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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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読みに来てくださってありがとうございます。

遅くなってしまいましたが更新します。

よろしくお願いいたします。

 井戸水の汚染源が、ジェットの森の奥にある「竜の涙」群生地付近だという一報は、ただちに辺境伯とオニキスに伝えられた。


「ジェットの森に行かねばならないな」

「もしかしたら、バリシアの者たちに見つかったのかもしれません。白蛇が助けを呼んでいるとオパールが言っていたそうです」

「白蛇が」


 以前「竜の涙」を取りに行った際、白蛇は「竜の涙」を守っているのだとオパールが言った。


「白蛇さんたちがそう言っています」


 動物と話せるということだけでも、オパールを利用しようとする者は山のようにいるだろう。それを警戒して、オパールがジェットの森に行きたいと申し出ても、辺境伯は許さなかった。「竜の涙」を増やすために必要なのだと訴えられたが、オパールを失わないことの方が重要だと考えていたのだ。


「オパールを時々あの森に行かせていたら、問題は起きなかったのだろうか」


 珍しく落ち込んでいる辺境伯に、オニキスも珍しく笑いながら言った。


「あのオパールですよ? どこへ行っても何をしても、いやどこに行かなくても本人は何もしていないつもりであっても、何か事件を起こしますよ。そういう子です。悪い子ではない、いやむしろいい子だ。ただ、事件を呼んでくると言うか、事件を引き当てると言うか……不幸体質というのでしょうか、落ち着きたくても落ち着けない、そんな運命の子だと思います」

「オニキスもオパールが気に入っているのか?」

「大切な義妹ですよ。クリスタルがそれこそ目に入れても痛くないほどに可愛がっていますし。何より、あの世捨て人のようだったジャスパーが辺境伯家の人間らしく武術にも身を入れるようになったのはオパールのおかげですから、オパールには感謝しているんです」

「そうだな。いろいろしでかすオパールの傍に居るから、ジャスパーは強くならざるを得なかった」

「ええ。どんなに周囲からやれ、頑張れと言われたところで、本人がその気にならなければ何も身に付きません。きっかけをうまく拾って本人の前にぶら下げてやることが、周囲の人間に必要なことなのでしょう」

「お前たちの子どもをお前たちがどう育てるのか、楽しみだな」

「そう急かさないでください」

「分かっている」


 オニキスの周りにいた女性騎士はみな戦闘狂だった。侍女や女官はただ女性らしいだけだった。辺境伯夫人のように、騎士としての能力もありながらいざとなれば一家の采配を振るえるような女性はいなかった。だが、クリスタルは薬師としても高い能力があり、毎日30分ほど、本人曰く護身術程度の短槍の訓練をオニキスに付けてもらっている。それが護身術程度ではないことは、オニキスからも報告を受けている。平民として生まれ育ったことがもったいないと思い、オパールともども養女にしてしまおうかと夫人と話し合ったこともある。


 今となっては、養女にしなくてよかったと辺境伯は思う。もし養女であったら、戸籍上とはいえ兄妹となる。結婚させることは許されない。一度他家の養子にするという手もあるが、辺境伯家に嫁げるだけの身分となれば謝礼も馬鹿にならない。そんな金があるのなら、領民のために使うべきだ。


 それに、と辺境伯は思う。


 もし、貴族の身分をクリスタルとオパールが手に入れてしまっていたら、王家に目をつけられていた可能性もある。平民だからこそ隠せた。平民だからこそ、王都から逃げ出せた。そして辺境の地だからこそ、オパールの能力を完全ではないが隠せている。


 後見人という立場から、家族あるいは将来の家族という立場に変わったクリスタルとオパール。二人のことは、辺境伯家の名に懸けて守る。


 辺境伯は決意を新たにしたのだった。


★★


 魔力切れを起こして三日間寝込んだオパールだったが、後遺症もなく目を覚まし、一週間も経った今では全く元通りになった。クリスタルには相当叱られたが、あれが一番早くて確実な方法だったのだ。


 既に先発隊が「竜の涙」群生地に行き、状況を調べているという。そのうちの半分は状況報告と、必要な物資の調達のために戻って来た。もう半分は現地で警備をしながらオパールたちを待っているという。


「『竜の涙』ですが、根こそぎ持っていったわけではないようです。ただ、人為的な瘴気だまりが発生しており、その毒素があの渓谷の川と地下水脈にしみ込んで影響を及ぼしていたようです」

「人為的ということは」

「はい。瘴気発生の魔道具が設置されているところまでは確認しました。撤去のために必要な道具を、このあとカンババ殿にお尋ねする予定です」

「『竜の鱗』にも影響が出ているのか?」

「堅くて調べられませんでしたが、川岸周辺の草は枯れており、ジェットの森から流れ出た川の水を使って生活している集落では病が発生しておりました」

「病?」

「はい。3年半前に発生し、当時は未知の病とされたあの病です。原因は当時つかめませんでしたが、同じ症状が確認され、辺境伯家が作った薬を飲ませたところ、やはりあの病と同様に翌日には全快しておりました。一度あの薬を飲んだものには同じ症状は出ませんでしたが、これまで症状がなかった者が次々と発病しております。ジェットの森に行く際には、あの薬を川沿いの村に配りながら行くべきかと」

「つまり、城下で異変をおこした井戸水を飲んだものが体調を崩したというのは……」

「おそらく、あの病になる前段階なのでしょう。もしかすると川から直接水を汲んでいた者たちよりも地下水となっていたことで毒素が減少し、城下の者たちは軽い症状で住んでいたのかもしれません」


 報告のために戻って来た薬師の一人から聞き取りを終えた辺境伯は、一緒に聞いていたオパールとジャスパー、それにオニキスの顔を見た。


「3年半前のあの一件、旅の商人が村に来た後に発生したと言っていたな」


 辺境伯が確認すると、オニキスは書類を確認してから答えた。


「はい。そしてその商人はその後どこを探しても見つかりませんでした」

「つまりは、バリシアの魔術師が商人に成りすまし、瘴気を含んだ物を何らかの形で村人たちに摂取させてあの未知の病を起こしたということか」


 辺境伯の言葉に、ジャスパーが少し考えてから発言した。


「実験だった可能性もありますね」

「実験?」

「ブロシャン国内で原因不明の病気がどう対応されるか様子を見たという可能性も考えられるということです。おそらく辺境伯家の薬で抑えられたために他の場所では実行しなかったのでしょう」

「ではジェットの森は……」

「調査員の報告では、瘴気の影響は数日、数週間の単位ではないだろうとのことですから」

「オパールを誘拐できなかった腹いせにぶちまけていったものが、今になって表出したということか」

「一つの仮説ではありますが、」


 ジャスパーの言葉に、オパールは胸の前で両手をぎゅっと握った。あのおぞましい一件は、決して過去のものではなかった。美しいジェットの森と、その奥地に隠されていた「竜の涙」と、それを守って来た白蛇たちがずっと苦しめられてきたのだと分かった以上、一刻も早く助けなければという気持ちでいっぱいになっていた。


「白蛇さんたちを助けないと」

「そうだな」


 オパールのつぶやきに、辺境伯が同意した。


「『竜の涙』は、移植すると枯れると言われている。種から育った土でなければならないのだと。オパールには白蛇たちと相談して、これからどうすべきか考えてもらうことになるだろうな」

「はい。それから、城下の人たちと川沿いの村の人たちのために、あの薬を持って行ってもよろしいでしょうか?」

「魔力切れを起こさないと約束すればな」

「わ、わかりました」


 あの薬とは、もちろんオパールの解毒の魔力を込めた魔法薬だ。


 この国最初の魔法薬ということもあり、患者たちには敢えて魔法薬であることも告げていないし、制作者がオパールであることも伏せている。クリスタルが頑張って「竜の涙」の成分と同じものを作り上げたが、薬としては機能しなかった。おそらく今の技術では検知できない成分があるのだろうという結論に至り、オパールの魔法薬が頼りとなっている。


 もちろん、オパールの涙や血液にも同等の効果があることを一部の人間は知っている。どんなに困った状況であっても、誰もそれを求めない。この3年半でオパールの魔力を注いでほしいと言われたこともない。それほどに、オパールは大切にされている。


「よし、じゃあ、頑張って作りましょうか」


 辺境伯たちの前から退出したオパールとジャスパーはカンババの「巣穴」に直行すると、オパール用の収納棚から薬の基材を取り出した。


「オパール、今日は500錠までにするんだよ~」


 カンババののんびりした声に、オパールも「は~い」と間延びした返事で答える。一度に錠剤500錠の付与ができればいいのだが、残念ながらオパールの魔力はそこまでのものではない。30錠ほどを手に載せ、両手でぎゅっとにぎりしめるようにして魔力を錠剤に注ぎ込む。


 どうか、悪いものが体から消えますように。

 どうか、痛みから解放されますように。

 どうか、熱が下がりますように。

 どうか、全ての人が病の苦しみから解放されますように。


 そんな祈りを込めながら一粒ずつ丁寧に魔力を込めていく。当然、時間がかかる。集中力も必要だ。オパールの遊色きらめく白い魔力が錠剤に吸収されてすっと消えると、オパールは皿の中に手のひらの錠剤を置く。用意しておいた飲み物を一口含んでしばしの休憩を挟み、再び同じ作業を繰り返す。


 500錠を全て魔法薬にするには、17回、これを繰り返さねばならない。休憩を挟みながらやるので、5時間近くかかる。限界まで魔力を使えば1000錠までやれるだろうが、魔力切れは寿命を縮めるとカンババに叱られたこともあり、余力を残すように心がけている。


 最後の20錠に取り掛かろうとした時、ふと白蛇たちのことが浮かんだ。あの白蛇たちは、オパールに伝えたいことがあると言っていた。許可が下りず、これまで会いに行くことができなかった彼らにも元気になってもらいたいと思った。ジャスパーは「カンババが同じ部屋にいるのなら」とカンババの亜空間でリオナと魔術戦をしている。そのカンババは、向こうを向いて転寝をしている。


(小さな丸薬タイプなら、白蛇たちの体内に入ってしまった瘴気も解毒できるかしら?)


 オパールはカンババに気づかれぬようにそっと丸薬を何十粒か取り出し、錠剤に混ぜて魔力を込めた。


(できた!)


 一瞬くらりとしたが、魔力切れまではまだまだ余力がある。他の人から見つかる前に丸薬をしまおうとした時、「オパ~ル~?」という間延びした、だが含みのある声がオパールの耳に飛び込んだ。


「え、あ、はい!」

「500錠までって、おいら言ったよね~?」

「はい、そうですね」

「どうして錠剤のほかに、丸薬なんてあるのかな~?」

「あ、それは、ちょっと……」

「ちょっとじゃないって言っているだろう!」


 カンババは怒ると怖い。


「オパールが貴重な魔力持ちだからっていうのは否定しない。だけど、おいらにとっちゃオパールもジャスパーもリオナも同じだ。傷ついたり苦しんだり命を削ったり、そんなことは許さない」

「ごめんなさい」

「明日の出発に備えて、今日は無理させたくなかったんだ」

「ハイ、ワタシガ マチガッテ オリマシタ」


 亜空間から戻って来たジャスパーにも叱られて、オパールはそのまま部屋に戻された。着替えさせられてベッドに放り込まれる。


「みんな、オパールのことを大切に思っている。頼むから心配させないでくれ」


 ジャスパーのごつごつとした右手が、オパールの左頬にそっと触れた。


「オパール、君には幸福に満ちた人生を送ってほしいんだ」


 スヴァルトル領に来てから、オパールを大切にしてくれる人たちに囲まれて、オパールは幸せだと思う。


「今も十分幸せよ?」

「オパール、君はまだまだ生きるんだ。長い人生ずっと、僕と一緒に幸福であってほしいんだ」

「ジャスパー様」

「ん?」

「いつも私を見守ってくださって、ありがとうございます」

「ん」


 ジャスパーの唇がオパールのそれにそっと触れた。オパールの顔が真っ赤になる。


「お休み、オパール」


 まだ日が沈んだばかりだというのに、オパールの部屋は明かりを落とされた。過保護な人たちだと思うが、父がさらわれたままであることも踏まえ、オパールはガレナ、シュン、そしてスティーブの三人以外にも護衛がついている。


 守られる者がちゃんと守られていないと、守っている者たちが処罰を受ける。それはスティーブの件で痛いほど理解した。謹慎開けのスティーブの顔を見た時から、オパールは護衛に迷惑をかけない護衛対象者になると約束した。


 もう、寝よう。明日のために、体力と魔力を取り戻さないと。


 オパールは目を閉じた。魔力をいつもよりたくさん使ったからだろう、すぐに眠りに落ちた。そして不思議な夢を見た。


読んでくださってありがとうございました。

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