27 扉の先は
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「竜の涙」についての最新研究が発表される会場の前で、オパールはぐっと両手に力を入れた。一度世界中に広がった「竜の涙」は刈りつくされ、既にスヴァルトル領にあるジェットの森の、奥深い渓谷にしか存在しない。その「竜の涙」についての研究が、スヴァルトルの研究所以外の研究者から発表されるということから考えられるのは、三つ。
一つは他にも自生地が見つかり、研究が進んだというケース。これは非常に喜ばしいケースだと言えよう。
二つ目は、辺境伯夫人が病に倒れた際に持ち去られた「竜の涙」を使って得られた研究結果であるというケース。この場合、オパールの母を手に掛けた人物……ハウラによるとそれは辺境伯夫人の侍女ルチルらしいが……と接点を持つ可能性が高い。つまり、危険な人物であるということになる。
三つめは、この情報が、「竜の涙」について関係のあるものをおびき寄せるためのダミーであるというケース。これは二つ目との組み合わせであることも考えられる。
オパールは扉のすぐそばに置いてある玉を見た。騎士たちが身に着ける兜くらいの大きな玉は、街角で占い師が使うあの水晶玉によく似ている。
「行こうか」
「はい」
ジャスパーと共に部屋に入ろうとすると、扉の影から人が姿を現した。
「聴講希望の方ですか?」
「そうだ」
「では、こちらの水晶玉に手を置いてください。反応があれば今回聴講していただくべき方であると判断されます」
「どうして水晶玉がそれを判断できると?」
ジャスパーの問いに、男は「申し訳ありません」と頭を下げた。
「私は運営からここでお一人ずつ水晶玉に触れていただくようにご説明する係を命じられただけで、この水晶玉の仕組みやら話の内容やらを知る者ではございません。あなた様にご納得いただけるようなお答えができず、大変申し訳ないことでございます」
「いや、係員に過ぎないと言うのなら、質問する相手が違ったということだ。誰か説明できる者はいないのか?」
「申し訳ございません」
丁寧な物言いだが、内容としては完全な拒絶だ。オパールはジャスパーを見た。
「やめるか?」
「いえ、やってみましょう」
まずジャスパーが手を置いた。黒雲が湧くようにして水晶が黒く変化した。
「どうぞ」
ジャスパーは部屋に足を踏み入れて中を見回し、次いでオパールを振り返った。オパールはそっと右手を水晶玉に載せた。あっと思う間もなくオパールの魔力が放出されて光り、水晶玉に吸い込まれていく。
「オパール!」
周囲がまばゆく輝いて目がくらみ、オパールはジャスパーが慌てたように呼ぶ声は聞こえたが、見失ってしまった。
「ジャスパー様!」
目を開いた時、オパールは呆然とした。先程の会場ではなく、黒一色で装飾された部屋。
「え……」
声は出る。オパールはジャスパーを呼んだ。
「ジャスパー様、どこにいるの?」
『オパール、静かに』
ハウラの声に、オパールは再び開きかけていた口を閉じた。
『今、あたしの存在を知られるわけにいかないから、直接オパールの頭に語り掛けているの。あたしの声は聞こえているわね』
「ええ」
オパールも声に出さずに答えた。
『それでいいわ。どうやらジャスパーと一緒にいたところから強制的に転移させられたようね』
「そんな高等な魔術を使ったってことは……やっぱりバリシアの魔術師が絡んでいたのかしら」
『どうやらそうではないみたいね』
ハウラが何かを警戒している。
『誰か来る』
直後に扉が開かれる音がした。
「ほう、これか」
聞いたことのない男の声が聞こえて、オパールは声の方を見た。
「新しい転移装置はいいな。転移させたいものが持つ魔力で動くから、オレの魔力を消耗しない」
「さようでございますな」
もう一人、しわがれた声が聞こえた。近づいてきた男たちは、オパールを見るとふんと鼻を鳴らした。
「見た目は……普通か」
「さようでございますな。特品ではございませぬ」
「おい女。名乗れ」
オパールは黙ったまま、男たちを見た。
「こいつ、耳が聞こえないのか。ならばこうしよう」
<これなら聞こえるだろう。名乗れ>
ハウラと会話したときのように、直接頭に声が響く。オパールはその音量の大きさに頭を抱えた。
<声が大きすぎたか。これならどうだ>
慌てたように男が声を小さくし、うずくまってしまったオパールを抱えあげた。思わず悲鳴を上げてしまったが、オパールの声は次の瞬間にかき消された。どれだけ声を上げても、オパールの声は聞こえない。オパールは恐怖でガタガタと震えだした。
<お前、名乗れと言っているだろう>
「ジャスパー、助けて! 怖い、ここどこ、誰なのこの人、ねえ、ジャスパー!」
音はかき消されているが、男たちには聞こえるようだ。
「ジャスパー?」
「この女の知り合いでしょうな」
「まあいい、聞こえぬことにパニックを起こしたということは、聞こえるということだ」
男の腕から逃げ出そうとじたばたもがくオパールの体が急に下ろされた。オパールは慌てて部屋の隅に走ると、男たちをじっと睨んだ。
「女、そんなにオレを恐れなくてもいい」
「無理ですぞ、主殿。かどわかされた上、初対面の男にいきなり名乗れと言われて素直に名乗れるような女などおりませぬ」
「そういうものか」
「はい。先に名乗れば、多少は警戒も緩みましょう」
だったら先に名乗りなさいよ、とオパールは心の中で毒づいた。
「オレはバサルト。この国の支配者で、『黒き龍』の子孫だ」
詰んだ、とオパールは思った。姿を見せない王の所に強制転移させられたということは、これからオパールは死んだことにさせられて、きっとこの王宮で使役されるに違いない。がっくりしているオパールに、バサルトは言った。
「それで、お前は?」
無駄に反抗しても仕方がない。
「オパールです」
「オパール、オパール……数年前に王都から逃げ出した、ゴシェナイトの下の娘か」
「どうしてそれを」
「庶民とはいえ、王宮に薬を売っていた奴がいなくなったんだ。それも飛び切り効きのいい薬を作れる奴を失ったんだぜ? そりゃ探すに決まってるだろ」
「父はちゃんと王都での営業許可をお返ししたと言っていましたが」
「返されても困るもんは困るんだよ」
なんだか、ジャスパーから聞いていた話と合わない。オパールは思い切って国王バサルトに尋ねた。
「どうして私をここに連れて来たんですか?」
「ん? ああ、『竜の涙』に関して、ちょっとまずい話を聞いたからさ」
「まずい話?」
「ん~、どこから話そうかな」
「主殿」
もう一人の男が声をかけた。
「女性を部屋の隅にうずくまらせたまま話すというのは、いただけませぬなぁ」
「ああ、そうだったな。暗いのに黒い家具ばかりですまんが、ここにソファがある。座ってくれ」
バサルトはざっくばらんな性格なのだろうと考えて、オパールは指示通りに座った。ハウラが動かないのだから、身に迫った危険はないはずだ。
「この国では王家のメンバーが秘匿されているだろう? 実は隣の国との関係でバチバチにやりあっているからなんだ」
「よく、分かりません」
「うおっほん、ならばそれがしが」
もう一人が口を挟んだ。
「ブロシャンの王家とバリシアの王家は双子のような存在でしてな。白竜の子孫であるバリシアと黒龍の子孫であるブロシャンは、継承争いに相互に食い込んで自国の影響力を高めようとしてきた、そういう歴史があるのじゃ」
「はあ」
「現在のブロシャン国王であるバサルト陛下は、弟君を抑えて王位に就かれた。だが、弟君は当然それが面白くない。バリシア王家も二つに割れており、弟君はブロシャンを逃れたバリ下の現国王と手を組んだわけです。そして、弟君がバサルト陛下を追い落とすために世界中から失われた『竜の涙』を再びよみがえらせようと、スヴァルトル領にある『竜の涙』を盗掘し、その複製を魔術で複製しようとしているという話をつかんだというわけですじゃ」
バサルトも説明をしたいらしい。
「盗掘は二度行われた。およそ20年ほど前と、4年ほど前。オレたちはバリシアの貴族に降嫁した、反国王派の王妹に接触し、バリシアで進められているコピー計画が本当に人のためになるものなのかどうかを探らせていた。いいものならば世に出せばいい。民も病から解放されて幸せになれるだろう。だが、実験がうまくいかないことに業を煮やした奴らが、数年前に『竜の涙』と同等の能力を持つ人間をスヴァルトル領で見つけ、誘拐しようとしたという報告が上がった。その人間を保護しなければと思っていたのだが、どうにも探し出せずにいたんだ。
それで、一計を案じた。『竜の涙』と同等の魔力を持てる存在のことは、ブロシャンの国王にのみ、口伝で伝えられている。『紫のイリス』か『光のセレナ』の生まれ変わりだけだ。もし『紫のイリス』か『光のセレナ』の生まれ変わりが弟たちの手に落ちれば、それこそ死ぬまで力を搾り取られるだろう。だから早急に保護するために、申し訳ないが餌を撒いたんだ」
「じゃあ、あの玉は……」
「ああ、『原初の乙女』の魔力に反応し、その魔力を使ってここに転移させるように設計した魔道具だよ」
「陛下は……私を保護するとおっしゃいましたが、私の力を使うためにここに呼んだのではないのですね?」
「そりゃ助けてほしいとは思うが、本人の意思を無視してやるようなことではないだろう?」
「あの、でしたら、ジャスパー様をここに連れてきていただけませんか?」
「先程もその名を呼んでいたな? 誰だ?」
「スヴァルトル辺境伯家の三男のジャスパー様です」
「たしか、庇護をうけているのだったか」
「はい。ジャスパー様は私の婚約者です」
「婚約者?」
「はい」
「嘘だろ!」
バサルトが床に頽れた。
「あの、大丈夫ですか」
「ああ、オレの夢が!」
ぼやき続けるバサルトから、もう一人の男に目を移すと、残念なものを見るように見つめている。
「主殿。『原初の乙女』を妻に迎えたかったというお気持ちは分かりますが、黒龍の妻になれる『原初の乙女』は、『黒のヌー』と決まっております。人の恋路を邪魔する男は、そもそも嫌われますぞ」
「そうだな」
バサルトはオパールを床から見上げながら言った。
「スヴァルトル辺境伯家のジャスパー・タンタルを呼び出すから、ここでのんびりしてくれ」
『大丈夫よ、オパール』
ハウラの声に、オパールは決めた。
「よろしくお願いします」
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