29 闇の魔力
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オパールは、何もすることがない現状に怯えていた。スヴァルトル領に移住してほどなく迷子事件を起こし、ジャスパーと出会った。そして、魔法のことを聞き、カンババから学び……。
気づけば「薬師の一家なのに薬をダメにする落ちこぼれ」ではなく、「触れたものを解毒できる能力を持ち、解毒の魔法を薬に込められる薬師」となり、「紫のイリス」というこの世界の創世に関わる重要人物の生まれ変わりであると知った。
解毒の薬を作ったり魔法の練習をしたり、父の捜索に関すること、調べなければならないこと、やることがたくさんあって、一日が24時間であるのが足りないと思うほどにオパールは毎日忙しく動き回っていた。
この黒い家具で占められた部屋は、ハウラのいうとおり隔絶されているのだろう。カーテンを開いても窓の外には何も見えず、扉に耳を当てても廊下の音は聞こえない。テーブルと、ソファと、ベッドと、手洗い設備だけがあり、ペンも紙も、絵画も花もない。
バサルトの信頼を得てここを出ていくためにも、何らかの形でお役に立つべきだろう。
オパールは、誰かがここに来たら本の差し入れと仕事をお願いすることに決めた。
コンコンとノックの音が聞こえる。ノックは中にいる人にも聞こえるようだ。
「オパールがここにいると聞いたのだが」
オパールははっとし、扉に駆け寄った。扉を開けようとしたが、開かない。
「オパール、です、お願い、開けて……」
「本当に、オパールなのか?」
「はい……お父さん!」
「ここにはカギがかかっているようだな。バサルト様にお許しを得てくるから、少し待っていてくれ」
オパールは夢を見ているのだろうかと思った。間違いなく、記憶の中にある父の声だ。
『本当にオパールのお父さんかどうかわからないわよ』
「でも、お父さんの声だったわ」
『そうやって4年くらい前に監禁されたのよね?』
「それはそうだけれど」
『まあ、あたしに任せれば、本物かどうかなんてすぐにわかるわ!』
ハウラが自信満々に言っていたので、それを頼りにすることにした。
……そのはずだったのだが、父が部屋から出ていった後、ハウラはがっくりとうなだれた。
『あたしの魔力が打ち消されて、あの男から何にも臭わないのよ? おかしくない?』
ハウラによると、オパールの父リューコと思われる人物からは臭いが全く感じ取れなかったらしい。ハウラは一度嗅いだ臭いは忘れないし、一般的な蛇でも犬と同等の嗅覚能力を持つと言われている。それに、ハウラは「竜の涙」の守り人たる特殊な蛇だ。その嗅覚が使えないということは……
「消したか、消されたか」
『うん、そうだと思う』
臭いを「消した」なら、先程会いに来てくれた父は、本当の父ではないだろう。父に魔力があったかどうか聞いたことはないが、カンババが何かを感知したことはないと言っていた。もし「消された」とすれば、父に何らかの魔術が使われていることになる。いずれにしても、芳しくない。
「さっき、お父さんと思われる人に、薬を作りたいから基材が欲しいって言ったの、まずかったかしら?」
『解毒のための薬になるのなら、誰が使うとしても基本的には悪い話ではないと思うわよ』
「何、基本的にはって」
『拷問でね、毒蛇と同じ空間に置くっていうのがあるのよ。噛まれないように自白させるのが目的だけれど、噛まれてもそのまま死ねば口を割らずにすむって死のうとする人もいるの。そういう人の解毒に使われるとなると、ねえ』
「毒蛇……」
そういえば母は毒蛇に噛まれて死んだことになっていたとオパールは思い出した。
「ブロシャンの王家は、毒蛇を使うのかしら?」
『人間の世界のことは分からないわ。でもね、毒蛇を使役するのは闇魔法よ』
「闇魔法……あ、私にもちょっとだけあるのよね?」
『そうよ』
オパールは以前ジャスパーに見せてもらったオパールのルースを思い出した。
「オパールの魔力は、遊色がきらめくホワイトのオパールのように光る。でも、これはブラックオパール。遊色がよりはっきりと見えるだろう?」
そう言いながらオパールの手に載せてくれたルースは、黒い中に赤を中心に様々な色がきらめく美しいものだった。
「黒というか、闇の魔法を意識すると、もしかしたら他の魔力もはっきり感知できるようになるのかしら?」
オパールは手に魔力を込めた。白い光の中に遊色がきらめいている。白い光の魔力から黒い闇の魔力に変わるよう、注意しながら魔力を入れ替える。やったことはない。いつもは魔力を一つずつに絞るか、光の魔力である遊色きらめくホワイトオパールの色の魔力しか使ったことはない。闇の魔力を意識するのは、最初にその存在を確かめたきり、これが二度目だ。
白い光が少しずつ黒く変色していく。全ての白い部分が黒く置き換わった。暗い部屋の中では黒いものは見にくく、遊色だけが宙に浮いているように見える。
「これはこれできれいね」
『オパール。その魔力を通してこの部屋を見て。闇の魔力はあたしには使えないから』
オパールは手の上にある魔力を、扉に向けた。
「嘘……」
目には見えない黒い魔力の鎖が、扉を覆いつくしている。これでは出られないわけだ。カーテンを開けて外が見えない窓を透かすと、同様に魔力の鎖が窓を埋め尽くしている。カーテンそのものには、鎖ではなく二重三重にシフォンが重ねられたように魔力がまとわりついている。ソファにも同じような魔力が見える。どうやら気持ちを穏やかにする……いや、落ち込ませる効果があるようだ。
「黒い家具全部に闇の魔力が込められているわね」
『逃げようと思う気持ちを削ぐために、闇の魔力を使っているんだわ。こういう使い方もあるとはね』
オパールは魔力を入れかえ、いつもの白い光の魔力ベースに戻した。
「嫌な魔力って、一種の毒よね」
『え、解毒を試すの?』
「試すだけならいいじゃない?」
オパールは魔力の層を厚くしてその手にまとわせると、窓拭きをするように窓を撫でた。一度では何も変わらない。何度も何度も拭いているうちに、ハウラが『あれ、薄くなってきた?』と声を上げた。
「本当だ」
オパールは何度も何度も同じ場所を拭き続けた。広い面積ではなく、手のひら程度の場所を何度も何度も。
『オパール! 外がうっすら見えるよ!』
ハウラの声に、オパールも拭いたところから外を覗き込んだ。
「ここ……王宮の尖塔?」
小さなころにピクニックに出かけた、王都から少し離れた山から見下ろした王都の街並みに似ている。王都内で一番高い場所は、王宮の中に三つある尖塔だ。
「王家が絡んでいることは、間違いなさそうね」
ふと、オパールの目に、見覚えのある青色が飛び込んだ。
「ジャスパーの蝶だわ!」
蝶は何かを探すように飛んでいたが、外がわずかに見えるこの場所を探し当てたように飛んでくると、窓の外側に止まって羽根を閉じた。
「ジャスパー様が探してくれているのね」
オパールはジャスパーを少しでも感じたくて、窓ガラス越しに蝶に触れた。突然、大好きな声が手を通じてオパールに流れ込んできた。
<オパール、このメッセージを聞いているということは、蝶がオパールの所にたどり着いたということだな>
あまりにもかすかではあったが、確かにジャスパーの声が聞こえ、オパールははっとした。そして、ガラス越しに蝶に触れている手に意識を集中させた。
<オパールの居場所を、この蝶に探らせた。蝶が僕の所に戻ってくれば、オパールの居場所が僕に伝わる。スヴァルトルにいる両親たちにも協力を要請した。バラカ医師があの日以来帰ってきていない。あの研究発表は罠だったんだ。守り切れなくてごめん。だけど、必ず助けに行く。だから、それまでハウラと一緒に、身を守っていて。愛している>
蝶は飛び立った。
「待って!」
だが、蝶は急いで飛んでいく。おそらく王都内のタウンハウスに急いで帰るのだろう。私も連れて行って、と言いたかった。だが、あの蝶だけでは無理だ。
小さくなる蝶が無事にジャスパーの元にたどり着くようにと祈りながら、オパールは急に泣きたくなった。「愛している」という言葉がオパールの心にしみ込んでいく。
(ジャスパー様に会いたい。会って、私も愛していると伝えたい)
まだ自分から言ったことのないその言葉を伝えるために、オパールは必ず生き延びる、自由になるのだと自分に言い聞かせた。
読んでくださってありがとうございました。
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