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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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26 久しぶりの王都

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 久しぶりの王都に、オパールの心は浮き上がるような高揚感と嘗て王都の人々から受けた仕打ちを思い出して沈む気持ちとの間でなかなか落ち着けずにいた。その心の浮き沈みだけでどっと疲れてしまったオパールは、王都につくと同時に寝込んでしまった。


「これじゃ何のために来たのか分からないわ」


 落ちこむオパールに、ジャスパーはカラカラと笑ってオパールの頭をなでた。


「いつもオパールはくるくる動き回っているから、少しは休めっていうことだよ」

「明後日までには治さなきゃ」

「治るさ。バラカ医師も心配していたよ」

「バラカ医師が?」

「あの人、あまりにも裏がなさ過ぎて……もしかしたら利用されているだけなのかもしれないな」

「もしそうだとしたら、私たちが調べることでバラカ医師の無実も証明できるわよね」

「ああ、とにかく僕たちは、バラカ医師が敵か味方かはっきりさせなければ」

「そうね」


 扉がノックされた。一緒に来た護衛のスティーブだ。スティーブは一度オパールを守り切れなかったことを咎められ、騎士団から追放されそうになったことがある。オパールが必死に鳴って辺境伯に取りなしたことで降格して一兵卒からやり直しになったが、元が優れた騎士であったからすぐに昇格し、オパールたっての願いで再びオパールの護衛チームに参加している。


「あの、バラカ医師が、オパールさんに薬を差し上げたいとのことなのですが」

「あ~」


 オパールはバラカ医師の診察を受けたことはあるが、薬を処方されたことはない。オパールの「触れた薬は全て無効化する」ということを正しく理解していないのかもしれない。オパールはジャスパーの顔を見た。


「うん、ちょうどいいから話してしまおうか。スティーブ、バラカ医師を呼んでくれないか」

「は」


 スティーブに連れられたバラカ医師は、丸い顔に心配そうな表情を浮かべながらオパールの部屋に入ってきた。


「風邪ということだったので、一般的な処方で薬を用意したのですが、何かありましたかな?」

「バラカ医師に伝えておかなければならないことがあるんだ。オパール」


 ジャスパーに促されて、オパールはバラカ医師にまずお礼を述べた。


「お薬、ありがとうございます。ですが、私、薬が飲めないんです」

「毒だと疑っておられるのか?」

「違います。私がなぜ王都からスヴァルトル領に行ったか、ご存じありませんか?」

「辺境伯閣下が父君をお招きしたとしか」

「実は、私が原因なんです」


 バラカ医師は首をかしげた。


「私も小さい頃から製薬を学んできたのですが、全く薬が作れませんでした。それは、私が薬の成分を全て無効化してしまうからでした」

「薬を無効化ですと?」

「はい。父や姉が作った薬も、他の人が作った薬も、私が触れると全ての薬効が消えるのです。薬屋なのに薬を薬ではなくしてしまう私を恐れ、王都のみなさんも父の薬局から薬を買わなくなってしまいました」

「それで、でしたか」

「はい。触れると薬効がなくなるので、いただいたお薬も……」

「ああ! そういうことですか! 飲む瞬間に薬に触れてしまうから飲んでも仕方がない、そういうことですな!」

「そうなんです」

「それは……王家が望む力ですな」

「え?」

「毒味が不要になるではありませんか」

「バラカ医師?」


 ジャスパーはあらぬ方に進み始めた話に待ったをかけようとしたが、バラカ医師は突っ走っていく。


「辺境伯家がオパールさんを取り込んだのも、それが理由でしたか」

「違う! オパールに毒味なんてさせたことはない!」

「そうではありません。食べる前に食材に触れれば毒消しになるのですから、毒味係が死なずにすみます。人命を危険にさらすことなく安全が手に入る。これは素晴らしいことではないですか」

「バラカ医師。父上も母上も、もちろん僕も、オパールが毒味代わりだなって考えたこともない。この能力のことは他言無用だ」

「ですが、辺境伯家にとってもこれは」

「黙れ!」


 ジャスパーの剣幕に、さすがのバラカ医師も黙り込んだ。


「お前はオパールを王家にでも送り込んでお前の手柄にし、金儲けをしようと思っているのか? 僕の大事なオパールを危険にさらすつもりか? 王家に関わった者が使い潰されたり些細なことで処刑されたりしていることを知らぬとは言わせないぞ!」

「いや、そ、そんなつもりでは」

「では二度と言うな! オパールは僕の妻になる人なんだ。王家が食指を伸ばしたら、スヴァルトル辺境伯家がブロシャンから離脱することもあるんだぞ」


 それは、北の守りが失われるということであり、バリシアが一気に攻め込んでくる未来しか見えない。バリシアは魔力至上主義である。魔力のない者は、どれほどの能力があっても公職につくことも、そもそも「学ぶ」ことさえ許されない。辺境伯家の侍医として確固たる地位を持つバラカ医師も例外ではなく、間違いなく医師の職から追放されることになるだろう。


「それは……確かにわしも困ります」

「分かったならいい。どうしても手助けが必要な時には呼ぶから、バラカ医師は学会で新しい情報を仕入れることに専念してくれないか」

「承知いたしました」

「バラカ医師」


 オパールは静かに声をかけた。


「私は私の生き方を自分で決めます。他人の干渉は受けません」

「はい」


 スティーブが気遣わしげにジャスパーとオパールを交互に見てから、肩の力を落としたバラカ医師と共に部屋の外に出た。扉の外で待機するためだ。 


「なんだか、ちょっと思ったのと違うような気がするわ」


 オパールは靴音が聞こえなくなるのと待ってからつぶやいた。


「どういうこと?」

「もう少し確信が持てたら言うわ」


 この時のオパールの判断をオパールもジャスパーもひどく後悔することになるのだが、それは数日後の未来にならなければ誰にも分からないことだった。


☆☆


 学会までに風邪を治したオパールは、バラカ医師、ジャスパー、そしてスティーブと共にホールで行われる研究発表を聞いたり、新しい薬や医薬書の市に出かけたりしながら、薬師として充実した日々を過ごしていた。年に一度、世界中から研究者や医師、薬師などの医療従事者が集まる学会は二週間続く、ちょっとしたお祭りだ。ちなみに、魔術の学会もバリシアで行われるが、魔力そのものを懐疑的なものと捉えているブロシャンからその学会に参加する者はいない。他にも農業に関する学会、工業に関する学会、鉱物に関する学会などがあるようで、農業や鉱物に関する学会に興味があるものの、開催国が遠いためにオパールが参加することは夢のまた夢のこととなっている。


 残り3日という頃、バラカ医師から小会議室で行われる研究発表を聞きに行かないかと誘われた。「竜の涙」に関する研究発表らしいが、参加者に制限があるのだという。


「基本的に、一般の聴講は認められておりません。『竜の涙』に関係すると認められる者だけが入れます」

「誰がその判断をしているのですか?」

「何でも会場の入り口に玉が置かれていて、その玉に触れた時に反応があった人のみが入れるようですぞ」

「うさんくさくないか?」

「わしも少々怪しげであるとは思うのですが、王家主催の学会ですからなあ。セキュリティに問題があるとは思いたくないというか……」

「スヴァルトル辺境伯から派遣された者なら、全員が反応するはずだ。反応しなかったらおかしいということになるな」

「ええ。そもそもそんな怪しげな玉をどこから手に入れたのか」

「怪しいですね」


 オパールも同感だ。


「やめておいた方がいいかもしれませんね」


 スティーブも言った。


「そもそも、バラカ医師はその発表の情報をどこから入手したんだ? プログラムには書かれていないようだが」

「ええ、新たに分かったことがあるとかで急遽発表を希望する者が王家に願い出て、場を用意したと聞きました」

「誰から?」

「運営本部ですよ。ほら、あそこにいる男と話している時に、わしがスヴァルトル辺境伯家の侍医であり『竜の涙』の研究者でもあると知って、ちょうどいい発表があると教えてくれたのです」


 うさんくさい。怪しすぎる。


「他にも回りたいところがあるから、行けるか調整してみようか。バラカ医師は行くのか?」

「はい、そのつもりです」

「分かった。では、我々も参加するようなら現地で合流しよう」

「ええ、お待ちしております」


 バラカ医師はご機嫌で会場に向かった。


「まだ二時間前だって言うのに」


 スティーブのつぶやきに、ジャスパーが厳しい目でバラカ医師を見送る。オパールはジャスパーの目に気づかず、「私、聞いてみたいわ」とジャスパーに言った。


「オパール、だが……」

「虎穴に入らずんば虎児を得ずと言うでしょう?」

「始まるまでにまだ二時間ある。少し調べてから決めよう」

「でも……」

「もし、罠だったら? バリシアの可能性を強く推測するが、なにせこの学会には王家が深く絡んでいる。もし王家が何か企んでいたらどうする?」

「王家って、そんなに危険なの? 王都にいた頃は、お父さんの薬も王家にお納めしていたのだけれど」

「僕も最近知ったことなのだけれどね。年に一度、領主たちが王都に集まって領主会議が開かれるだろう? それに併せて貴族籍を持つ成人は全員参加しなければならない夜会が開かれる。そこで各地の領主たちと商売の話をしたり、縁談の話が出たりするんだが、実は王家の人間が姿を現したことは一度もないんだ」

「参加しないってこと?」

「いや、こちらからは見えず、向こうからは見えるカーテン越しにこちらを見ているらしい。他国では夜会の最初のダンスは国王夫妻が踊るという国が多いんだが、それもない。もう少しわかりやすい言い方をすると、王家の人間の顔を、外にいる人間は誰一人見たことがないんだ。その一方で王家の人間の顔を見たことがある人間は王宮から一歩たりとも出ることが許されず、外部との連絡は全て手紙のみ。その手紙も一字一句検閲されて、王家についての情報が漏れないように管理されている」

「人数も分からないの?」

「ああ。妃がどうやって決まるのか、そもそも誰なのかも明らかにされない。王の名前も王子王女の数も公開されていない。つまり王家は謎の存在なんだよ」

「どこかに紛れていても、それが王様や王妃様だということさえ誰も気づけない」

「そういうことさ」


 オパールは考えた。やはり「虎穴に入らずんば虎子を得ず」だ。


「スティーブ、少し様子を見て来てくれるかしら?」

「かしこまりました」

「頼む」

「は」


 オパールの依頼に即答したものの、本当に良かったのかと心配になったスティーブだったが、すぐにジャスパーが反応してくれたおかげでスティーブはスムーズに動けた。スティーブが走っていった後、ジャスパーはオパールの手を握って約束させた。


「スティーブが少しでも怪しいと思ったらな、絶対に行かないと約束できるか?」

「もちろん」

「僕の手を離さないことも」

「ええ」


 一時間後に戻って来たスティーブは「怪しくないとは言えないのですが」と前置きしてから伝えた。


「扉が開いていたので覗いたところ、ブロシャンの貴族が何人か、既に中に入って発表者と思われる人物と話をしておりました。それから、南の隣国スパンゴライトの王族までいらっしゃるようでした」

「他国の王族が? それなら問題はないか?」

「行きましょう」


 オパールは目をキラキラさせてジャスパーを見上げた。


「わかったよ」


 二人の様子を、物陰からじっと見つめる目が合ったことを、二人は知らなかった。

読んでくださってありがとうございました。

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