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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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3 青い蝶

熱を出して寝込んでいました。

まだ下がっていないので、とりあえず気力のあるうちに一話あげておきます。

明日更新できるかわかりませんがよろしくお願いいたします。

 クリスタルはスヴァルトル辺境伯領に到着して三日後には騎士団の医務部に配属され、昨日、早速前線に近い駐屯地に旅立ってしまった。父は新たに作られた製薬研究所の所長に迎えられ、スヴァルトル辺境伯領内の医薬事情を聞きとったり、必要な素材や製薬道具を発注したりと忙しくしている。


 オパールは、何もできなかった。薬の知識はあっても作れない、作った薬に触ることもできない、そんな人間が製薬研究所に出入りするわけにはいかず、かといってどこかに一人で行けるわけでもなく、仕方なくオパールは邸の中で本を読む毎日を過ごしていた。


 と言っても、父とクリスタルが夜遅くに帰ってくるまでの長い一日を、人の気配がない新しい家で過ごすのは寂しかった。クリスタルと離れて初めて過ごした夜は心細くて、ベッドの中で涙が出そうになった。


 昨日、初めて一人で夕食を作った。いつもはクリスタルと二人で作っていたが、初めて一人ですべて作ったにしては上手にできたと思う。今日も夕食を作って父を待とうと思ったが、根菜類しか残っていないことに気づいたオパールは、肉と葉物を買おうと家を出た。 


 買い物かごを持って勢いよく外に出たところまではよかったのだが、一度クリスタルと歩いたはずの市場までの道の風景が記憶の中の元の違うことに気づき、オパールは慌てて引き返した。だが、引き返したところで、見知らぬ路地に迷い込んだオパールにはどこをどう進んだらよいのかわからない。


 治安は悪くないので誰が通りかかっても恐ろしさを感じることはなかったが、人見知りのオパールには声をかけて人に市場までの道を尋ねることもできなかった。歩き疲れたオパールは路地裏の行き止まりを前にしてそのまましゃがみ込んでしまった。


 見知らぬ人を隣国のスパイかもしれぬと警戒する辺境伯領の人々は、困っているオパールをチラチラと見るが、手を差し伸べることもなく通り過ぎていく。


 頭の上にあったはずに太陽はすでに傾き、空はオレンジ色になっている。研究熱心な父は時間を忘れて没頭することもあり、オパールが家にいないことに気づくのは夜中の可能性もある。


 無駄に歩き回っても体力を消耗するだけ。何人も人が通ったのだから、父が探し始めてくれさえすれば目撃情報は少なからず上がるはず。


 ならば、ここで待とう。


 オパールは少しずつオレンジ色から紺色に変わりゆく空を見上げて心細さを募らせた。普段からクリスタルに頼っているという実感はあった。クリスタルの後ろについて行けばいい、安全だという思いがあった。それは甘えだったのだと気づかされた。王都のように、オパールを異端視する人はいない。だがそれは人々がまだオパールの「薬効を消す」「薬師一族の落こぼれ」という一面を知らないからだ。


 私にだって、何かできることがあるはず。それを早く見つけなければいけないのに。


 オパールの心が悲しみで満たされていく。路地裏の行き止まりは明かりもなく、人々の視線も届かない。


 気づけば人通りもまばらになってきた。緯度が高いこの地域の夏は、昼が長い。それでも日が暮れたのだから、もう深夜に近い時間のはずだ。


 うずくまったまま、オパールはもう一度空を見上げた。夏の一番星が天頂で輝いている。手を伸ばしてつかもうとするが、届くはずもない。


 そう思ったとき、はっとした。伸ばした手の先に、青く光る蝶がいた。見たことのない、美しい蝶だ。蝶はひらひらと何かを探すように飛んでいる。やがてオパールの手にそっと停まると、青い光を明滅させた。


「蝶々さん、あなた、きれいね」


 思わず声をかけたくなるほど美しいその蝶は、オパールの手の上で何かを待つようにじっとしている。まるでオパールを慰めてくれているかのようだ。


「こっちに反応がある」


 路地の入り口の辺りから声がした。聞いたことはあるが、それが誰なのか、分からない。だが、青い蝶は「ここだよ」とばかりにその光を強く明滅させ始めた。


「蝶々さん、そんなに光ってはだめ」


 オパールの願いむなしく蝶はますますその光を強くする。明かりを持った一団が近づいてくる。オパールは震えながら一団を見つめた。


「いた!」


 先頭にいたのは、到着した日に具合が悪くなったオパールに気づいてくれた若者だった。


「オパール、だよね?」

「……はい」

「よかった! 探していたんだよ」


 若者は買い物かごを見ると、そうか、と言った。


「買い物に出て、迷子になったんだね」

「ジャスパー様、間違いなくオパールさんですか?」


 一緒にいた騎士に、ジャスパーはうなずいた。


「さあ、帰ろう」

「あの、父は……」

「お父上は他を探しているよ」


 ジャスパーが差し出したその手に捕まると、青い蝶は役目を終えたかのようにふっと姿を消した。


「あ、蝶々さん……」

「それは、僕の魔法で作り出した蝶だよ」

「え? 魔法、ですか?」


 ジャスパーはオパールの手を引きながら教えてくれた。


「この国では魔法はおとぎ話のように思われているけれど、隣国は魔法が盛んな国でね。そこからきた魔術師が僕の魔法の先生なんだ。もちろん魔力がないと魔法は使えないけれど、僕には魔力があったから

先生も喜んでいるよ。いつかこの国でも魔法が生活の役に立つようになったらいいなって思っているんだ」

「魔法……すごい」

「オパールも、魔力があるかどうか先生に見てもらわない?」

「いいんですか?」

「もちろんさ。それに、オパールはどこにも行かずに家の中にいるんだろう? ここ(スヴァルトル辺境伯領)に住むなら知っておくべきこともある。その、もしオパールが構わないというのなら、一緒に勉強しないか?」

「はい。やりたいです!」


 オパールは厚い眼鏡の向こうに見える、自分よりも少しだけ背の高い若者を見た。辺境伯閣下と次期辺境伯のオニキスは威圧感たっぷりで怖かったが、ジャスパーは優しいお兄さんという感じだ。クリスタルがいなくても、ジャスパーと魔法の勉強ができるなら、きっと楽しいはず。うれしくて思わずジャスパーの手を強く握りしめたら、ジャスパーの耳がちょっとだけ赤くなったような気がする。


 その後、父と合流したオパールは父にひどく叱られ、その後泣きながら抱きしめられた。


「お前に何かあったらと思うと、気が気じゃなかった」

「ならば、娘を家に閉じ込めておくのではなく、教えるべきことを教えなければならないだろうに」


 オパールを探してくれた騎士の一人がそう父に言った。


「まだ慣れぬ土地だというのに、娘一人残して帰りが遅いというのは感心しない。前線が崩れたことはないが、この街まで攻め込まれる可能性だってある。ゴシェナイト氏は自分の研究ができて楽しいだろうが、娘の安全を考えれば、研究より先にすべきことがあるのではないか?」


 その騎士にも娘がいるのだという。父はうなだれた。


「この地に迎え入れていただいたのだから早く成果を出さねばと、そればかり考えておりました」 

「それでだ。昼間僕と一緒に勉強しようと約束したのだが、構わないか?」


 ジャスパーの言葉に、父がはっと顔を上げた。


「朝、一緒に登城してオパールは僕のところへ、ゴシェナイト氏は製薬研究所に行けばいい。あなたの仕事が終わったら、オパールを迎えに来るんだ。まさかオパールに、我が家の晩餐にまで付き合わせるようなことはさせないだろうな?」


 オパールは思わずジャスパーを見た。父が早く帰らねばならないように考えてくれているのだと気づいたのだ。


「どうぞ、オパールをよろしくお願いいたします。必ず早く迎えに行くようにいたします」


 オパールはその夜、なかなか寝付けなかった。疲れているはずなのに、目が冴えている。空が白み始めた。寝なければとオパールは布団に潜り込んだ。その後のことは覚えていない。どうやら熟睡したようだ。


読んでくださってありがとうございました。

次回は魔術師と出会います。

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