころか作られた薬の効果さえ消してしまう厄介者でした。それが原因で王都に住めなくなり、スヴァルトル辺境伯領に逃げざるを得ませんでした。父や姉を見習って、なんでもいいから薬を作って役に立ちたい。そう思いながら、せめて知識だけでもと薬学の勉強を続けてきました。

 偶然、私の中に魔力があることが分かりました。それも治癒魔力でした。でも、私の治癒魔力を込めた魔法薬はまだ病気にしか効きません。もし怪我にも使えるようになれば、今よりたくさんの人を救えるようになります。私がこの世に生まれたことに意味があるならば、それは人々を病気や怪我から救う一助となることだと思うんです。そして、それが『紫のイリス』の望みでもあるんじゃないかって」


 オンファスはじっとオパールを見つめた。オパールは真剣な目をしている。心の底から人の役に立ちたいと思っているのはよくわかった。


「治癒魔力なのか、状態をあるべき姿にまで戻す力なのか、そこの検証が必要だと思う」

「はい」

「状態をあるべき姿に戻す力であるのなら、怪我に効かないはずはない。だが『竜の涙』と同等のものであるのだから、病気しか効かないと言うのは確かに気になる点ではある」

「できるはずなのにできない苦しさを、もう味わいたくないんです。できることは何でもしたい。そのための努力なら惜しみません。ですから、怪我も治せるようになりたいんです」


 オンファスは考えた。もし治癒魔力ではなく状態をあるべき姿に戻す力であるのなら、不老不死を望む権力者たちから狙われるようになるだろう。


(その力が、もし生きている生命体だけでなく、保存された「細胞」にまで効果があるのだとしたら?)


 オンファスは狂ったように「竜の涙」の研究を続けているオパールの父の姿を思い浮かべた。ゴシェナイト氏もまた、オパールを利用するのは目に見えている。


「もし怪我まで治せるようになったなら、オパールは長生きできないだろう。いつ誘拐されるかわからない日常に怯え、オパールを巡って血が流れることになるはずだ。それに、スヴァルトルの三男と歩む未来も失われる可能性が高まる。それでもオパールは怪我も治せるようになりたいか?」


 オパールの目に動揺が走った。目が潤み、伏せられた。しばらく、二人の間には沈黙が流れた。ようやく顔を上げたオパールは、泣き笑いのような表情を浮かべながら言った。


「『お父さん』だって私の能力を詳しく知りたいんじゃないのかしら? きっとそれは、お母さんの謎を解き明かすことに繋がるはずだもの」


 オンファスの目が細められた。


「そこを突いてくるか」

「この機会を逃したら、私は怪我を治す力を永遠に使えない。そんな気がするんです」

「なんだ、勘か?」

「女性の勘というものは、うまく言語化できないだけで、頭の中ではきちんと情報処理された結果なのだという人もいます」

「そうだな。男は女の嘘をなかなか見抜けないが、女は男の嘘に気づける。頭の中で情報を処理していく仕組みが違うんだろうな」

「ですから、私は自分の勘に従うべきだと思うんです。今みたいな中途半端な存在だからこそ、利用される。だったら、自分の方が強気に出られるような存在になればいい。そして、自分がやりたいことだけやれる立場になる。その切り札が治癒魔力の向上だと、私の勘が告げているんです」

「そうか、女の勘か」


 オンファスは面白いと思った。同時に、身を危険にさらすことになっても人を病気や怪我から救いたいという気持ちに一切のブレがないことに、まぶしささえ感じた。

「あ、でも、もし可能なら、せっかく全属性持っているのにうまく使えないので、そちらの指導もしてくださるとうれしい……です……」


 オパールの言葉に、オンファスは心が晴れるのを感じた。同時になぜか笑いが込み上げてきた。口を手で押さえ、我慢してクツクツと声が漏れぬように笑っていたが、耐え切れなくなってブハッといいう声を漏らした。驚いたオパールが目を皿のように丸くしているのを見たオンファスは、大声をあげて笑い始めた。


「『お父さん』?」

「ああ、すまない。こんなに愉快な気持ちになったのは何年ぶりだろうなあ」


 涙を指で払いながら、オンファスはオパールに言った。


「いいだろう。自分の力と時間が許す限り、お前に教えてやる。その代わり、厳しいぞ」

「はい! ありがとうございます!」


 嬉しそうなオパールを笑い泣きしながら見ていたオンファスは、思わずオパールを抱きしめた。


「え? あの?」


 困惑するオパールの頭越しに、魔術が掛けられて外が見えない窓につるされた、カモミールの花束が目に入った。昨日オパールが庭で摘み、オンファスが束ねたカモミールの花束を見つめながら、カモミールの花言葉を思い出す。


 「逆境に耐える」「苦難の中で生まれる力」「清楚」「あなたを癒す」「仲直り」。


 まるで今の自分たちのようだとオンファスは思った。同時に、自分の記憶の中にもカモミールの香りに関する「何か」があったような気がしてきたが、それは後から考えようと振り払った。


「すまない。娘がいたら、その娘に魔術を教えてほしいと言われたら、きっとこんな気持ちになったのだろうなと思って……少しだけ、父の気持ちのままにさせてくれないか」


 小さくうなずいたオパールをぎゅっと抱きしめながら、オンファスは必ず自分がオパールを鍛え、望みをかなえ、そしてジャスパーの元に帰してやろうと思った。


 そしてそのことは一生オパールには言わないでおこうと決めたのだった。


読んでくださってありがとうございました。

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