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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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22 白蛇ハウラ

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 馬車を下りた。城を出て5日も経っていないのに、あまりにも大きなことがあったせいで時間の感覚がおかしくなっているようだ。


「オパール、お帰り!」


 辺境伯夫人とクリスタルが出迎えてくれて、オパールはほっと息をついた。


「ただいま帰りました」


 ジャスパーと共に挨拶をすると、辺境伯夫人が一番近くに置いている侍女ルチルがじっとオパールの腕を見、何かを夫人にささやいた。うなずくと、夫人がオパールに尋ねた。


「オパール。あなた、そんな腕輪をしていなかったわよね?」

「ええ、まあお守りのようなものです」


 ルチルの目はじっと白蛇が変化した腕輪に注がれている。


「どこで入手なさったのですか?」


 これは白蛇が、と言えなかった。辺境伯夫人が蛇嫌いであることは有名な話であり、わざわざ辺境伯夫人をいらいらさせることもないだろうと考えたオパールは、「ジェットの森で拾いました」と答えた。ジェットの森で手に入れたことは間違いない。それが腕輪ではなく、本当は蛇だと言うだけであって、嘘とは言い切れない。


「ジェットの森で?」


 辺境伯夫人が驚いたように言った。


「はい。悪い気は感じられず、むしろこの腕輪を拾ってから体調も良いので、良いものを見つけたと思います」


 実際、白蛇の腕輪を身に着けてから、オパールは魔力の巡りが以前よりもスムーズだと感じていた。それはオパールが「紫のイリス」として覚醒したこともあるのかもしれないが、今のオパールにはなくてはならない存在であることに違いはない。


「将来平民になるとはいえ、外で拾ってくるのはいかがなものかと」


 ルチルがさも困ったという様子で言うのを、辺境伯夫人がたしなめた。


「問題があるものなら、オパールは拾ってこないわ。そんなことを言ったら、冒険者の宝探しや鉱脈を探すための採掘だって問題があることになるわ」

「失礼しました」


 オパールはかすかな違和感をおぼえてカンババをちらりと見た。カンババの目は笑っているが、その奥には違う感情がある。オパールとすれ違う瞬間、ルチルが他の人には聞こえないほどのささやき声で「卑しい」と言った。オパールはぐっとこらえて部屋に戻り、運ばれた荷物をほどいて洗濯物を預け、薬師たちが薬草採取の時に着ているのと同じ服から普段着に着替えると、カンババの「巣穴」に向かった。


 呼び鈴を鳴らすと、カンババが出て来た。難しい顔をしている。


「やっぱり来ちゃったかぁ」


 そう言いながらオパールを入れてくれたカンババと共に奥の部屋に入ると、ジャスパーも来ていた。


「ジャスパーも来ていたの?」

「ああ。ちょっと気になることがあって」

「……あの侍女さんのこと?」


 オパールの言葉に、ジャスパーが頷いた。


「カンババ先生も同じように感じたんですよね?」


 オパールの問いかけに、カンババは深いため息と共にうなずいた。


「白蛇さん」


 オパールの声に、白い腕輪はするりと小さな蛇の姿に戻った。


『なあに?』

「白蛇さんたちを恐れるのって、どんな存在なのかしら?」

『かつてあたしたちを怒らせたことがある人、かしら』

「怒らせたことがあるっていうことは」

『『竜の涙』を盗もうとした者、虹蛇様の墓地であるジェットの森を傷つけようとした者よ』

「じゃあ、あの侍女さんは……」

『蛇ってね、嗅覚が鋭いの。嗅覚って言っても、舌で感知するんだけどね』


 白蛇はそう言って赤い舌を出した。


『あのルチルっていう侍女の匂い、ずっと前に嗅いだことがあるよ』


 ルチルは夫人が辺境伯家に嫁ぐ際に侍女として一緒にやって来た人だとジャスパーは言った。


「ルチルは母上の従妹なんだ」


 子爵家四女ともなれば、持参金付きで嫁ぐことは難しい。となると、平民に嫁ぐか自立するかを選択しなければならない。どちらかを選べと言われたルチルは、自分はあくまで貴族だから平民とは結婚したくないと言い張ったのだという。


「ちょうど、母上が父上に嫁ぐことになって、スヴァルトルに連れていく侍女を探していたんだ。母上はずっと近衛の騎士をしていたから王族や上級貴族にも対応できるが、自分が着るドレスや宝石の組み合わせや、他家に出す季節ごとの挨拶状や贈り物についての知識はあまり持っていなかったんだ。彼女はそこをフォローする人間として、侍女に選ばれた。まあ、コネで侍女になったことには変わりないよ」


 夫人に対して過剰なコンプレックスを抱きながらも、その側仕えであることにプライドを持つと言う屈折した人物ではあるが、夫人はそんな従妹にはもう行き場がないのだからとうまく使ってきたらしい。平民を見下すのは、平民になるのが怖いことへの裏返しなのだろうとオパールは思った。


「でも、あの侍女さんがどうして白蛇さんと接触したことがあるのかしら」

『少し記憶をたどるわ』


 白蛇は目を閉じてじっと固まった。白蛇が固まっている間、カンババはソファに座り込むと天井を仰いで「はあ~」と大きなため息をついた。


「一介の侍女に、聖なる存在である白蛇が見抜けるとは思えないんだよねぇ」

「それって」

「うん。バリシアの上級魔術師がオパールのお父さんに成りすましていたように、ルチルっていうあの侍女も、どこかで入れ替わっていたかもしれない」

「母上が危ないじゃないか!」

「うん、だけど、『あの人怪しいです』って証拠もなく言えないでしょう? どうしたものかと思ってさぁ」


 まだ、確信があるわけではないが、バリシアの魔術師が侍女に成りすましているのだとすれば、辺境伯家にとって安全保障上の脅威となる。城内に、それも重要人物の傍に、スパイもしくは暗殺者がいるのと変わらないからだ。


『思い出した。あの女は……』


 思いがけない白蛇の言葉に、オパールは固まった。


「オパール、白蛇の言葉を教えてくれないか」


 ジャスパーの言葉にも、反応できなかった。


「オパール? オパール!」


 オパールは焦点が合わなくなっていた目を、ようやくジャスパーに向けた。その目には、涙がたまっていた。こんなオパールに、話をさせられないと考えたジャスパーがカンババに叫んだ。


「僕たちが白蛇と直接コミュニケーションをとるには、どうすればいいんだよ!」

「名前を」


 オパールが蚊の鳴くような声で言った。


「みんなで、名前を付ければいいって、白蛇さんが」


 カンババとジャスパー、それにリオナが互いの顔を見合わせた。


「シロ」


 カンババの声に、白蛇がそっぽを向いた。


「じゃあヘビーちゃん!」


 リオナの案に、白蛇がシャーと威嚇した。


「ハウラは?」


 ジャスパーが言った。


「ハウライトのハウラ。白い鉱物だよ」

「ハウラねえ。いいんじゃない?」

「おいらもそう思う」

「オパールはどう?」

「いいと思う。どうかな、白蛇さん」


 白蛇の体がぽうっと光った。


『あたしはハウラね』

「あ、聞こえた!」


 カンババがリオナと歓喜のあまり踊りだしたが、ジャスパーは冷静にハウラに尋ねた。


「ルチルは何をしたんだ?」

『オパールのお母さんに危害を加えた女』


 白蛇はゆっくりと、そしてはっきりと告げた。


『間違いない』 

「つまり、オパールの母君が『竜の涙』を取りに行った時にルチルも同行していたってことなのか? 女性は一人だったと白蛇が言っていたし、侍女が同行したなんて話は聞いたことがないが」

『間違いないわよ。あたしは性別なんて見ていない。ただ、匂いで同じ個体かどうかを覚えているだけ』

「つまり、護衛の騎士に成りすまして紛れていたということか」


 なぜ侍女が護衛騎士になりすまして『竜の涙』を強奪することに協力し、邪魔になったオパールの母を殺す側に回ったのだろうか。


『あの女、ルチルと言ったわよね。さっきあなたたちが言っていた通り、もしルチルが他の人間に成りすませるだけの力を持ったバリシアの魔術師だったら、騎士にも成りすませるんじゃない?』


 全員がはっとした。


「やっぱり、あの侍女さんは本物のルチルさんではない?」


 オパールの言葉に、全員が黙り込んだ。


「もしそうなら……『竜の涙』を手に入れるために、母上が倒れた頃からバリシアが動いていたってことになるか?」

「おいらは知らないよ、本当に!」


 カンババは必死になっている。


「おいらはバリシアが嫌で、魔術は好きだし研究は楽しいけれど、人を殺すための魔術はどうしても使いたくなかったから逃げてきたんだよ!」

「カンババ先生を疑っているわけではありません」

 

 ジャスパーが宥めるように言った。


「ただ、向こうはここにカンババ先生がいることを知った上で行動していたかもしれない」

「それは……確かに否定できないねぇ」


 うなだれたカンババに、ハウラは言った。


『カンババは信用できる。カンババからは<穢れ>の臭いがしないから』

「<穢れ>の臭い?」

『オパール、<穢れ>って臭いと思わなかった?』

「思ったわ」

『悪人からは、必ず<穢れ>の臭いがするの。大気中に<穢れ>はごくわずかながら残っているわ。そして邪な心を持つものを見つけると、<穢れ>はその人間の中に入り込む。<穢れ>に入り込まれた人間は理性が効きにくくなって己の欲望に正直になろうとする。その結果、悪と呼ばれるような行動に走る。自分さえよければいいと思うようになる。一度悪を実行してしまうと、<穢れ>が体内で増殖していくの。どこかで気づいて<穢れ>を自分から引きはがせる人もいるけれど、<穢れ>に取りつかれていく人が多いわね。<穢れ>』を貯め込んだ量が多ければ多いほど、臭いもひどくなるから、あたしたちは悪人かそうではないかを見分けられるのよ』

「じゃあ、おいらの無実はハウラが証明してくれるってこと?」


 ハウラは突然伸びあがると鼻息を荒くして声高に言った。


『さあ、感謝しなさい! 崇めなさい!』

「もちろんだよぉ!」


 ハウラの前にひれ伏すカンババに、オパールは思わず笑ってしまう。


「そんなことより、ルチルについて調べなきゃ!」


 一番若いリオナが、誰よりも冷静だった。


読んでくださってありがとうございました。

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