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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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21 封じる

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 ジェットの森は、3年半前とは空気が変わっていた。その時は「竜の鱗」と呼ばれる固い木が、己の固さ・強さを誇示するような気配を醸し出してどことなく近寄りがたさを感じさせていたが、今の「竜の鱗」は覇気がない。よく見ると、つやつやと光っていた竜の鱗のような樹皮から艶が失われている。まるで栄養不足か病気になった時の人間のようだ。


 瘴気が原因なのか、「竜の涙」同様に魔力が不足しているか、オパールにはわからない。ただ、「竜の涙」がある奥地の渓谷は、瘴気を発生させる魔道具を封じてから解毒する必要がある。それだけは確かなことだった。


 3年半前と同様に森の入り口で野営する準備を始めたオパールは、先発隊の人々がひどく疲れているのが気になった。前回はエネルギーを分けてもらっているようだと誰もが言っていたのに。


 他にも違いはある。オニキスとクリスタルがいないこと、そしてオパールの料理の腕が上がったことだ。


 辺境伯家の三男の婚約者という立場は、実はきわめて不安定なものだ。爵位を継ぐ長男はいい。次男もスペアとして家に残され、何らかの地位を保全することができる。だが三男ともなると、たいていは自立するほかない。男子のいない貴族家に婿養子に入る者もいれば、子に恵まれなかった(不出来というケースも含めて)親戚筋の養子となって爵位を継ぐこともある。王宮の官吏や騎士になる者、平民となる者、それぞれの事情によって選ぶ道はいくつかあるが、状況によっては実家に仕える官吏となる者もいる。


 ジャスパーとオパールは時間をかけて話し合い、結婚したら「スヴァルトル辺境伯家お抱えの魔術師」という職に就くことにして、辺境伯家の庇護を受けながらも平民として暮らす道を選んだ。裕福な平民であれば使用人を抱えた生活ともなるだろうが、オパールの能力の問題もあり、二人は城下町には下りずに家族を持つ騎士たちのための寮に移り住む予定だ。もちろん、ここでいう「家族」は、城内の使用人か騎士である。幼い子供は城内の託児施設に預けられ、一定の年齢を超えると読み書きや簡単な計算、それにマナーなどを学んだあと、使用人見習い、あるいは騎士見習いとして働くようになっている。


 寮内には食堂はなく、各家庭で何か作るか、使用人用の食堂で食べるかもらってこなければならない。オパールは自炊をするために厨房に通い、家庭料理ならば作れるようになった。  


 疲労回復に効果的な料理を、と言うことでジャスパーの好きな鶏肉のトマト煮込みを作っていると、少し離れたところにある川の様子を見て来た薬師が空の桶を持ち帰って来た。


「あの水は使えないよ」

「瘴気に汚染されていましたか?」

「城下の井戸の時はうっすら瘴気だったが、ここは薄まっていない分、瘴気が濃い。川の生き物も、森の生き物も、あれを飲んだら確実にやられるだろうよ」

「そんなに……」


 白蛇たちが心配だが、いくら猛獣たちさえ逃げ出しているとはいえ、危険がないわけではない。明日が待ち遠しい。


「それよりオパールさん、今日の料理は?」

「鶏肉のトマト煮込みですよ。鶏の胸肉やトマトには疲労回復の効果だけでなく、免疫力を高めてくれるんです」

「へえ、そうなんだ」

「食べる直前には、すりおろしたニンニクも加えますよ」

「普通は玉ねぎと一緒に先に炒めるんじゃないの?」

「ニンニクが持つ疲労回復効果の成分は、熱に弱いんです」

「生ニンニクかあ」

「みんなで食べれば臭いませんよ」


 オパールの言葉に、それもそうだな、と笑い声が上がる。隣でオパールと一緒に料理をするジャスパーも機嫌がよさそうだ。


 オニキスがいる場は常に緊張感が漂うが、オニキスがいない野営ということで、よい意味で肩の力が抜けている。夜はジャスパーの水の魔力を巡らせた障壁で守られるため、安心して眠れるだろう。


「水は残念だが、とりあえず持ってきた水もまだあるから、大事に使えばいい」

「そうします」


 調査団の団長はジャスパーだ。薬師は了解のポーズをとると、離れていった。


★★


 疲れ果てていた先遣隊の者たちも、オパールの作った鶏肉のトマト煮込みで元気を回復したらしい。翌日ジェットの森に入った一行は、布を幾重にも重ねたマスクで口と鼻を覆い、できるだけ肌をさらさないようにして奥地へと進んだ。


 時折目にする川の水は黒くなり、「竜の鱗」以外の植物も動物も全く見つけることができない。


 オパールは、かつて白蛇たちと出会った場所にたどりついた。


「ひどい……」


 かつて草が生い茂っていた渓谷の一角は枯草だらけだ。オパールは「白蛇さん!」と声をかけたが、返事はない。


(間にあわなかったかしら)


 ふと、足元の枯草が揺れているのに気付いたオパールは、枯草をかき分けた。


「白蛇さん!」


 そこには弱り切ってぐったりした白蛇が一匹、身を横たえていた。力を振り絞って体を動かしてくれたのだろう。


「白蛇さん、お薬を作って来たの。飲んで!」


 オパールは白蛇たちのために作った丸薬を取り出すと、その口元に運んだ。普通ならば恐ろしくてできないが、オパールは白蛇と話もできる。何よりも、虹蛇のことを教えてくれそうなのは白蛇たちだけなのだ。


 白蛇は下を出すと丸薬の匂いを嗅いで拒絶しようとしたが、「飲まないと死んでしまう!」を泣くオパールに根負けしたのか、何とか飲み込んだ。


 ぐったりしていた白蛇だが、ふわっとあのオパールの遊色に包まれると、頭をもたげた。


『オパール、来るのが遅かったではないか』


 白蛇は残念そうに言った。


『半分くらい、死んでしまった』

「ごめんなさい、なかなか許しが出なかったの」

『まずは、あの呪具を取り去らねばならん』

「瘴気を出し続けているという魔道具のことですね」

『あれは……人の手によるものではないぞ』

「え?」


 オパールは思いがけない言葉に驚いた。


「オパール、白蛇は何て言っているんだ?」

「瘴気を出すあの魔道具、人間が作ったものじゃないって」

「じゃあ、一体誰が……」

『あれは、かつて虹蛇様が封じた<穢れ>なのだ』

「<穢れ>?」


 白蛇によれば、この星はかつて<穢れ>と呼ばれるもので覆いつくされていたのだと言う。


『それは太古の人間が己の欲望のままに生きた結果、生み出されたものだったのだ。だが、<穢れ>は猛毒だった。太古の人々は自分たちが生み出した<穢れ>が生み出す瘴気よって死に絶えた。人だけではない、あらゆる生物が死に耐えた。瘴気に触れた水は腐り、大地からは種は芽吹かず、風は<穢れ>が生み出す瘴気をこの星中にばらまき続けた。

 このままではこの星は死んでしまうと考えた、人間のいうところの神と呼ばれる存在は、この星をよみ

がえらせるために一計を案じた。<穢れ>の濃度が揺らぎ、薄くなったところに強烈な太陽の光を注いで虹蛇様を生み出したのだ。

 虹蛇様は空に駆け上って<穢れ>を食らい続け、それを己の体の中で小さく押しつぶし続けた。最後の<穢れ>を飲み込んだのを見た神は、もう一度生命の種をこの星に撒いた。植物が生まれ、動物が生まれたのを見て、神は最後に虹蛇様の五色の鱗から人間をお作りになった。それこそが<原初の乙女>と呼ばれる、今の人類の元となった者たちだ』


 オパールは白蛇を抱き上げた。白蛇はじっとオパールを見た。


「白蛇さん、私は……『イリス』なの?」

『そうだ。オパール、お前は<原初の乙女>の一人、『紫のイリス』。我らは<原初の乙女>と虹蛇様の分身である<五色の龍>を見分け、虹蛇様が死後もこの世界を苦しみから救うためにこの世に残した『竜の涙』を守り、千年に一度先祖返りする乙女と龍を『竜の涙』に導くためにこの地に置かれた存在なのだから、われらがイリスを間違えるわけがない』

「『紫のイリス』……」


 オパールは突然、あの夢に見た渓谷が『竜の涙』のある渓谷なのだと確信した。だから誰もが恐れるこの森の中で、何も恐れることなく、むしろ穏やかな気持ちになれたのだろうと理解できた。


「お父様の眠る土地を、バリシアの魔術師は穢したのね」

『そうだよ』


 白蛇の声も怒りに震えている。


『虹蛇様の気持ちを踏みにじり、太古に滅んだ人間たちと同じように己の利のみを追及し、『竜の涙』を掘りつくそうとしてこの地を深くまで掘り返し、虹蛇様の体内に封じられていた<穢れ>を移した箱を開いた愚か者たちだ』


 ジャスパーがオパールの手を握った。


「虹蛇が心穏やかに眠れるよう、この地を解毒しよう」

『紫のイリスの生まれ変わりであるオパールよ。お前の中に眠る火の力で<穢れ>を燃やし、水の力で浄化し、風の力で再びあの箱に封じ込め、地の力で大地の奥深くに封印するのだ!』


 白蛇の声に、オパールの中で何かがはじけたような気がした。オパールの体から遊色きらめく白い魔力が暴風のように吹き荒れると、オパールのアースカラーの瞳が紫に変化した。


「オパール!」


 暴風に耐えながら、ジャスパーはオパールの手を離さなかった。オパールは大地に手をついた。オパールめがけて<穢れ>が怒涛のように集まってくる。いや、違う。オパールの手が<穢れ>をブラックホールのように吸い込んでいるのだ。オパールの手から体内に入り込んだ<穢れ>が、オパールの魔力に触れた瞬間に荒れ狂う。


「オパール、封印の箱を用意していないぞ!」


 だがオパールは<穢れ>を集めることに集中している。


 カンババが「箱を持ってくる!」と言って走り出した。そして、未だにどす黒い瘴気を吐き続ける、人の頭ほどの箱に近づいた。だが、箱に触れようとする前に瘴気に包まれてしまう。カンババは火で瘴気を払おうとしたが、却って瘴気が集まってくる。


「カンババ先生、僕が行きます! オパール、行ってくるから!」


 ジャスパーはオパールにそう言うと手を離した。そして水で自分の周囲を囲み、瘴気を吸い込まぬよう息を止めて走る。箱に触れた瞬間、あまりにも濃い瘴気に焼けつくような痛みを感じたが、ジャスパーは箱を持ってオパールの所に戻った。


 オパールの手にもう新しい<穢れ>が集まってこないのを確認すると、ジャスパーは箱をオパールの前に置いた。


「オパール、<穢れ>を取り出せ!」


 オパールが胸のあたりをかきむしるようにして叫ぶと、体の中で圧縮された<穢れ>が胸のあたりからポンと飛び出して来た、その黒い塊をつかむと、オパールはふたを閉めた。


『オパール。他にも僕の仲間は何匹か生きている。仲間を助けてくれ』

「あなたは?」

『<穢れ>を封じる生きた霊符となる』

「白蛇さん!」


 白蛇はするりとその姿を変えて箱に張り付くと、白い霊符となった。


「白蛇さん……」


 オパールはその場にへたり込んだ。そして<穢れ>を封じた箱を抱えて泣き始めた。


『オパール、泣かないで』

『オパール、泣いちゃダメ』

『僕らは虹蛇様から頼まれているんだ』

『<原初の乙女>を守るようにと』

『封印が解けた時には霊符になってこの世界を守るようにって』

『それができるのが、あたしたちなの』


 動きは鈍いが、確かに周辺には白蛇たちがいた。泣き叫ぶオパールの周りによろよろと集まり、オパールに訴える。


『オパール、オパール、泣かないで』

『彼は僕たちの一部』

『あたしたちはみんなで一つなの』

『白蛇は強いんだよ』

『白蛇は神の使いだからね』

「オパール。白蛇は、僕らを、みんなを守ってくれたんだね。毒蛇だというデマを流したのは、間違いない、守りの白蛇を怒らせたバリシアの奴らだ」


 オパールの目から大粒の涙がこぼれる。


『オパール、お父さんを助けよう』


 一匹の白蛇の言葉に、オパールの動きが止まった。


『オパールのお父さん、ここに連れられてきたよ』

『ここを荒らして、あの呪具を掘りだした奴らが連れて来た!』

『お父さん、泣いていたよ』

『助けてあげて』

『紫のイリスの力があれば、助けられるよ!』

「みんな、教えてくれてありがとう」

『それじゃ、あたし、ついていってあげようか?』


 一匹の白蛇がオパールの膝によじ登って来た。


『あたしが一緒に行けば、ここのみんなといつでも繋がれる』

「ジャスパー、白蛇さんが一緒に来てくれるって言うんだけど、いいかしら?」

「オパールを助けるためならもちろんウェルカムだよ」

「これで、白蛇さんみんなとつながれるの?」

『ええ。任せなさい』


 小さな白蛇はオパールの左腕に絡みつくと、一瞬白く光って白い腕輪に姿を変えた。


『これなら他の人間から怖がられることはないでしょう?』

「ええ、そうね」


 腕輪なら、辺境伯夫人も悲鳴を上げずに済むはずだ。何しろ蛇と虫は苦手だと言っていたから。


「オパールさん! 『竜の涙』があります!」


 遠くから同行していた騎士の声がした。ジャスパーに手を引かれて騎士の所に向かうと、蕾はないものの、間違いなく『竜の涙』がそこにあった。


「まだ生きていたのね」

『オパールが定期的に魔力を注げば、花が咲いて、種が落ちて、また増えるよ』

『だから、時々ここに来て』

『虹蛇様も、それを望んでいるよ』


 白蛇たちの言葉に、オパールはうなずいた。


「いろいろ片付けなければいけないことはあるけれど、月に一回はここに来るようにするわ」

『うん、待ってるよ』

『待っているからね!』


 オパールとジャスパーは帰路についた。川の水は、明らかにきれいになっていた。来る時に立ち寄った村に再び立ち寄ると、数日前にもらった辺境伯家の薬が良く効いたと感謝された。


 役に立てた。自分が作った薬が、人を助けている。

 嬉しさに頬が緩む。そんなオパールの頬を、つんつんとジャスパーがつついた。


「嬉しそうだな」

「ええ」

「でもねぇ、頑張りすぎちゃだめだよ~」


 カンババがいつもの調子で声をかけた。


「オパールのあれ、解毒っていうか、浄化っていうか……今朝はちゃんと起きられたようだけれど、魔力は一気に使いすぎると命を削るからねぇ、しっかり休むんだよ」

「はい」


 問題が一つクリアされ、それと同時に別の問題解決のヒントが一つ現れる。行動すれば道は拓けるって本当だな、とオパールは思った。


読んでくださってありがとうございました。

科学的には虹は七色ということになっていますが、多くの文化では五色(ただし感知する色は文化ごとに違う)とされてきました。今作でも、あえて五色としております。

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