18 3年半後
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父が見つからぬまま、3年半の月日が流れ、オパールは18歳になった。城下に借りていた家はあの一件の後すぐに引き払い、荷物は全て辺境伯家が管理している。それは、あのバリシアの魔術師や彼の仲間が置いたものも混ぜられている可能性があるからだ。
「我々にはわからない、監視のための魔道具があるかもしれないだろう?」
19歳になったジャスパーは、オパールを守るためにそこそこでいいと思ってきた剣術にも身を入れたことで体つきも変わり、背も高くなり、本を抱えてうつむいていた眼鏡少年の面影はすっかり消えてしまった……とはいえ、眼鏡は生活のための必須品としてかけ続けているが。
本来なら、オパールが成人した段階で二人は結婚することになっていた。だが、オパールが辺境伯夫人に頭を下げて頼んだのだ……「父が死んだと言い切れない以上、結婚式には父にも出席してほしいから、結婚は延期してほしい」と。
辺境伯夫妻は当然、難色を示した。
「辺境伯家の嫁という立場の方がオパールを今以上に守れるし、オパールに許される権限も増えるのだぞ?」
「そうよ、やりたいことがやりやすくなるのよ?」
オパールはもう一つの理由を告げた。
「オニキス様、オーブ様、それに姉より先に結婚するのも気が引けるのです」
確かにそうだと辺境伯夫妻は言ってくれた。
「では、こうしよう。ゴシェナイト氏が見つからず、オニキスたちが結婚しなかったとしても、オパールが20歳の誕生日を迎える日が期限だ」
辺境伯からの許しを得たオパールは、そういうわけで今もジャスパーの「婚約者」として城内で生活している。
この3年半、オパールとジャスパーはゆっくりとその距離を縮めた。オパールを抱き上げて地下室から救出したこともあったのに、平時に手をつなぐとお互いに顔が真っ赤になり、ダンスの練習時など辺境伯夫人が「これでは練習にならないわね」とため息をついてしまうほどだった。だが少しずつ手をつなぐことから始め、魔術の研究を一緒に重ね、口調も親しいものになっていくと、二人の間には温かい信頼が生まれ、今では隣にいないと寂しくなるほどだ。
「はやくゴシェナイト氏が見つからないかな」
カンババやリオナとの魔術の訓練後、ジャスパーはオパールを連れて井戸の調査に来ていた。
「ごめんなさい、私のわがままで皆さんを振り回してしまって」
「いや、せっかく結婚式をするなら父親に見てもらいたいと思う気持ちは当然のものだから、オパールが気に病むことはない」
「クリスタルも……」
「ああ、あちらは少々面倒くさいことになっているな」
クリスタルにほれ込んだオニキスは3年前にクリスタルに求婚し、クリスタルもそれを受けた。辺境伯も夫人も大賛成してすぐに王家に許可を求めたのだが、王家からの許可が一向に下りずにいる。平民との結婚が認められないというのならそう言ってくればいいのだが、とにかく返事がない。進捗状況を尋ねる手紙を出せば「審査中だ」という答えが返ってくるばかり。
腹に据えかねたオニキスが王都に乗り込もうとしたが、クリスタルがそれを止めた。そして、平民が辺境伯夫人になれるとは思っていないから、もし許可が下りたらその時に正妻として扱ってくれればいいと申し出て、1年前にクリスタルはオニキスの第二夫人となった。
「本当は私もお父さんを待ちたかったけれど、第二夫人じゃお父さんがどんな顔をするかわからないから」
第二夫人と言えば聞こえはいいが、正妻の座が空いている以上、王家からどこかの貴族の娘を「正妻」としてあてがわれる可能性もある。そうなれば、平民のクリスタルは第二夫人の名さえ「正妻」によって剥奪されることもありえる。少し寂しそうにクリスタルが言った言葉は、オパールの心に刺さったとげのように、今でも痛みを感じさせる。三男の妻ならば王家はすんなり許可を出した。それだけ辺境伯と辺境伯夫人は重要な立場なのだ。
第二夫人としてクリスタルを迎えてからのオニキスは、これまで以上に領民のために働き、クリスタルを大切にしてくれている。平民的な考えかもしれないが、あの二人の間に割って入る人がいるならばよほど優れた女性か、よほど愚かな女性かのどちらかだろうとオパールは思っている。
そのクリスタルから騎士団に上がった案件としてジャスパーとオパールに依頼があったのが、井戸水の調査だった。
最近城下で「井戸水の味がおかしい」「おなかを壊す人が増えている」という報告があり、水魔法使いであるジャスパーと解毒ができるオパールが選ばれて、こうし井戸を一つひとつ回って調査することになった。普段は城外に出ることを許されないオパールも、調査のため、そしてジャスパーが一緒であれば城外に出られる。二人にとって、これは仕事でもあり、デートでもあるのだ。
報告のあった井戸に到着すると、ジャスパーが井戸から水を汲み上げて問題があるか確かめる。汚染されていれば、まず臭う。水に色がついていたり、濁りが出ていたりもする。汚染されていると判断すると、オパールが汚染された水の入った桶に手を入れて魔力を流し込む。木桶に入っている水に含ませられる限界まで魔力を注ぎむと、その水を井戸に戻す。戻された水から魔力が解放されて、井戸水が解毒浄化されるのだ。オパールは最後に木桶とロープにも解毒する。水がきれいになっても、その中に汚染されたものを入れてしまえば再汚染される可能性が高いからだ。
「オパールはどうして井戸水が汚染されたと思う?」
数日回って分かったことは、汚染された井戸と汚染されていない井戸があると言うこと、そして汚染された井戸はどれも同じ水脈の水と言うことだ。
「ランダムに汚染されているのであれば、誰かが何か汚染物質を井戸に投げ入れたのだろうと思う。でも、同じ水脈と言うことになると水源そのものが汚染されている可能性があると思うわ」
「やっぱりそう思う?」
「ええ。だから、井戸単位で浄化しても、新しい汚染水が流れてくれば元の木阿弥。地下水脈をたどって水源を調べることができたらいいのだけれど、それは難しいでしょうから……」
「そうかな?」
ジャスパーが微笑んでいる。
「僕は水の魔力持ちだよ? 水をたどることくらいなんてことないさ」
「地下水でも?」
「地下水でも」
「すごい!」
オパールは目をキラキラさせている。
「あ、いや、ただしその水脈に直接触れないとたどれないんだ。だから、井戸水の高さまで降りなければいけない。それは危険だ。だが、その方法ならオパールにだってできるはずだよ? 水の魔力を持っているし、魔力量は僕と同じくらいだし」
「全ての魔力を足せば、ですけどね」
「ああ、そうだったね」
オパールの持つ魔力の総量はそれなりにあるのだが、それぞれの属性が積み上がっての数値になる。それぞれを単体で使おうとすると、どうしても魔力量は小さくなってしまうのだ。
その弱点を補うために、オパールは複数の魔力を組み合わせて使う方法を考えた。カンババはそのアイディアを相談された時、目をキラキラとまるで恋する少女のように輝かせながらオパールの手を取りって「天才!」と叫び続け、リオナとジャスパーに引きはがされるまで発狂したようにオパールを称え続けた。
「水と何を足せばいいのかしら? 土? でも水と土の組み合わせから地下水脈をたどるのは難しそうね」
次の井戸へと向かいながら、二人は考えた。光は水脈探しには無関係だろう、闇はカンババもよくわからないと言うことで後回しになっているから使いようがない、などと言っているうちに、次の井戸にたどり着いた。ここは随分水位が下がっているようで、井戸の底を覗き込むと下からわずかに風が吹き抜けるのを感じた。
「風……」
オパールは水を汲み上げようとしていたジャスパーを止めた。
「風よ、ジャスパー様。魔術で生み出した水を他の水と混ざらないようにしてから井戸に落として、その水の塊を風の魔力で押して水脈を逆走させるのよ!」
「なるほど、水脈が遠くてもいけそうかい?」
「やってみないと分からないわ。任せて!」
オパールはそっと手の上に握りこぶしほどの大きさの水を出した。その先端を円錐のように、中から後ろを矢羽根のように整えて風で薄く包むと井戸の底に向かって投げ入れ、風で作った水流に載せて水源に向かって押し出した。
「よくこんな方法思いつくな」
「いろいろ勉強していますから」
水源に向かって遡るのは少々骨が折れるが、思った以上のスピードで進んでいく。代え馬なしの馬車と人間の速足はほとんど同じくらいの速さだが、おそらくその10倍ほどの速さで水は水源に向かって遡っていく。自分の魔力で生み出した水だから、どこにあるのかは感知できる。
水源はどこなのだろうか、途中で魔力切れしてしまうのではないか、そうオパールとジャスパーが考えた時だった。
「この方角……」
オパールは頭の中でスヴァルトル領の地図を思い浮かべた。そして速さから距離を割り出すと、水源に思い当たった。
「ジャスパー様。水源は『ジェットの森』の深奥部。おそらく、『竜の涙』のある渓谷ではないかと」
「確証は?」
「もし、あと20分で地上に出たのなら、その可能性は高いと」
「あの渓谷の水源が汚染されたとすれば、『竜の涙』は」
オパールは「あと20分で着くかどうか確認してからにしましょう」と言うと、目を閉じた。
水の塊は時々汚染物質に触れるようで、汚染物質に触れるたびに魔力を送り出すオパールの魔力が持っていかれる。おそらく無意識に解毒して魔力を使っているのだろう。
「オパール、頑張れ」
人間間の魔力は分け与えることができない。カンババはそう言っていた。だからジャスパーから魔力をもらうことはできない。オパールは細くなっていく自分の魔力を途切れさせまいと歯を食いしばった。
「そろそろ20分だ」
ジャスパーの声に答えようとした時、ドクンと心臓が大きな音を立てた。ひどく汚染された水の中を通ったようで、魔力が一気に持っていかれる。体を支えきれず倒れ込むのと、魔力で作った水が水脈を出たのは同時だった。そして、魔力の水が地面に着地した時、水を通してかすかに聞き覚えのある声が聞こえた。
『助けて』
「白蛇さん……?」
オパールは意識を手放した。魔力切れだった。
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