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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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25 前夜

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 クリスタルの妊娠によって、バラカ医師が辺境伯家で持つ重みは俄然重くなった。オニキスはクリスタル以外の女性を正妻にする気がない。王家からの許可がないから正妻にしていないだけで、オニキスはもちろん、辺境伯家の面々も使用人もみなクリスタルを次の辺境伯夫人と認定している。そのクリスタルが男の子を産めば、必然的にスヴァルトル辺境伯タンタル家の後継者とみなされる。継嗣の可能性があるからこそ、クリスタルとそのお腹の子は、辺境伯家に揺さぶりをかけたい者たちにとって、この上ない獲物となった。


 そのクリスタルを医師として支えるのがバラカ医師なのだ。バラカ医師が「この薬が必要だ」と言えばすぐに用意された。それがどれほど貴重で高価な物であっても、辺境伯夫人はすべて用意するようにと命じた。


「関係ない薬もあるようですが」


 オパールがそう忠告したこともあったが、「きっと出産時のレアケースに対応するために用意しているのでしょう」と言うばかり。


「オパールから見て、怪しい薬があるのか?」


 ジャスパーに問われて、オパールは複数の薬を上げた。血圧を下げる薬は妊娠高血圧症候群に有効だが、血圧が下がりすぎるとめまいなどの副作用を起こし、倒れてしまうこともある。抗菌剤の内容が分からないので一概には言えないが、妊娠中に使ってはいけないものもある。カフェインを摂取しないように飲むハーブティーだって、ローズマリーやカモミールのように広く使われていながら妊娠中は禁忌とされるものもある。


 とはいえ、クリスタルも薬師だ。知識はある。オパールはクリスタルと相談し、薬はクリスタル自身が作ることにした。バラカ医師には微妙な顔をされたが、「薬師が自分の薬くらい作れなくてどうします?」と笑顔でクリスタルにすごまれれば、バラカ医師も「ああ、どうぞ」というほかない。

「それにしても、クリスタルってだんだんオニキス様に似てきたわよね」

「どういうところが?」

「その笑顔に、人が震えあがる」


 クリスタルはプッと噴出した。


「笑顔もいろいろあるのよ。怒鳴りつけたら暴言だって言われるでしょう? ねちねち嫌味を言うのも問題あるでしょう? そうするとね、笑顔にバリエーションを持たせるのが一番賢いやり方なのよ」

「笑顔の種類によって、実は怒っていることがちゃんと伝えられるっていうこと?」

「そうよ。笑顔で優しい言い方をしていれば、パワハラなんて誰も言わないわ」

「……こわっ」

「そうよ、あなたのお姉さんは、子どものためなら怖い人になるわ」

「そういうもの?」

「ええ。きっとお母さんもそうだったんでしょうね」

「お父さんは……」

「母親はお腹の中の子どもと一緒に母親になっていくけれど、父親は父親だと実感できるのは子どもが生まれてから。いつまでもスタートできない父親もいるし、貴族はやっぱり平民とは家族の距離感がちがうから」

「クリスタル、大丈夫?」

「大丈夫よ。心配しないで」


 まだ、クリスタルにはバラカ医師に疑いの目が向けられていることを伝えていない。


(どうしたらバラカ医師のカルテを見られるかしら)


 そのタイミングは、思いのほか早く来た。


★★


「バラカ医師が、王都まで薬の調達に行く?」

「ええ。ちょうど学会発表の時期に合わせて行くんですって。学会には他国の医師もたくさんいらして情報交換の場にもなるし、他国の薬や素材の販売会もあるでしょう? それにしてもオパール、あなたもう4年近くスヴァルトル領にいてバラカ医師にも診察してもらっているのに、気づいていなかったの?」

「医学より魔術の方に気持ちが向いているからかな、あはは」


 クリスタルの話に、オパールは王都でバラカ医師を見張る者と、城内のバラカ医師の部屋を捜索する者に分ける必要があると考えた。もしバラカ医師がバリシアとつながっていたのなら、他国との接触が合法的に認められる学会という場を有効利用するのは当然のことだろうと思えた。


「バラカ医師が王都に行っている間は、誰が対応するの?」

「騎士団に軍医が何人かいるでしょう? 必要に応じて彼らが対応してくれるのよ」

「へえ」


 穏やかな雰囲気のバラカ医師と違って、軍医たちは騎士団に所属していることもあってか怖い人が多い。


「そうなんだ。それじゃあ安心だね」

「ええ。オニキス様が駐屯地から戻ってきてくだされば、何の不安もないのだけれど」

「クリスタルはオニキス様のことを本当に信用しているのね」

「当然よ。信頼できない人とは夫婦になれないわ」

「そういうもの?」

「オパールだって、この世で一番信頼できる男性はジャスパー様なんじゃないの?」

「そう……そうだね。そうか、だから私、ジャスパー様との結婚話が出た時、嫌じゃなかったんだ」

「今頃気づいた?」

「そうみたい」


 楽しく話していると、扉をノックする音が聞こえ、護衛騎士どうしで何か話している。


「クリスタル様。医務部に行くお時間です」

「もうそんな時間なの? 教えてくれてありがとう」

「じゃあ、私、戻るね」

「ええ、リオナもまた遊びに来てね」

「はい!」


 クリスタルは、オニキスと二人で連れて来たリオナのことを今でも気にかけている。リオナが明るいと、クリスタルもうれしいのだと言う。


 その足で「巣穴」に向かったオパールは、カンババにバラカ医師が王都に行く話をした。


「うん。そろそろ時期だよなとは思っていた」

「それで、王都でバラカ医師を見張る人と、こちらでカルテなどを確認する人という風に分ける必要があると思うんです」

「分けるかぁ……」


 カンババは「う~ん」とうなった。


「おいらもリオナもバリシアには顔が割れている。もちろんオパールにもその可能性がある。そうすると、ジャスパーに行ってもらうしかないかもねぇ」


 学会が終わってから接触する人物もいるだろうから、期間中+α日。往復の日数を加算すれば、一か月は会えないことになるだろう。


「まあ、ジャスパーなり閣下なりが許さなければ、他の人が行くことになるかもねぇ」


 その後やって来たジャスパーは、オパールとカンババの話を聞くとしばらく考え込んだ。辺境伯と相談すると言って出ていった後、それほど経たずに戻ってきた。そして「オパールと僕で行くことになったよ」と告げた。


「オパールは辺境伯の命令で、学会の研究発表を聞き、新しい治療法や薬についての情報をバラカ医師と共に収集する」

「バラカ医師と共にって……」

「バラカ医師の傍にいても不自然ではない形にした方がいいだろうというのが、父上のお考えだ」

「その間に、おいらたちがこっちでカルテ探しとルチル女史の動きを見ているってわけだ」

「そうなりますね。ただ、一つだけ問題がある。リオナを連れていけないのに、女性の護衛がつけられないんだ。護衛ではない女性騎士まで今は城内に待機させてクリスタル義姉上に付けているくらいだから、王都行きに割ける女性騎士は用意できないと言われた」


 ガレナの代わりをリオナがしていたのだから、リオナを連れていけないということは女性の護衛が確保できないのは当然だ。


「だから、僕も同行する。婚約者の立場があるからね、何とでもなるわけだ」

「ジャスパーも一緒に行ってくれるの?」

「オパールは僕を置いていくつもりだったのかい?」

「私が居残りでジャスパーが行く形になるっていう予想だったから、ちょっとびっくりというか」

「いうか?」

「ジャスパーと遠出するなんて、ジェットの森に行く時しかなかったから、ちょっとうれしいなって」


 ちょっと頬を赤らめていうオパールを見たジャスパーが、5秒間固まった。そして、オパールを抱きしめるとジャスパーは叫んだ。


「もう、かわいいんだから!」


 耳を赤くする二人の傍から、声がした。


「はいはい、いちゃいちゃは他でやっとくれ」

「やっとくれ~」


 カンババとリオナがその場にいたことを思い出し、二人は慌てて離れた。


『ねえ、忘れているかもしれないけれど、あたしだっているのよ?』

「そうだ、ハウラもいるんだ」

『失礼ね! あたしなら王都でも御不浄でも、どこへでもオパールと一緒に行けるわよ』

「確かに!」


 ハウラの存在は、この場にいる者しか知らない。まさに影の護衛だ。


『あたしは基本的に出ないようにする。逆に言えば、あたしが出たなら、それほどの緊急事態だということよ』

「私、いろんな人に守られているんだね」


 オパールはうれしかった。かつて王都で存在を否定され、家族以外から挨拶の握手さえ拒否されたオパールにとって、必要とされていると感じられることはこの上ない幸せなのだ。


「バラカ医師が誰とつながっているのか、あるいはつながっていないのか。しっかり確かめましょう」


 オパールの言葉に全員が頷いた。


★★


 王都に行く前に、ジェットの森へ行くことになった。これまでは護衛が二班ついたが、今回はハウラもいるので「巣穴」の四人だけだ。「竜の涙」の所に行くと聞いたバラカ医師は「いいなあ」とうらやましそうに言ったが、採取ではないと分かるとおとなしく引き下がった。


「そう言えば、母上の病気治療のために『竜の涙』を採取した時も、あのよくわからないままになってしまった病気の対応のために『竜の涙』を持ち帰った時も、バラカ医師の所には研究用に渡された分はなかったらしい」

「研究者だってわかっているのに、渡されなかったの?」


 オパールは驚いた。姉のクリスタルにも、成りすまされていたが父リューコにも与えられていた「竜の涙」が渡らなかったのは不自然ではないかと思った。


「薬師が作った薬を飲ませ、症状が改善していく様子を記録することしかできなかったらしいよ」

「それでバラカ医師が納得するとは思えないのだけれど」

「今回もすぐに引き下がったし」

「ハウラ、周囲におかしな気配はないかい?」

『ないわよ。この森の生き物なら、あたしたち白蛇が認めた者なら絶対に襲わない。他の人間の気配もないから、今のところは問題なし』

「うん、ハウラがいると本当に助かるわ」

『ええ、感謝しなさい、崇めなさい♪』

「しているわよ」


 白蛇に戻っていたハウラは機嫌よく腕輪になった。「竜の涙」にたどり着くと、すぐにオパールは魔力を流した。一輪だけ残っていた株からみるみる蕾が上がり、オパールの魔力と同じ色の花が開き、種を落とす。


「花の時期って、決まっていたのではないの?」

『全ての魔力がバランスよく供給されれば、いつでも花は開くの。たとえ供給されなくても、一年に一度は蕾までつけて、いつ魔力が供給されてもいいように準備する。その様子をみた人間が勘違いしたのでしょうね』

「そうだったの」


 そっと「竜の涙」に触れると、ふわりと光った。まるでハウラの言葉を肯定しているかのようだった。


読んでくださってありがとうございました。

少々テンポが悪くなっていましたが、次回王都で動きがありますよ。

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