31 「父」の正体
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次の日も、その次の日も、「父」はオパールに薬を作らせ続けた。オパールが「父」のことを本物ではないと気づいたことを知ってか知らずか、「父」はかつて王都で暮らしていた時のように優しく接してくれた。目的が分からないのが不安ではあったが、オパールはせっかくなのだからこの親子ごっこを楽しむことにした。
「お父さん。お母さんの話を聞かせて」
「どうして?」
「お母さんの日記を読んでいたらね、お父さんのことがたくさん書いてあったの。お母さんはお父さんのことが大好きだったんだって、よくわかった。だから、こんどはお父さんがお母さんのことをどう思っていたのか、知りたいなって思ったの」
「父」はぐっと唇をかみしめているように見える。オパールは話をひねり出そうとしているのかと思ったが、「父」の口から出て来た言葉には、そんな取ってつけたような感じは一切なかった。
「お母さんはな、いつもニコニコしながら薬を作る人だった」
オパールは思わず作業の手を止めて「父」を見た。そこには確かに、大切な人を懐かしむ人間の表情があった。
「素材の良し悪しを見る目も確かで、丁寧な作業で、いつだってみんなお手本になるような人だったよ。お父さんは、そんなお母さんにあこがれていた。自分もそんな風になれたらいいなと思った。お母さんに恋している人はたくさんいたよ。薬師だけじゃない、納入業者にも、昼を食べに行く店にも、販売に立つ日にやってくる客にも、本当にたくさんの人がお母さんに告白して、玉砕していた。そのうちに、もしかして誰か思う人がいるんじゃないかって噂になった。きっと手が届かないような人なんだろうとか、実は貴族が相手じゃないかとか、おかしな話まで出ていた。だが、お母さんはただ、仕事が好きだから仕事を優先しても嫌がらない人がよかったんだそうだ」
「父」の目が細められた。
「当時はね、結婚したらどんなに能力がある人でも仕事を辞めなければならなかった。結婚しても外の仕事をするのは、一定期間雇われる乳母になる火とか、お金がない家の嫁、そのどちらかだったからな、お母さんが仕事を続けることを、誰も認めなかったんだ。ただ一人だけ、それを認めた男がいた。だから、お母さんはその男と……」
「父」ははっとした。これではオパールの母と結婚したのが自分ではなく他の人間だとオパールに告げてしまっているようなものだと気づいたのだ。
「いいの。気づいていたから」
オパールは優しく言った。
「だけど、お母さんのことを、あなたも真剣に愛していたのね」
「父」に成りすましていた男の目から、知らず、涙が一筋流れた。
「お母さんがどんな人だったのか、どれほど周囲の人から愛され、大切に思われていたのか、それがよくわかったわ。あなたは……お母さんを私のお父さんとられてしまったのね」
「父」はふっと笑った。そしてその姿をゆるゆると変えた。かつてスヴァルトルの製薬研究所で父になりすましていた、バリシアの上級魔術師だ。
「あなただったの」
オパールはじっと男を見つめた。男は目を逸らした。
「あなたは、いつからお母さんのことを知っていたの?」
「……君の母親が、バリシアから追放された時から」
「お母さんは、バリシア生まれだったの?」
「ああそうだ。上級魔術師を多数輩出することで有名な一家のお嬢様だった」
男は静かにオパールを見た。
「だが、彼女には魔力が発現しなかった」
オパールははっとした。
「まさか、魔力がないから追放されたの?」
「まったく、あのお嬢様にはてこずらされたよ。本当は魔力があるのに、魔力があることを魔力で隠していたんだ。彼女の周囲の人間は、誰も気づかなかった。だから魔力なしだとさげすまれ、成人しても魔力が発現しなかったことを理由に国から追放された。
自分は、追放された彼女が国に戻らないようにする見張りとして彼女を追った。彼女はバリシアを出ると、まっすぐにジェットの森に向かった。そして、『竜の涙』のある渓谷に入った。バリシアを一度も出たことがない彼女にどうしてそれができたのか、当時は分からなかった。彼女は何の迷いもなくたどり着き、そして蕾だけ付けて咲こうとはしない『竜の涙』の根元に両手を添えると、大地に魔力を流し始めた。
驚いたよ、こんなすさまじい量の魔力をどうやって隠していたんだろうって、自分はそればかりが気になっていた。
『竜の涙』が咲いたことに気づいたのは、彼女が『竜の涙』の花びらを3枚手にした時だった。あの虹色に光る美しい花びらをじっと見つめた彼女は、その一枚を食べた」
「食べた?」
「ああ。虹色の光が彼女を包んだ……まるで君が放出する魔力のような光だった」
一体、この話はどこに向かうのか。思わずオパールはハウラが擬態する白い腕輪に触れた。ほのかな温かさと脈動に、オパールはゆっくりと己の呼吸を整えた。
「自分は思わず見とれていて、蛇が近づいていたことに気づかなかった。足首にひどい痛みを感じて確認したら、腫れあがった上に真っ赤な痣ができていた。あまりの痛みに悶絶していると、彼女が気づいてくれた。彼女のことを見張っていた人間だとは思わなかったんだろう、大変だってそう言って、彼女は自分の足に手を当てたんだ。痛みがすっと引いたよ。驚いて足首を見たら、痣は残っていたが、痛みは本当にきれいさっぱりなくなった。彼女に、ここは危険だから早く立ち去った方がいいと忠告されたよ」
男は左の足首を見せた。痛々しいほどに真っ赤な痣がそこにある。
「通常、この痣をつけられた者は痛みに苦しんで数日以内に死ぬ。だが、彼女が解毒してくれたおかげで、自分は今日まで生きて来た。彼女には感謝してもしきれないほどの恩義を感じている。彼女のことをもっと知りたい、彼女にもっと近づきたい。彼女が薬師としてゴシェナイト家の製薬所に入ったのを確認して、姿かたちを変えて自分も製薬所に入った。ずっと彼女を見ていたよ。リューコと付き合い始めてからの彼女は、本当によく笑うようになった。心は痛んだが、彼女が幸せならそれでいいと思った。結婚して、子どもを産んで、そんな彼女を陰ながら支えていくことができればと思っていた」
男はやっとオパールを見た。
「君は、彼女に瓜二つだ。彼女を守り切れなかった分、君を守ろう」
「私がどうしてあなたを信じられると? あなたは私の血を利用しようとしたじゃない!」
「君が薬に触れると薬効が失われることが分かった後、君は自信を失ってどんどん暗くなっていっただろう? ならば、どんな手段であれ、君が役に立つことを証明したかった」
「でも、私はあの時、本当に死ぬかと思ったわ」
「それは……悪かった。怖い思いをさせたのだから当然だな。君を利用しようとしたという点でも、自分に非がある。
一人の魔術師としての興味が先行したことも否定しない。スヴァルトル領に来てからの君を見ているうちに、もしかしたら君に、彼女が持っていた解毒の魔力が受け継がれているのかもしれないと思うようになった。だが、彼女のあの魔力はもとから彼女が持っていたものではなく、間違いなく『竜の涙』を食べた結果得られたものであった。それが遺伝するとは思えなかった。だから、自分はそれを明らかにしたかったんだ」
「そうですか」
オパールはふっとため息をついた。そして、考えていたことを男に告げた。
「私、まだあなたのことを100パーセント信じることはできない。でも、私はあなたを信じたい。私があなたを信じられるように行動してくれませんか?」
「約束しよう。その証拠に、自分の真名を君には教えよう」
「真名?」
「魔術師は一般的に仮の名を名乗る。真名は魔力と結びついて、その人間を縛る力を持っているんだ。だから、真名を教えると言うことは、命を握らせるということになる」
「そんなことをしてもいいの?」
「自分の真名を知るのは、亡くなった師匠とオパール、君だけだ。自分の真名はオンファス。覚えてくれ」
「オンファス……陛下もオンファスの真名を知っているの?」
「バサルト陛下か? いや、彼は知らない。自分は姿を偽っているから問題ない」
「それはそれで問題があると思うのだけれど」
「君はそんなことで悩まなくていい。バサルト陛下の前では、自分はあの老人の姿がデフォルトだ。君もそのつもりでいてくれ」
「あなたのように、他の姿になれる人が成りすましていたらどうすればいい?」
「そうだな」
オンファスは左手の黒い指輪を見せた。
「この黒翡翠の指輪を、右手の人差し指にはめているのが自分だ」
「わかったわ。それでオンファス、一つお願いがあるのだけれど」
「なんだ?」
「もしスヴァルトル辺境伯家からの問い合わせが来たなら、私がここにいることを正確に伝えてほしいの」
「わかった。約束しよう」
オンファスは再びオパールの父の姿に変化した。
「また明日、基材を持ってくる」
「待って。私、普段はあなたのことをなんて呼べばいいの?」
「老人の姿の時は、アマンと呼ばれている」
「わかったわ」
「君の父の姿でいる時は、今までのように『お父さん』と呼んでくれないか」
「どうして?」
「君にそう呼ばれるのが、心地よいと感じたからだよ」
「? よくわからないけれど、本当のお父さんが見つかったらもう呼ばないわよ」
「……会わない方がいい」
「会わない方がって、もしかして、お父さんの居場所を知っているの?」
「……ああ」
「どこなの!」
オンファスは悲しそうな顔になった。
「この王宮の一室にいる。だが、この部屋同様に隔絶されていて、探知魔力がない人間には探せない」
「お父さんに会わせて!」
「無理だよ。彼は自らこの王宮にやって来て、娘たちとの縁を切ると言ったんだ」
「どうして?」
「オパールがどんどん君の母親に似てくるのがつらいのだと言っていたよ」
嘘だ。父がそんな理由でオパールの前を去るわけがない。
「ゴシェナイト氏は、今もこの王宮で『竜の涙』の研究をしている。君の母親を生き返らせようとしているんだ」
「そんなこと……」
「今の彼は、病んでいる。何をするかわからない。だから隔離している。陛下は彼が人工的な『竜の涙』を作り出せればそれでいいと考えて研究を続けさせている。自分は反対なんだ。神の力を、人間ごときが真似しても、所詮それは偽物なのだから」
「お父さんを説得したいわ」
「気持ちは分かるが、今、彼に会いに行けば、おそらく君はお母さんだと間違われる可能性がある。危険だ。恋焦がれる人と再会できたと思い込んだ彼がどんな行動に出るかわからないからな」
オパールは両手をぎゅっと握り締めた。
「スヴァルトル辺境伯家には、自分からも連絡を入れよう。明日手紙を書くといい。だが、君をこの部屋に隠すことこそが、バリシアからも陛下からも君を守ることになる。分かるね?」
本当にオンファスの言葉を信じていいのだろうか。この言葉も偽りだったなら、どうすればいいのだろう。
それでも、オパールはオンファスを信じてみようと決めたのだ。
「わかったわ」
「不安だろうが、どうかこの部屋でおとなしくしていてくれ。そうすれば、自分の魔力で君を守れるから」
オンファスは父の顔をして、父の声でそう言うと、父の姿のまま出ていった
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