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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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17 お父さん……

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 オパールはぼんやりと目を覚ました。見たことのない天井を見ているうちにゆっくりと頭が覚醒していく。


 そうだ、とオパールは思い出した。薬の基材をもらいに製薬研究所に行き、父の部屋に行くように言われ、父娘で話したいからと護衛のスティーブから離された。そして父が淹れてくれたコーヒーを飲んで眠気に襲われて……。


 むくりと起き上がって周りを見回すと、そこは父の研究室ではなかった。寝かされていたのは簡易ベッドのようだ。窓はなく、ランプが一つともされている。嫌な湿気があり、換気が不十分な場所だと分かる。地下室のようにも思われる。


 ガチャンという音がした、ランプの明かりはあまり遠くまで届かない。オパールは音のした方をじっと見つめた。


「目が覚めたか。時間通りだな」


 暗闇から現れたのは、まぎれもなく父だった。


「お父さん?」

「お父さん、ねえ」


 確かに父の姿なのに、その表情に違和感を覚える。オパールは怖気立った。目が違うと気づいたのは、ベッドの傍に父であるはずの人間がたどり着いた時だった。ランプに下から照らされたその顔は確かに父だが、目つきが全く違うのだ。仕事馬鹿ではあったが、家に帰れば父はオパールを慈しんでくれた。その目とは全く別物なのだ。


「誰?」

「おやおや、ようやく気付いたかね?」


 父の顔をした者はベッドサイドに置かれた丸椅子に座ると、楽しそうに笑った。


「いつから、お父さんになりすましていたの?」

「あんたたちがスヴァルトルに来てからだが、さあ、いつだったかな。もう覚えていないよ」

「お父さんはどこ?」

「ここにいるじゃないか」

「あなたのことを言っているんじゃないわ!」


 オパールは父の顔をした男をにらみつけた。


「急に気が強くなったものだな」 


 父の顔がまるで溶けたように変わっていく。オパールは思わず「ひっ」と悲鳴を上げた。一度溶けた顔が再び造作を為すと、全く別人の顔に変わっていく。


「……誰?」


 恐怖でかすれた声が、辛うじてオパールの口から漏れ出た。


「ボクはねえ、魔法薬の研究者だよ。『竜の涙』がボクの国からなくなってしまったから、その代替品を作る研究だよ。でも、本物を知らなければ同等の薬品を作りたくても作れないだろう? スヴァルトル領に最後の『竜の涙』があるのは有名だからね、何とかおこぼれに与ろうと潜り込んでいたんだ」

(ボクの国?)


 オパールは男を見た。先程の顔が変化する様子を思い出し、バリシアの魔術師なのだろうと推測した。


(じゃあ、私はどうすべき?)


 だが、相手の意図が読めない以上、どう対応すべきかわからない。オパールは再び男をじっと見た。


「『竜の涙』の研究をしているのは分かったわ。でも、どうしてお父さんになりすまして私を閉じこめたの?」

「そりゃ、お前の父親が不老不死薬を開発するために『竜の涙』について研究していたからさ。お前の父親のそばにいれば『竜の涙』に接触できるかもしれないと思ったからな。それから、お前を閉じこめた理由か?」


 男は不気味な笑顔を浮かべた。


「お前に治癒の魔力かもしれない力があるという情報があったからさ」


 オパールの情報が漏れていた。その事実にオパールは愕然とした。


「それだけじゃない。お前の涙を未知の病の病原菌に与えたら、病原菌が死滅した。魔力を薬の基材に込めなくたって、魔力を含んだ体液そのものが薬になるってことさ」


 逃げようとしたオパールは、初めて足枷が嵌められていることに気づいた。足枷は鎖でベッドに繋がれている。


「逃げようとしても無駄だ」 


 男がパチンと指を鳴らすと、オパールの体が動かなくなった。


「そう、いい子だ」


 その手には注射器が握られている。


「涙にはお前の魔力が含まれていた。血液にも含まれているか、確認させてもらおう」


 悲鳴を上げたくても、逃げたくても、体は全く動かせない。男は目に涙を浮かべるオパールに愉悦の表情を浮かべながら、オパールの腕から採血した。


「一度にたくさん血を取ると死んでしまうから今日はこれだけだ」


 男は採血管に血液を移すと、緩やかに振りながら出ていこうとし、思い出したように再び指をパチンと鳴らした。と、オパールの体の拘束が解け、オパールはベッドに倒れ込んだ。


「ゆっくり休め」


 男の背に、オパールは叫んだ。


「待って! お父さんはどこにいるの?」

「お前の父親か? 知らん。ボクはお前の父親から顔や体格、それに記憶をコピーしたが、コピーした後は仲間が連れて行ったから」

「コピーですって?」

「ボクたちレベルの魔術師になれば、人体コピーなんて簡単なものさ。属性に縛られた魔術しか使えない奴らとは格が違うんだよ。それじゃまた明日ね、ボクのモルモットちゃん」


 男は扉を開けて出ていった。ガチャンと錠前をかける音がした。


(お父さんは、もう殺されてしまったのかもしれない)


 オパールの心に、深い悲しみが溢れた。仕事馬鹿ではあったが、一緒にいる時はクリスタルと差をつけずにかわいがってくれていたと思う。父がなぜ『竜の涙』の研究をしていたのか、オパールには分からない。あの魔術師が母の日記が読めなかった理由も分からないが、直感で母の日記を読めば何かが分かるような気がした。


(そのためにも、なんとかここから出ないと)


 オパールは自分の足を拘束している足枷を外そうと、周囲を見回した。ベッドから降りようとしたが鎖が短くて作業用の机に届かない。手を伸ばせる範囲にあるのは、ベッド本体と枕と布団だけ。固い金属製の足枷と鎖を切ることができそうなものは見渡す限りない。と言っても、明かりの届く範囲が狭くて確認できない部分も多いのだが。


 あの魔術師はオパールに執着していた。みすみす逃すような真似はしないだろう。


 ベッドに鎖や足枷を打ち付けてみたが、足が痛いだけで足枷も鎖もびくともしない。ランプは給油式であった。換気できない所で使い続ければ死んでしまうことくらい、あの魔術師も分かっているはず。


(どこかに換気口があるってことよね)


 オパールはこれまで薬を作ることができなかった、その分、知識だけでもと貪欲に学び、知識を蓄えた。それがこんなところで生きるとは。


 オパールは耳をそばだてた。換気口から音が聞こえないかと思ったのだ。ごくわずかに、空気の流れる音が聞こえるような気がするが、確信を持つまでではない。目を閉じて暗黒の中にいると静けさだけがより強調され、孤独感がいや増す。


 どのくらいの時間が経ったのだろう。静かに目を閉じていたオパールの耳に、階段を下りてくるような音が聞こえた。扉の前の錠前がガチャガチャと不快な音を立てて外され、あの男が入って来た。


「喜べ!」


 男は嬉々としていった。


「お前の血をごくわずかに輸血した重症患者が、30秒で目を開け、3分で全快した。血液が体内を一周するだけで治るんだ。すさまじいと思わないか?」


 オパールは黙ったまま考えた。血液型を確認しない輸血は危険な行為だ。重症患者が治ったのはうれしいと言えばうれしいが、納得はいかない。


「ちゃんと血液型は確認したんですか?」

「血液型? なんだそれ?」

「人間には血液のタイプがあって、違うタイプを輸血すると血に問題が生じて、死ぬこともあるんです」

「そうなのか!」


 魔術師は興味深そうにオパールを見た。


「まあ、それはいずれ研究しよう。少なくともお前の血液は『竜の涙』と同等だ。お前をあの方の前に連れていけば、ボクはあの方に認められる!」


 バリシアの王は、新しい魔術、強力な魔術を好むのだとカンババが教えてくれたことを思い出す。


「お前が生きて血を分け続ける限り、ボクはお前を大切にすると誓おう」


 魔術師の手がオパールの頬に触れた。オパールの全身に虫唾が走る。


「ああ、かわいい。ボクのモルモットちゃん」


 オパールは思わず魔術師の頬をひっぱたいた。


「いいね。従順なだけの女などつまらない」


 ぐっと髪をつかまれた。痛みに声を上げそうになるが、歯を食いしばって耐えた。


「泣けよ」


 今までのオパールだったら、この部屋で目覚めた時からめそめそ泣いていたはずだ。だが、今のオパールは違う。今のオパールには信じられる人が何人もいる。必ず助けに来てくれると確信しているオパールは、負けたくないと思った。


 突然髪を持つ魔術師の力が抜け、オパールの体はベッドの上に投げ出された。


「なんだ、この魔力は?」


 魔術師が周囲を警戒している。オパールの目の端に、ゆらゆらと羽ばたく青い蝶が映った。オパールはここぞとばかりに叫んだ。


「ジャスパー様!」


 青い蝶はオパールの声に反応して急に大きくなると、魔術師を羽交い絞めにした。魔術師が青い蝶に何かしようとしたが、青い蝶は六本の足で魔術師の魔力を吸い上げていく。


 やがて魔術師が意識を失って床に倒れ込んだ。同時に、扉が開かれ、いくつものランプの明るさにオパールは思わず目を覆った。


「オパール!」


 ジャスパーはオパールを見つけると、誰よりも早く駆け寄ってオパールを抱きしめた。


「ごめん、怖い思いをさせた」

「怖かった。でも、ジャスパー様が必ず来てくださると思ったから」

「ジャスパー、オパールいたぁ?」

「カンババ先生!」


 カンババはジャスパーにすっぽり覆われるようにしているオパールを見つけてほっとすると同時、足枷を見つけて眉をひそめた。


「あ、こいつがカギを持っている」


 気絶している魔術師から鍵束を奪い取ると、カンババは足枷の鍵を解除してくれた。


「さて、こいつはおいらが連れていくよ」


 カンババは伸びたままの魔術師を拘束すると、ひょいと抱えあげてからそう言った。


「オパールは僕が連れていきます」


 青い蝶はふわりとその手をオパールに伸ばした。オパールも手を伸ばして手に触れると、蝶はフルフルと震え、次いで姿を消した。


「役に立ってくれた」


「ええ」


 オパールは抱えあげられたまま階段を上った。扉を開けると、そこは父の研究室だった。


「お父さん……」


 ぽつりとオパールがつぶやいた言葉に、ジャスパーがどうした、と聞いた。


「あの魔術師はお父さんをコピーしてお父さんになりすましていたの。お父さんはどこって聞いたけれど、コピーした後は他の人が連れて行ったからわからないって」

「ゴシェナイト氏が行方不明ってことか」

「そうみたいなんです」


 部屋の外にはオニキスとクリスタルがいた。


「オパール!」

「クリスタル!」 


 ジャスパーに抱きかかえられたままのオパールに、クリスタルが抱き着いた。


「よかったぁ」


 クリスタルがボロボロ泣いている。オニキスが指示して、騎士たちが部屋の捜索に入る。


「何があったか聞こう。ここでは落ち着かないだろうから、オパールの部屋へ」


 オパールが歩くといっても、ジャスパーは決してオパールを下ろさなかった。部屋にたどり着いてソファに座らせると、オパールの右隣にジャスパー、左隣にクリスタルがぴたりと張り付くように座った。サーペンティンが「少し離れては?」とジャスパーに言ったが、ジャスパーは頑として動かなかった。


「オニキス兄上の指示で城を離れている間にこんなことが起きたんだ。僕はもうオパールから離れないからな」


 オニキスとサーペンティンは目を見合わせ、やれやれといった表情をした。


「あの、スティーブさんは?」

「あいつは今、謹慎中だ」

「どうしてですか?」


 サーペンティンが下がった眼鏡を直してから答えた。


「護衛中に護衛対象を見失ったのです。たとえ親子の会話だと言われても、スティブナイトはオパールさんの側を離れてはいけなかったのです」

「それは……」


 規則ですから、とサーペンティンに言われれば、オパールもそれ以上のことは言えなかった。


「で、オパール。何があった?」


 オニキスが質問紙、サーペンティンがオパールの話を記録する。一通り話が終わったところで、オニキスはサーペンティンの記録を見ながら確認した。 


「オパールは薬の基材をもらうためにゴシェナイト氏を訪ね、ゴシェナイト氏に成りすましたバリシアの魔術師につかまった。おそらくコーヒーに睡眠薬が混入されており、気づいた時には地下の隠し部屋にいた。そこで血を抜かれ、その地で重症患者が全快したと聞かされた。かの魔術師は『竜の涙』同等の薬を開発しようとしていた人物で、タイミングを見てオパールをバリシアに連れていき、王に献上するつもりだった。オパールについての情報がどこかからか漏れていたことも自供したと」

「はい。その魔術師は父をコピーした後、父がどうなったか知らないと言っていました。父はどこへ行ったんでしょう」


 オパールの言葉に、クリスタルの顔が青くなる。


「お父さんがさらわれて、今まで私たちがお父さんだと思っていた人はお父さんに成りすましていた魔術師ってこと?」

「うん、ここに来てから入れ替わったって」

「そんな……」


 クリスタルは様々な相談を父にしていたらしい。


「お父さんじゃなかったなんて」

「でもね、今考えれば、思い当たることはあるの」


 オパールはクリスタルに言った。


「お父さん、私たちが作った料理は食べてくれていたじゃない? でも、気づいたらいつも夕食は先に城内の食堂で食べて来たって言うようになっていたし、朝食も食べずに一緒に登城していたなって。多分、魔術師は私たちを信用していなかったから、食べられなかったのよ」

 

 おそらくクリスタルが最初に駐屯地に赴任した頃だろう。製薬研究所と騎士団の衛生部は近い。クリスタルが不在となり、研究馬鹿だった父は極めて狙いやすいターゲットになっていたのだろう。


「ゴシェナイト氏も捜索しなければならないな」

「僕の蝶がどこまで追えるか試してみてもいいかな、兄上」

「ああ、やってみろ」


 オニキスたちが退室した後やって来たリオナは、「オパールお姉ちゃん!」と大泣きし、次いでカンババが物探しの魔術はないと言っていたのにジャスパーがそれを使っていたと怒っていた。


「リオナ、怒るな。あれは僕が編み出したもので、火魔法では使えない」

「絶対に火魔法でも探し物ができるようにしてやるんだから!」


 リオナが各家庭の火を通して移動や覗き見ができる魔術を開発するのは、ずっと後のことである。


読んでくださってありがとうございました。

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