22 母の日記
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ルチルの正体を暴くためにどうすればいいか。
もし本当にルチルがルチルではなかった場合、辺境伯夫人は極めて危険な状況に何年もさらされ続けていることになる。
オパールたちは悩んだ結果、オパールに付けられた女性護衛騎士ガレナを辺境伯夫人の元に戻すことにした……密かに、ルチルを監視し、注意するようにとの命令を与えて。
現在も辺境伯夫人の護衛部隊から派遣されている形になっているので、ガレナが辺境伯夫人の元に戻ることは決して不自然なことではない。
「ガレナの代わりに、リオナがオパールの護衛魔術師としてつく」
そうジャスパーが説明すれば、辺境伯夫人は不振がることもなくガレナが戻ることを許してくれた。
「ガレナ、お願いね」
「はい、必ずお方様をお守りします」
物理的な守りは一つ増やした。辺境伯に相談したいが、まずは証拠が必要だ。ルチルの行動を監視するのも限度がある。
その夜、オパールはクリスタルから借りた母の日記を開いた。
ルチルに成りすましている別人が、辺境伯夫人のために母が『竜の涙』を採取しに行く際に騎士たちの中に潜りこんだと仮定する。他人に成りすます魔術がどのようなものなのかわからないが、わざわざ二段階の成りすまし(変身と言うべきか)とするのは効率が悪いような気がする。ルチルに成りすましている人物がそこまでしなければならないのだとしたら、辺境伯たちに「自分も一緒に採取に行きたい」と願い出、それを却下されたのではないだろうか。
だとすれば、母にも事前に接触している可能性がある。そもそも夫人の病気治療のために呼ばれた母なのだ。一番近くで仕える侍女として、母と接点がないことなどありえない。
以前、この日記を手に入れた時には、途中から意味が分からない文章になってしまい、読むことを中断してしまっていた。クリスタルは毎日一度は目を通していたらしいが、相変わらずおかしな文章が書かれているだけだと言っていた。
(お母さん。お母さんがスヴァルトル領にいた時、一体何があったの? 教えて)
意味不明な文章が始まるのは、スヴァルトル領に向かった日からだ。
(そう言えば、このページから、お父さんに成りすましていた魔術師は「何も書かれていないページ」だと言っていたわね)
オパールは改めて日記を読もうと、ページの上に手を置いた。あっと思う間もなくオパールの手から魔力が出て、遊色きらめく白い光が紙に吸い込まれた。
(何が起きたの?)
じっと見ていると、文字が紙の上に浮き上がった。錯覚か、疲れ目かと目をこすってみたが、文字は次々に浮かび上がり、やがて紙の上で移動を始めた。
(これは一体、どんな魔術なの?)
文字が入れ替わり、一つの単語になると紙に戻って行く。全ての文字が並べ直された時、そこにはオパールにもはっきりと読め、理解できる内容が書かれていた。明らかに、読まれた時のことを警戒して何らかの魔術を使ったのだろう。それが母の手によるものなのか、母が書いた内容を知られたくなかった第三者によるものなのかは分からないが。
オパールは日記のページをめくった。ふわりと魔力が放出され、魔力が紙に吸い込まれると文字の移動が始まる。どうやら一ページごとに魔力で解除しなければならないようだ。
数秒考えてから、オパールはまず、読めるようになったページを読むことにした。
★★
ブロシャン王国歴973年6月9日
今日からスヴァルトル辺境伯領に派遣される。オパールと離れるのはこれが初めてだ。少しでも私の姿が見えないと泣くオパールをだますように、オパールが寝ている間に出てきてしまった。クリスタルはじっと私をみていたけれど、あの人がクリスタルの手をしっかりと握っているのを見て、この人になら子どもたちを安心して任せられると思った。やっぱり、リューコは私がじっくり選んだ旦那様だけあって、安心できる。
お人好しなのは少し心配だけれど。
それよりも、今回のスヴァルトル辺境伯夫人の御病気の件。聞けば聞くほど気になることがある。
症状から考えると、本当に病気なのかと疑いたくなる。呪いはこの国ではないものとされているけれど、バリシアでは呪いは日常的に扱われていると聞く。もし私の予測通りバリシアの呪いだとしたら、この国の中で呪いを解くためには「竜の涙」を探すしかない。他の国ではなく今から行く領内にあるのは不幸中の幸いだけれど、どうして辺境伯夫人が呪われたのかしら。
もし、「竜の涙」の場所を暴くためにバリシアが仕掛けた罠だとしたら、どうしたらいいの?
★★
「バリシアの罠?」
オパールは母が自分では思いつかないような想定をしていたことに驚いた。辺境伯夫人の病気が呪いだった可能性があることを、オパールの母は想定していた。通常の病気ではない症状があったということになる。そして、そのカルテは……。
「辺境伯家の侍医であるバラカ医師がもっているはずよね」
辺境伯家全員の身長、体重、体質等、全てのデータを持っているのはバラカ医師だ。薬師である母が呪いにたどり着いていたのなら、バラカ医師だってその可能性に気づいていたはずだ。それなのに、それを見落としていたのか。
いや、きっとわかっていたはずだ。わかっていながら、放置した。バラカ医師も向こう側の人ということなのか。
オパールは日記を閉じた。こんな時間にジャスパーの部屋を訪ねるのは、いくら婚約者のオパールであっても「はしたない」と言われるような時間だったが、今、すぐに伝えなければいけないと思った。
部屋の外には、今日はシュンがいる。
「オパールさん、どうしたんですか?」
「どうしてもジャスパーに話さなければならないことができたの」
「わかりました。行きましょう」
シュンと一緒にジャスパーの部屋をノックすれば、ジャスパーは驚きながらも部屋に入れてくれた。
「何かあったのかい?」
「ええ」
オパールはジャスパーの言葉にうなずくと、母の日記を開いた。
「これ……読めるじゃないか!」
ジャスパーは眼鏡を一度かけ直してから読み始めた。
「これって……」
「一人、調べなければならない人が浮かんだわ」
「そうだな」
そのまま読み進めていたジャスパーが、あることに気づいた。
「オパール、めくって次のページは読んだ?」
「あ、まだだったわ」
「ここ、読んでごらん」
★★
ブロシャン王国歴973年6月12日
夫人をやっと診察させてもらえた。やはり病気ではない。呪いを内側から摂取した時の症状と完全に一致する。
夫人が疑いを持たずに飲食するとなると、辺境伯家の食事か、信頼できる人から与えられたものということになる。食事は全て辺境伯家の料理人が細心の注意を払って作っているとのことだから、夫人にだけ症状が出るということは、厨房を出てから何らかの形で盛られたということになるのだろうか。
薬は侍医が症状に合わせて作っているらしい。薬師が少ないから侍医自ら作っているとのことだった。侍医の薬は飲む人を限定して作られているし、何より薬だと思っているから、差し出されれば飲むだろう。
そうだ、思い出した。
あの侍医、薬師学校で「竜の涙」に関する特別講義を担当した人だ。一回限りの特別授業だったけれど、その話にリューコが目を輝かせていて、講義の後にあの侍医の所に行って質問攻めにしていたんだったわ。
リューコからその話はなかったけれど、リューコもあの侍医の名前なんて忘れていたのかしら。
★★
「これって……」
「オパールのご両親は、バラカ医師と面識があったんだな」
「お父さんとの関係もあるなんて……」
オパールはだが、違和感を口にした。
「知り合いなら、辺境伯閣下からお声がけいただいてスヴァルトル領に来る時に、他にも知り合いがいるなんていう話をすると思うのだけれど、聞いたことないわ」
「『竜の涙』のつながりがあるなら忘れることもないだろうに」
やはり、何かがおかしい。
「オパール、今日はとにかく寝よう。明日、落ち着いて考えよう」
「ええ、おやすみなさい」
呆然と立ち上がったオパールは二歩歩いたところで引き戻され、気づいた時にはジャスパーの腕の中にいた。
「ジャスパー様?」
「真実は、知らない方が幸せなこともある。知りたくなかった家族の秘密を暴くことになるかもしれない。それでも、オパールは全てを知りたい?」
「知りたくないと思う自分もいるわ。でも、知らなかったら前に進めないと思う自分もいる」
「うん。何があっても、僕はオパールの味方だ。それだけは覚えておいて」
「ありがとう、ジャスパー様」
オパールは部屋に戻ると、すぐに部屋の明かりを消してベッドに入った。月明かりがカーテン越しにも明るく見える。月はその姿を変えるが、月であることに変わりはない。新月も三日月も満月も、全て月だ。
これからオパールは、家族の違う顔を見ることになるのかもしれない。誰もが月のように、いろんな顔を持っているのだから。
読んでくださってありがとうございました。
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