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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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15 携帯できるモノ

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 あの日から、オパールは自分がこの未知の病気のために何ができるだろうと考えていた。どうやらオパールの魔力には治癒の力があるようだが、それを使うためにはオパールが患者の傍まで行かなければならない。


「思うようにその力をコントロールできない以上、患者たちを実験体のように扱うわけにはいかないと思わない?」


 カンババに相談すれば、そう返された。その通りだ。


 オパールはその日、辺境伯夫人からレティキュールやバッグについての話を聞いていた。


「そうは言っても、貴族の女性は自分で荷物を持つことがありません。ですから、レティキュールに入っている者はハンカチや口紅など小さな物しか入れられないわ」

「そうですね。わたしのように大きなカバンに何でも入れて持ち歩くようなことはできないでしょうね。お方様は、本当はどのようなものを持ち歩きたいとお考えなのでしょうか?」

「そうねえ。化粧直しの一式は、本当は持ち歩きたいわ。香水もね。それから、ハンカチ一枚では外出時に足りないと思うこともある。今は侍女たちが持ってくれるけれども、侍女も入れないような場所に行く時は特に、ね」

「つまり、レティキュールで持ち運びできるサイズの化粧一式があったらとお考えなのですね」

「ええ。でも、小さな化粧品なんてないでしょう?」

「業者に作らせてはいかがですか? よいものができれば、お方様と同じようにお考えの貴族の方に販売することもできましょう」

「あら、それもそうね。相談してみましょうか」


 辺境伯夫人は早速商人を呼び寄せるつもりらしい。オパールは今日、昼食をサンドウィッチにしてもらってカンババたちと食べることになっている。厨房に立ち寄ってバスケットを受け取ると、最近では新たに「魔窟」などと呼ばれるようになったカンババの別棟に向かった。


「オパール、サンドウィッチ持ってきてくれた?」

「はい。こちらに。おやつとしてキャラメルも入れてくださいました」

「わ! キャラメル!」


 リオナはカンババから初めてキャラメルを与えられた時、そのおいしさに瞳孔が開くほど感激したらしい。その日から、リオナの大好物はキャラメルということになった。厨房ではリオナがキャラメル好きだと把握していて、カンババとリオナの食事には時々キャラメルが添えられるのだ。


 カンババはバスケットを開けると早速サンドウィッチを一つつかんで口に入れ、「ん、うまい!」と喜んでいる。


「お父さん、手を洗ったの?」

「あ」

「あ、じゃないでしょ!」


 リオナはすっかりカンババに懐き、最近ではこうやってカンババがリオナに怒られることもあるくらいだ。プンスカするリオナに、「洗ってくるから」と声をかけるカンババは、以前の飄々とした男から、愛娘をもつ父の顔に変化してきたように感じられる。


「おいしいものを持って外に出るのって、いいよね。サンドウィッチを考えた人も、こうやってバスケットに詰めればいいって考えた人も、えらいなぁって思う。でもね、一番はキャンディーやキャラメルを包み紙に包むことを思いついた人! 包み紙があればどこでもキャラメルやキャンディーを食べられるでしょう?」


 リオナの言葉に、オパールは以前カンババが教えてくれた「バリシアでは携帯できる魔法を開発していると」いう話を思い出した。


(持ち運びできる魔法が、治癒や解毒だったら? 魔力がなくても、魔力持ちがその場にいなくても、魔法で治せるってこと?)


 オパールはバスケットの中にあったキャラメルを一つ取り出した。


「オパールお姉ちゃん、何をするの?」

「キャラメルに魔力を籠められないかと思って」


 オパールは手のひらに置いたキャラメルに向かってそっと魔力を流した。


(どうか、病に苦しむ人が救われますように)


 白と虹色の遊色がキャラメルを包むと、すっと消えた。


「消えた」


 リオナの目から見てもオパールの魔力が消えたようだ。


「このキャラメルに魔力は入ったのかしら?」

「手、洗ってきたぞ! 食べよう!」

「ジャスパー様は?」

「ジャスパーは今日来ないよ。オパールのお母さんに危害を加えた連中の一人が見つかったみたいで、そっちにかかり切りだってさ」

「そうでしたか」

「ねえ、お父さん。オパールお姉ちゃんが、キャラメルに魔力を入れたよ」

「キャラメルに魔力?」

「はい。以前、物に魔法を込めて武器化する研究をバリシアがしているっていう話がありましたよね。同じように私の魔力を何かに込められないかと思ったんですが」


 オパールはキャラメルをカンババに差し出した。


「ん。見てみようか」


 カンババがキャラメルを受け取った。魔力を他のものに流すことはできるが、魔力をそれを物体の中にそのまま閉じ込めておくことは難しいとカンババが言っていたことを思い出す。


「で、できたということではなくて、その、流した魔力が消えてしまったものですから」

「うん、ちゃんと見るからね」


 カンババはきっと、オパールが想像する以上に凄腕の魔術師なのだろう。両手にキャラメルをそっと閉じ込めると、目を閉じてゆっくりスキャンしている。まだ、オパールにはスキャンはできない。最近ジャスパーがスキャンに成功したと喜んでいたが。


「オパールちゃん」


 久しぶりにちゃん付で呼ばれたなあと思った次の瞬間、思いもよらないカンババの言葉に、オパールは固まった。


「またやらかしたねぇ。魔力がちゃんと存在しているよ」

「え……」

「魔力を閉じこめたキャラメルになっちゃったんだよ。通常扱う薬の基材に対して同様に魔法を付与すれば、オパールの魔力で言えば、解毒が治癒の魔法薬ができることになるねぇ」

「本当に?」

「魔力の保持時間を調べよっか。未知の病で封鎖された村に届けるには、移動時間の1日、出荷のために1日、届いた後振り分けや配布の作業に1日、予備1日として最低4日間保持できれば実用化できるんじゃないかな」

「カンババ先生、でも、そのキャラメルに込められた魔力が確実に効くかどうかは……」

「そうだねぇ。込める量もどのくらい必要かわからないもんねぇ。まずは、動物に与えてみよっか」


 ちょうど、昨日怪我をして庭をばたついていたイカルをオパールが見つけ、カンババのところに預けてあった。イカルの話によると、カラスにいじめられたとのこと。体をつつかれて出血しており、止血して餌と水を与え、しばらくここで療養することになっていた鳥だ。


 カンババは小さなキャラメルをゴマ粒ほどカットした。


「イカルさん。これ、食べてみて」

『なあに?』

「私の魔力を込めてみたの。解毒とか、治癒とか、そういう魔力みたいなんだけど……」

『痛いの、治る?』

「多分。でも、誰も試したことがないから治るかもしれないし治らないかもしれない。どうする?」

『オパールが作ったのなら、食べてみる』


 イカルはオパールの手からキャラメルの欠片をついばんだ。


「どう?」

『甘っ!』


 自然界に生息するイカルにとっては、砂糖の甘さは初めての経験だろう。


『あ、でも、あれ?』


 イカルが目をぱちくりさせた。


『痛いのが消えていくよ』

「消える?」

『うん、飛べそう』


 イカルはちょんと鳥籠から出て来た。そして何度か羽ばたいてから、飛び上がった。


『痛くない! 飛べる!』

「じゃあ、もう帰れるね?」

『うん、ありがとう!』


 窓を開くと、イカルはさっと飛んでいった。群れに戻るのだろう。


「すごい力だね。効きすぎていないか心配だ」


 カンババの言葉に、オパールは「他のキャラメルにもやってみましょうか?」と尋ねた。だが、リオナがしょんぼりした。


「あたしのキャラメルが……」

「リオナにはまたキャラメルを作ってもらうから、ね?」

「うん」


 キャラメルの作り方はなかなか教えてもらえないので、オパールも作ってやることができない。同じだけ魔力を込めたキャラメルを5個作った。


「残りの4個はリオナのよ」

「やった!」


 リオナの機嫌がみるみるよくなる。イカルにやったキャラメルの残りは、魔力の残存を調べるよう別に保管した。


「じゃあ、三人で衛生部に行こうか」

「お父さん」

「なんだ?」

「ご飯食べてからにしよう?」


 三人の目が、バスケットの中のサンドウィッチに注がれた。色とりどりのサンドウィッチが、食べられるのを今か今かと待っている。


「そうだな、そうしよう」


 サンドウィッチの「おいしい内に食べてほしい」という願いは、ようやくかなえられた。


★★


「なるほど。それは極秘のプロジェクトということになるわね」


 騎士団の衛生部に向かった3人は、人払いされた応接室でクリスタルに「キャラメルを食べてくれる人募集」について話すと、クリスタルは頭を抱えた。


「とりあえず、オニキス様に話を通しましょう。部長ではきっと判断できないし、部長にも知られない方がいいでしょう」

「どうして?」

「オパール。情報はね、知る人が少なければ少ないほど、漏れないのよ」


 どこかで言われた言葉だな、とオパールは思い出した。


「この後、オニキス様が短槍の訓練をしてくださることになっていたの。すぐに見えると思うわ」


 クリスタルの言葉と同時に、扉をノックする音が聞こえた。


「オパール、来客中か?」


 間違いない、オニキスの声だ。


「オニキス様。お一人か、サーペンティン様だけお連れになってくださいませんか?」

「わかった」


 それだけで、オニキスにはクリスタルが人払いしていることが通じたようだ。オニキスはサーペンティンという、オニキスの全てを知る側仕えを伴って応接室に入ってきた。


「何があった?」

「オパールのことなのですが……オパール、説明できる?」


 オパールは自分の理解できる範囲で説明した。不足したところはカンババが補ってくれた。


「つまり、魔法薬とやらができたかもしれないので、治験をしたいと」

「はい。一件、動物実験をしただけですが、羽根も動かせなかった鳥が飛び立ちました」

「その鳥とは会話したのか?」

「はい。痛くなくなったって喜んでいました」

「治験対象の動物から直接情報を引き出せるというのもすさまじいが……解毒と言うより、治癒か」

「解毒を含めた治癒かもしれません」

「なるほどな。サーペンティン、どう思う?」

「重傷者で試しましょう。思うような結果がえられなかったとしても諦めがつくような状態ですし、改善すればより一層の忠誠が期待できます」

「ということだ。オパール、どうしたい?」


 オニキスがオパールに直接尋ねた。


「ご本人たちがよいと言ってくださるのなら……懸けてみたいと思います」

「わかった。クリスタル、すぐに軍医を呼んで選ばせろ。何人やれる?」

「どのくらいの量が必要なのかわかりませんが、キャラメルは5個あります」

「では、5人」

「はい」


 クリスタルが直ぐに部屋を出ていった。


「オパール。もしこの実験がうまくいった場合、未知の病を抑え込むためにお前には働いてもらわねばならん」

「はい。私は、どんな形であれ、皆さんのお役に立ちたいのです」

「それはいい心がけだが……お前の力だということが漏れた場合、お前の力を欲する者たちから狙われることになる。今日は偶々ジャスパーがいないが、基本的にジャスパーと一緒に行動してほしい」

「わかりました」


 クリスタルが戻って来た。


「失礼します。5名、決定しました。オパールの関与をできる限り排除するために、軍医にはオニキス様がサーペンティン様から例の物を渡していただけますか?」

「わかった。オパール、結果を知りたいだろうから、もう少しここにいるといい。カンババはどうする?」

「見たいけどさぁ、オパールをこの部屋に残していけないかなぁ」

「可能ならば、薬の開発者として、ちゃんと見届けたいのですが」


 オパールは思い切ってそう言った。オニキスは二秒考え、そして答えた。


「見学者という立場を絶対に崩すな」


 許可が出た。オパールはキャラメルをサーペンティンに渡すと、オニキスたちの後ろについていった。


読んでくださってありがとうございました。

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