4 魔術師カンババ
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翌朝、父と一緒に登城したオパールは、なぜか父と二人で辺境伯夫人の前に立っていた。
「ゴシェナイト所長。あなたに折り入ってお願いがありますの」
「な、なんでございましょう?」
貴族の「お願い」は「命令」である。それくらいはオパールでも知っているから、父同様に緊張する。
「ジャスパーは午後に魔法の勉強をしますの。そうすると、オパールは午前中に時間ができるでしょう? その時間に、わたくしがオパールを預かりたいの」
「預かるとは……」
「貴族のマナーを学んでもらったり、わたくしの話し相手になってもらったりする予定よ」
「お言葉ですが、貴族のマナーを学んでも娘には無用の長物かと……」
「それが間違いよ!」
辺境伯夫人は扇を父に向けてぴしゃりと言い切った。
「貴族のことを知っていれば、貴族にどう対応するべきかわかるようになるわ。考えてもみなさい。クリスタルはオニキスについて働くことになるし、オパールはジャスパーと一緒に勉強する。貴族と関わりがないなどとは言わせません」
「……お、おっしゃるとおりで……」
「必要なものはこちらで用意します。所長に請求することはないわ。安心して預けていただけるわよね?」
オパールの目から見ても、辺境伯夫人の圧はすごい。父は蛇に睨まれた蛙のように小さくなると、「どうか娘をよろしくお願いいたします」と言って逃げるように製薬研究所に行ってしまった。
「全く、娘の教育を甘く見ているわね」
「根は善良で臆病な人なのです」
「オパールはよく見ているわね」
「いえ、そんなことはございません。それであの、ジャスパー様とは午後からご一緒させていただけるとのことでしたが、ジャスパー様は午前中何をしていらっしゃるのですか?」
「あの子もスヴァルトル辺境伯家の子ですからね、騎士団の訓練に参加しているのよ。あの子には武器の達人になれとは言わないけれど、せめて自分の身くらいは守れるようになってもらわないと」
「奥様も元は騎士でいらしたと伺いました」
「ええ、西の隣国に嫁がれた王女様の護衛騎士だったわ」
オパールは思い切って辺境伯夫人に申し出た。
「あの、私も自分の身は自分で守れるようになりたいです!」
「あら、オパールが? ジャスパーに頼ればいいのよ?」
「いえ、本当は平民の私の方がジャスパー様をお守りしなければならないでしょう? ですがそれは難しいでしょうから、せめて足手まといにならない程度になればと思うのです」
「そうねえ、護身術は身につけておいて損はないでしょうからね。いいわ、カリキュラムに組んでおきましょう」
その日の午前中は、ただひたすら「立つ」ことの訓練をした。
「はい、背筋を伸ばす!」
「顎を引きなさい! いいえ、引きすぎよ!」
「肘の角度! 開きすぎると脇が見えるわ」
「手を重ねなさい! 逆よ!」
猫背のオパールには、立つことだけで体がガクガク震えるほどに力が必要だ。
「今日はここまでにしましょう」
「ありがとうございました」
ヘロヘロのオパールを優しいまなざしで見つめた辺境伯夫人は、満足そうに部屋を出て行った。
「この部屋はオパールさんの部屋として使うようにとのことです。明日からは登城したらこの部屋で待機してください」
「かしこまりました」
侍女も頑張る女の子には優しいらしい。
「それから、昼食はこの部屋に運ばせますから、ジャスパー様がお迎えに来るまではゆっくりしてくださいね」
「重ね重ねご配慮ありがとうございます」
しばらくすると昼食が運ばれてきた。家で作る料理とは大違いで、これは騎士団や使用人たちの食事ではなく辺境伯家のための食事なのではないかとヒヤヒヤしながらいただいた。
「おいしい……」
タンパク質多めなのは、体を動かした後だからという配慮なのだろう。鶏の胸肉と言えばパサつきがちだが、しっとりとしている。皿を下げに来たメイドにこの料理の作り方を知りたいと言うと、「お教えできるものならばお帰りまでにレシピを用意しますが、秘伝でしたらご容赦を」と言われた。全力でうなずいておいた。
カートが下げられてしばらく呆然としていると、扉がノックされた。
「オパール、迎えに来たよ」
「ジャスパー様!」
「今日はもう元気そうだね」
昨日のことを気にしてくれているらしい。
「昨日はご迷惑をおかけしました」
「いや、僕がオパールを一番最初に見つけられてよかったと思っているよ。困ったことがあったらすぐに言ってほしい」
「ありがとうございます」
「あ、でもオーブ兄さんもオパールに会いたいって言っていたな」
「オーブ様?」
「僕たちは三兄弟なんだ。一番上のオニキス兄さんと二番目のオブシディアン兄さんは、交代で前線の駐屯地に行っている。まだ僕は成人していないし、今の僕が行っても足手まといになるだけだから」
「そんな……」
「そのくらい前線は危険な時もあるってこと」
「姉は……」
「ああ、クリスタルなら、オニキス兄さんが死守するだろうから心配いらないよ」
「死守!?」
「ああ。騎士団の衛生部で調べたら、クリスタルが作る薬は、他の薬師と同じ材料・手順で作ったものより効果が高いんだって。貴重な薬師だって父上と兄さんたちは喜んでいたから、絶対に守り切るよ」
「効果が高いんですか?」
「あれ、知らなかった?」
「王都ではそういう話を聞いたことがありませんでした。うちの薬がここ5年ほど売れ行きがよかったのは、姉の薬が効くと実感した人たちがいたからなのかもしれませんね」
「なるほどね」
オパールは、やはりクリスタルはすごいと思うと同時に、自分が不甲斐ないと思ってうつむきそうになった。だが、ぐっと耐えて前を向いた。
(私には、私にしかできないことがきっとあるはずだもの)
まっすぐに歩いて行くオパールを斜め上から見ていたジャスパーは、一瞬オパールの顔に影が差したのに気づき、どう声をかけようかと迷っていた。だが、すぐに顔を上げて力強く歩き始めたのを見て、オパールの応援団長であり続けようと心に決めていた。
☆☆
魔術師がいる通称「巣穴」と呼ばれる建物に行く途中で、オパールは気になっていた昼食の話をした。
「ああ。食事のマナーに合格したらオパールと一緒に食べるんだって、母上が言っていたから、その関係かな?」
「貴族の方と一緒に食事だなんて、恐れ多くて……」
「王都の貴族じゃ大変だろうが、ここは身分よりできること勝負だ。子どものうちはその分教育に力を注ぐ。才能が開けばよし、何ひとつできない人は努力不足と見なされる。だから、いろんなことにチャレンジする子どもは特に大切にされるんだ」
「私にもチャンスが与えられているってことなのかしら?」
「そうだよ。オパールは平民だからと遠慮しているかもしれないが、そんなことは考えなくていい。母上が教育を施すと決めたんだ、選ばれたと思って思い切りやればいいよ思うよ」
普段のジャスパーに言ってやりたい言葉だが、そんなことに気づかずにジャスパーが力説するその言葉を、オパールは新鮮な気持ちで素直に聞くことができた。
「私、やり直せるのね」
「ああ。オパールにどんな才能があるのか、一緒に探そうよ」
「はい」
二人の歩みが停まった。
「ここが『巣穴』だ」
「どうして巣穴なんですか?」
「ここを巣穴にして滅多に出てこない人がいるからさ」
ジャスパーが呼び鈴を鳴らすと。大小様々な鈴やら太鼓やらの音が響いた。思わず耳を塞いだオパールを見て、ジャスパーがにやりと笑った。
「先生は研究に夢中になると周りが見えなくなるし、聞こえなくなる人でね。このくらいしないと気づかないんだよ」
扉の鍵を開ける音がして、中からボサボサ頭の中年男性が出てきた。父よりは若いだろうか。
「ああ、時間だったか」
「はい」
「で。そちらの嬢ちゃんは?」
「新しくできた製薬研究所の所長の娘さんでオパール。オパールも魔法の勉強がしたいそうです」
「ほう、それは素晴らしい。この国の人間ときたら魔法をお伽噺だと決めつけやがる奴らが多いが、嬢ちゃんは偏見がないんだな」
「私、困っていることがあるんです」
「つまり、魔法というアプローチでその『困ったこと』解決できないかと考えたってことか」
「はい」
「いいねえ! そういう考え方。そして行動力、実に素晴らしい!」
ご機嫌で「巣穴」に入れてもらえたオパールだったが、足の踏み場もないほどに物が散乱した様子に言葉を失った。散らばった紙を拾おうとすると、だめだ、と声が飛んできた。
「おいらなりに分けておいてあるんだ。崩さないでくれないか?」
ではどこで授業をするというのか。
そんなオパールの表情に気づいたのだろう、魔術師の男はにやりと笑った。
「この扉を開けてごらん」
オパールが指示された扉を開けると、そこには夜空が広がっている。
「え?」
「おいらが作った亜空間さ。危険な実験や大がかりな魔法を訓練する時に使っている。こっちに物を置いたら探すのに苦労するから、こっちには物を置かないことにしているんだ」
見渡す限りの広大な土地が、現実にはない空間だなんて信じられない。
「すごい」
ただ絶句しているオパールに、魔術師はにやり、と再び笑った。
「おいらの実力、すごいだろ」
これが魔術師カンババとの出会いだった。
☆☆
「つまり、嬢ちゃんが触ると薬が薬じゃなくなるってことか」
「はい。薬師の一族なのに、薬が作れないし、薬をただの粉にしてしまうの困っているんです」
「嬢ちゃんは薬師になりたいのか?」
「知識はあるのに実際に作れないし、患者さんに手渡しすることもできないんです。それが悔しくて」
「確かになあ。一生懸命やってきたことが報われないのは悔しいよなあ」
「それで先生、僕、思ったんです。僕に魔力があったようにオパールにも魔力があって、その魔力が何か邪魔をしているってことはないかなって」
「薬効を阻害するような魔法なんて聞いたこたぁねぇなぁ」
「とにかく、オパールに魔力があるかどうかだけでも調べてくれませんか?」
「おお。いいだろう。両手を出しな」
オパールは両腕を伸ばした。
「おじさんに触られたって、後で泣くなよ」
「ジャスパー様の前で変なことはしないでしょう?」
「はは、手を握るだけでも嫌がる奴がいるからさ」
「大丈夫です。王都では家族以外、みんなが私の手を避けたので」
「そうだったか」
いたわるようなまなざしでオパールを見た後、カンババはオパールの両手をとった。
「今からおいらの魔力を流す。気持ち悪かったら言え」
オパールの左手がふわりと温かくなって、思わず目を閉じた。何かが体の中に入ってくるのが分かる。温かく優しいその何かに、オパールの気持ちが柔らかくなっていく。
ふと、その温かさが父やクリスタルに抱きしめられた時のような温かさであることに気づくと、カンババという魔術師もまた温かい人なのだろうと思い至る。
温かい魔力がオパールの胸の辺りに到達したと感じた瞬間、オパールは体の中から風が吹き出すように感じた。髪が靡く。強い風だ。
「オパール、君……」
ジャスパーの声が震えている。
「これは、何だろうねぇ。でもすごいねぇ」
間延びした口調だが、その端々に緊張が感じられるカンババの声に、オパールはそっとまぶたを開き、驚いた。
「え、これは?」
オパールが見たものは、自分を中心に虹色のきらめきをまとった白い光が吹き荒れている風景だった。
「まるで、宝石のオパールのような光だねぇ」
カンババがうっとりとオパールから放たれる光を見つめている。
「先生、オパールの魔力、出し過ぎじゃありませんか?」
はっとしたカンババが魔力を流すのやめると、オパールの中から吹き出していた光も収まった。両手を離すと腕組みし、そしてうれしそうにカンババが言った。
「素晴らしい。研究し甲斐がありそうだ」
背後にいたジャスパーからカンババの脳天に一撃が加えられた。
「痛いじゃないか!」
さすがはスヴァルトル辺境伯家仕込みの腕力、力がないと言われているジャスパーだって、そんじょそこらの男性よりも遙かに強いのだ。低くうなるような声で、ジャスパーはカンババを睨みながら言った。
「オパールを実験材料にするな」
「分かった、分かったから!」
まだこの時、誰もオパールの魔力の正体を知らなかった。得体の知れない力ではあったが、凶悪な力ではないだろうということだけは分かった。
それだけでも、今のオパールには十分だった。
(私にも、やれることがあるんだわ!)
それがうれしくてならなかった。
父は思ったよりも早く迎えに来てくれた。どうやら定時ぴったりで上がったらしい。帰り際、昼にカートを下げにきたメイドがメモを渡してくれた。
「昼食にお出しした『鶏胸肉のコンフィ』の作り方です」
「ありがとうございます」
「私もメモさせていただきました」
「おいしかったですからね」
「はい。とてもおいしそうだったので、いつか私も家族に作ってあげたいと思います」
「また、レシピをお願いしてもいいですか?」
「料理長の許可が出ましたら」
「もちろんです」
同じくらいの年齢と思われるメイドはにこりと微笑んで去っていった。名前を聞くのを忘れたな、と思ったが、明日聞けばいいかと思い直した。
「さて、夕食はどうしようか」
父の言葉に、オパールはレシピを見ながら言った。
「鶏胸肉のコンフィにしようよ! 今日の昼食にいただいたんだけど、とってもおいしくてね、レシピもいただいたのよ」
「だが、鶏肉が家にないだろう?」
「そうだった!」
昼間買い物に行けないとなると、これからはどこかで夕食を食べていくことになるのかもしれない。
「そうだ、今日研究所の薬師から、いい店があると教えてもらったんだ。食べて帰ろうか?」
「そうしよう!」
空にはオレンジ色がわずかにさしている。ゆっくり進むこの夏の夕空に見守られながら、オパールは父と城を後にしたのだった。
読んでくださってありがとうございました。
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