30 黒龍と黒の一族の始まり
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翌日から、オパールは「父」と一緒に薬づくりに精を出した。といっても「父」はただ基材を運び込み、できた薬を運び出すだけだ。解毒の魔法を基材に込めた「解毒の魔法薬」をせっせと作っていると、二時間ほど経ったところで「父」が訝し気に声をかけてきた。
「オパール、お前はこれほどの魔力量が多かったか?」
「お父さんは私の魔力が覚醒してからほとんど一緒にいなかったものね。うん、だいたいこのペースで一日に500錠は作れるよ。少しずつしか作れないから時間がかかるのはごめんね」
そう言いながら、オパールはいつも以上に「この薬を飲んだ人が毒の苦しみから逃れ、元気になりますように」と祈りながら解毒の魔力を込めていく。それを「父」は、静かに、じっと見つめている。昼食を一緒に取りながら、「父」はオパールをほめた。
「いや、十分だよ。あんなに丁寧かつ均一に薬を作るなんて。さすがは努力家のオパールだ。本当の力が目覚めたと王都の人々が知ったら、どれほど驚くだろうか」
「ただで配っても、私が作った薬だと知ったら飲まないと思うわ」
「だが、効果は確かだ。これなら毒蛇だってもう怖くない」
「毒蛇? どうして蛇に限定するの?」
「今、お父さんは『竜の涙』と蛇毒についての研究をしているからな。何せ『竜の涙』の傍には毒蛇がたくさんいて、採集に行くのもままならないだろう? あの毒蛇たちがいなくなれば、もっと簡単に『竜の涙』を手に入れ、病に苦しむ人を助けられるじゃないか」
「簡単に手に入れたいんだね、お父さんは」
「お前だって、万能薬の材料なら喉から手が出るほどに欲しいだろう?」
「時と場合によるかしらね」
「父」が扉から出ていくと、オパールはふっと息を吐いた。運ばれてきたお茶に手をかざすと、軽い催眠剤が混入していると気づいた。うっすら眠い時に掛けられた言葉に操られるように暗示をかけるのは、催眠術師の初手である。おそらくオパールが知っていることを全て言わせるか、従順に薬を作らせるか、あるいはその両方か、そんな目的で持ち込まれたものだろう。
『解毒できるって言っているのに、意外と馬鹿よね』
ハウラはオパールに薬を盛ろうとした者たちを心底馬鹿にしている。ハウラの言う通りだ、とオパールも思う。
「父」は何度出入りしても眠気に襲われていないオパールを見て、その日の夕方にはお茶に混ぜた睡眠薬がオパール自身に解毒されていたことに気づいたようだ。
「王宮のお茶は、オパールの口には合わなかったかね?」
「うん、いくら辺境伯家にいるとはいえ、所詮庶民だからかな、何だか変な味に感じたよ。高級なお茶ってこんな味なの?」
「お父さんも王宮に来て最初は飲みなれなかったが、毎日飲んでいるうちに慣れたよ。オパールも飲んでみるといい」
オパールは仕方なく、お茶の入ったカップのハンドルをそっと指先でつまんだ。その瞬間にオパールの手から遊色を含んだ白い光がカップを包み、ふわりと消えた。
「そんなに用心しなくてもいいじゃないか」
「私の魔力は、あるべきではないモノがあると自動的に発動するのよ」
どんな薬をどう入れても、魔力が探知したら自動的に解毒するのだと言えば、「父」はひきつった笑いを浮かべて「それはすごい能力だな」と言った。
今日の作業は終わりだと「父」が言ったのは、既に夕日が沈んだ後だった。
「また明日持ってくるからな」
「うん、お役に立ててうれしいよ、『お父さん』」
オパールの「お父さん」という言葉に含みを感じたのか、「父」は愛想笑いを浮かべたまま、解毒薬入りの箱を持って扉を閉めた。
「はあ」
『疲れた?』
「薬づくりは全然足りないくらい。だけど、あの人に何かされないかっていう心配で疲れる」
『そうだよね』
「それより、どうしてあの人は蛇毒の解毒に拘っているのかしら?」
『それ。それに、あたしたちのことを毒蛇扱いしていなかった?』
「していたね。『竜の涙』の傍にいる毒蛇って言っていたもの」
『ねえ、もしかして、なんだけど』
ハウラがしゅるりと蛇の姿に戻ってオパールの真正面に来た。
『あの人たちにとって、本当にあたしたち白蛇が毒なのかもしれない』
「どういうこと?」
『あたしたちは、虹蛇様の眷属。虹蛇様はこの世界の創造神でもいらっしゃる。この世界を作り、世界が自立したシステムになるように『原初の乙女』と『五色の龍』を生み出した。そして、システムの稼働を見届けると、ご自分の肉体をジェットの森にうずめ、その肉体から『竜の涙』が生まれたでしょう』
「うん、そうだね」
『つまりね、あたしたち白蛇は神の力の一部を持っている存在なのよ。それが毒だというのなら……相手は神に対抗する者ということになる』
「え……それってまさか……」
『バサルトは自分が黒龍の子孫だって言っての、覚えている?』
「覚えているわ」
『黒龍はね、虹蛇様から生まれた五色の龍ではないのよ』
オパールは「五色の龍」が「原初の乙女」と対になっていることを思い出した。
『青のカイヤ』は水の魔力を持つ「青の水龍」と。
『緑のベルデラ』は風の魔力を持つ「緑の飛龍」と。
『赤のルベラ』は火の魔力を持つ「赤の火龍」と。
『黄のヘリオドール』は大地の魔力を持つ「黄の地龍」と。
そして『紫のイリス』は「紫の天龍」と。
本当なのかどうかは分からない。『紫のイリス』として覚醒したが、記憶はまだ取り戻せていないからだ。
「黒龍と白龍は、虹蛇の鱗から生まれた『五色の龍』ではないって言ったわね。では何なの?」
もしかしたら、今が真実を知る機会なのかもしれない。オパールは思い切ってハウラに尋ねることにした。
『白龍はね、あたしたち白蛇の長。虹蛇が生まれてすぐに眷属として仕えた功績で、蛇から龍に昇格したのよ』
「へえ、虹蛇は死んでしまったのに、白龍は今もいるの?」
『認識が間違っているわ。虹蛇様は死んだのではなくて、肉体を捨てただけ。その魂は今もこの世界を見守っているわ』
「そうなの?」
『ええ。肉体を保ち続けてもよかったのだけれど、そうすると神頼みしたい人間が虹蛇様の所に押し掛けてくるかもしれないでしょう? だから人間から姿を隠す必要があったの』
実に納得できる。そして、白龍と白蛇が特別な存在である理由も理解できた。
「それで、黒龍は?」
『黒龍も、最初は白蛇だったの』
「え?」
『虹蛇様に命じられて、瘴気を取り込んで浄化していた白蛇がいたの。だけど、瘴気をあまりにも取り込みすぎて浄化しきれなくなってしまった。誰にも相談できなかったのね、苦しいのにその白蛇は黙って瘴気を取り込み続けた。そのせいで体は瘴気に侵されて黒くなっていって、ある日とうとう体内の瘴気に飲み込まれてしまったの。瘴気には理性を壊し、生物的な本能のままにさせようとする力がある。その白蛇は瘴気の力で龍化し、己の欲の赴くままに暴れた』
「誰も解毒できなかったのね」
『ええ。その時、最初の『原初の乙女』たちと『五色の龍』たち、それに白龍も一緒になって黒龍を封じようとした。その時、黒龍の苦しみを一人受け止めて黒龍と共に姿を消したのが……『紫のイリス』なの』
「私……」
『何が起きたのかは分からない。でも、ジェットの森の奥にある『竜の涙』の自生地で、黒髪と紫の髪の双子の赤ちゃんが発見された時、紫龍と白龍が言ったのよ。これは黒龍と紫のイリスの子だって』
オパールは呆然とした。対である紫龍ではなく、黒龍の子を産んだということが衝撃だった。
『紫龍は泣いていたわ。泣いて、紫の髪の子どもを引き取った。黒髪の子どもは黒龍を思い出して殺してしまいそうだというから、白龍が引き取った。白龍の元で育った黒髪の子は、残念なことに白蛇が触れると赤い痣ができて、それが消えることはなかった。あの子はそれが毒に違いないと言っていた。だから白蛇は毒蛇だって言って、ある程度大きくなった時、出て行ってしまった。それが『黒の一族』のルーツなのよ』
「じゃ、じゃあ、ブロシャンの王家は……」
『ええ、黒の一族の末裔の一つね』
「一つ?」
『私が知るのは、そこまで。そこから先の人間の世界のことは分からない。彼らの共通点は、白蛇に触れると赤い痣ができて二度と治らないということ。つまり毒ね』
「……お父さんに成りすましている人も、黒の一族の一人と言う可能性が高いのね」
『ええ。白蛇を毒蛇だと言っていたし、自分が苦しむ原因となった命令は虹蛇様から出されたものだから虹蛇様を恨んでいただろうし、何よりもオパール、あなたへの執着の強さは黒の一族に典型的なものよ』
オパールは頭を抱えた。
「ねえ、まさかとは思うけれど、ジャスパー様も黒の一族の末裔って可能性は?」
『違うと思うわ。だってあたしに触っても赤い痣ができないから』
「そうよね」
『ええ。黒の一族のようなどろりとした執着とういうよりは、純粋にオパールを大事に大事にしているように見えるけれど』
「え、あ、そう、かな?」
『恥ずかしがらなくてもいいわよ』
少しだけ浮かれたオパールだったが、だからこそ早くここを出たいと思った。オパールの父に成りすましている人物はバサルトとは違う目的で近づこうとしているように思えて、オパールはぶるりと震えた。
読んでくださってありがとうございました。
「白のセレナ」「黒のヌー」についての説明はまた後日。
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