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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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14 オパールの涙

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 城に戻ると、オニキスはオパールたちの母と共にジェットの森に入った者たちの調査に入った。クリスタルは半分を父の研究所に持っていった。父は直ちに成分分析に取りかかり、成分が分かり次第同等の薬品を開発するという。クリスタルは持ち帰った「竜の涙」から万能薬を作る。製薬研究所と騎士団衛生部の警備はさらに厳重なものとなり、「竜の涙」の取り扱いは一部の人間にしか知らされていない。


 オパールはと言えば、実は城の部屋に戻ってから覆いだして冷や汗をかいていた。


 「竜の涙」に魔力を注ぐ時、蕾みに触れていたことを思い出したのだ。


(もし薬効がまた消えていたらどうしよう)


 何せあらゆる薬効を消してしまう脅威の手である。せっかく大変な思いをして取りに行ったのに、作っても意味がない素材になっていたらと思うと、オパールは気が気ではない。


 どうしても不安を拭い去りたくて、オパールは騎士団衛生部に出かけた。そしてクリスタルとの面会を申し出た。


「オパールがここに来るなんて、初めてよね!」


 クリスタルは大喜びでオパールを出迎えてくれた。


「クリスタル、私、あの時花に触ってしまったけれど……薬効に問題は出ていないかな?」

「そう言えばそうだったわね。でも、今のところ問題なく作成は進んでいるし、途中の検査でも薬効が消えているというデータはないわ」

「そう、それなら良かった。お父さんに渡った花びらには問題が出ているって話も聞いていない?」

「ないけれど、心配なら確認しに行こうか?」

「クリスタルも行ってくれるの?」

「だって、不安なんでしょ?」


 クリスタルはいつだって、オパールにとって頼りになる姉だ。


「このまま出られる?」

「ちょっと待ってね、みんなに伝えてくるから」


 もちろんクリスタルの護衛もついてくることになる。オパールは後ろを振り返った。今日はスティーブが昼間の護衛任務に就いている。今のところ危機を感じることなく生活できているが、オパールの知らぬ間に彼らが対処してくれていることもあるのだろう。


 クリスタルが白衣を脱いで出てきた。


「行こうか」


 クリスタルの後ろには、オニキス直属部隊に所属していることを示す黒い狼の襟章をつけている。ちなみに、スティーブたちは辺境伯直々に選ばれた護衛だが、所属は辺境伯夫人の護衛部隊であるため、黒いラナンキュラスの襟章をつけている。


 平民の自分たちが……オパールはジャスパーの婚約者という立場ではあるが……護衛に守られる日が来るなんて想像したことさえなかった。未来はいつ、何が起きるか分からない。だからこそ、王都にいた時のように逃げ隠れしているだけではだめで、どこかで歩み出さなければならないのだろう、とオパールは歩きながら思った。オパールの場合は迷子になったところをジャスパーに助けられ、魔術を学ぶことになり、自分の中によく分からないが特別な力があるのだと気づけた。ただ俯いて耳を塞ぎ、夜になるのをじっと待っていたあの日々。それは飛び立つために必要な期間だったのだろうが、辺境伯が父に声をかけてくれなかったら、あの日々が今も続いていただろうと思うと、踏み出すことがどれほど大事なことなのかを痛感する。


「クリスタルです。父に会いに来ました。オパールもいます」


 いつの間にか製薬研究所の前に到着していたらしい。クリスタルが守衛所で面会手続きをしてくれている。


「オパールさん、大丈夫ですか? なんだか歩きながらふらふらしていましたよ?」


 スティーブが気遣わしげにオパールの顔を確認している。


「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていたんです」

「あ~、また王都のこと考えていたんじゃないですか?」

「ははは、図星です」

「過去のことはお忘れなさい。オパールさんの過去を取り消すことはできませんが、これからどうやって生きていくか、そちらの方が建設的だし、何より大切です」

「そうですね。スティーブさん、ありがとう」

「いえいえ、心の平安も守れる護衛を目指しておりますので」


 わざとらしい言葉に、クリスタル付きの護衛が思わず吹き出した。


「スティーブ、お前そんなキャラじゃないだろう」

「俺は新たな一面を解放しただけだ」


 厳つい騎士たちの砕けた会話に、思わずオパールの頬も緩む。


「何しているの? 行くわよ!」

「は~い!」


 クリスタルに呼ばれて、オパールは明るい気持ちのまま、研究所に入っていった。


☆☆


「いいか、とにかく何も触るなよ」


 父は相変わらずオパールに優しい口調で言った。口調は優しいが、言っている内容は優しくないのだが。


「それでお父さん。『竜の涙』の成分分析に問題はないのね?」

「ああ。ちゃんと薬の成分になるような物質がたくさん含まれている。それにしても、あの花には全属性の魔力が必要だったなんて、どの記録にもなかったぞ」

「そう……」

「まあ、花が咲かず、種ができなかったんだ。数を減らすのも当然だ。種以外に葉を挿して増やせないか、そちらにも着手した」

「へえ、お父さんも必死ねえ」

「当たり前だ。もし定期的に『竜の涙』を入手できるようになれば、どんな病気も怪我も治せるようになる。これに老化を組み合わせれば、永遠の命を手に入れられる可能性だってあるんだ」

「お父さん……」


 父は昔から不老不死について研究していたと聞いている。「竜の涙」があれば死なない。だが、老いさらばえても死ねないというのは拷問だ。だから、永遠の命とセットにして、「不老」に対抗する薬の研究をしているらしい。その研究に夢中になっていた父に存在を忘れられて、クリスタルとオパールは夜、なかなか帰ってこない父を待っていたものだ。母が生きていても、父は同じだったのだろうか、とオパールはぼんやり考える。


 暇さえあれば不老不死について考え、資料を探し、何か作っては失敗し、ということを繰り返している父ではあるが、今は万能薬を「竜の涙」に頼らず量産するための研究で手一杯のようだ。


「ああっ、お父さん、ビーカーでお湯を沸かしてコーヒーを飲むのはやめてって言っているよね!」


 クリスタルの悲鳴にも似た声に我に返ったオパールは、「洗ってあるから大丈夫」という謎理論でビーカーを薬缶代わりにしてクリスタルとオパールにコーヒーを入れ始めた父に抗議するクリスタルに気づいた。


「お父さん、そのビーカーを洗う前に何を入れていたの?」

「ん? ああ、濃硫酸だよ」

「濃硫酸……」


 いくら洗ってあっても、その言葉だけで飲みたくなくなる。騎士たちも顔を青くしているようだ。


「所長はいいかもしれませんが、そのビーカーで沸かした湯を飲ませたとオニキス様に知られれば、我々の首が飛びます」

「そうか? 心配することなんてないのに」


 相変わらず無頓着な父だ。


 そんなことを考えながら部屋を眺めていると、書棚にある冊子に目がとまった。妙に気になり、目が離せない。


「お父さん、これって」


 触れないように後ろ手に組みながら尋ねたオパールに、父はああ、と言った。


「それはお前たちのお母さんの日記だ」

「触ってもいい?」

「大丈夫だ。ただ、後半は白紙だから読んでもつまらないと思うぞ」


 オパールは他の本に触れないように注意深くその冊子を取り出すと、ソファに座って読み始めた。


 母はこれをオパールが読むなんて思っていなかっただろう。前半は結婚してすぐに書かれたようで、薬師として妻として充実した日々を送っている様子がうかがえた。中程になるとクリスタルの話が出てきて、二人で薬草摘みに言ったことなどが書かれている。


 クリスタルには、その記憶が残っているのだろうか、とふと思ったオパールは、クリスタルに尋ねた。


「お母さんと薬草摘み? はっきりとは覚えていないけれど、お父さんなしで何回かピクニックに行った記憶ならあるわよ」

「多分、そのうちの一回じゃないかしら」


 よく晴れていたこと、薬草の名前をクリスタルにいくつか教えたことなどが書かれているのを、クリスタルも目を細めて読み進めていく。後半になると、オパールを妊娠したという報告が書かれていた。


『クリスタルには継がれなかった。でも、この子には継がれてしまうかもしれない』


 オパールははっとしてクリスタルを見た。そういえば父は先ほど、後半は白紙だと言っていなかっただろうか?


「静かに。いいわね?」


 クリスタルが耳元でささやいたので、オパールは小さくうなずき、先を読み進めた。


『私の中にあるものが何なのか、私にも分からない。私には発現しなかったけれども、お母様の家系で何代かに一人生まれるという能力者の血を求めているのだとしたら……私はどうすればいいの? 求められるままに子どもを産んでいいの? それは子どもを売ることと同じになるのではないかと思うと、怖くてたまらない』


 クリスタルがとっさにオパールの手を取った。ページをめくると、オパールが生まれた直後の日に書かれたと思われる文章があった。


『オパールを見ていると、どんどん不安になる。私のように、力が発現しないままでいられますように。そして、彼らに見つかることなく、そっと寿命を全うできますように』

「彼ら?」


 クリスタルが思わず言葉を漏らすと、父が近づいてきた。


「おや、白紙のところに何か書いてあるのかい?」


 父はいつもの笑顔だ。だが、母の文字が読めないということは、母は父がこの日記を見ても読めないように細工したと言うことだろう。


「何も書いていないわ。中途半端なところで終わっているのはなぜなのか、お父さんは知っている?」

「日記なんぞ、そのときの気分が影響するだろう? どこかで書くのに飽きただけじゃないか?」

「そんなものかしらねえ」


 クリスタルは「本当に、白紙が続くわね」と言いながらページをめくった。


『クリスタル、オパール、愛しているわ。もしこの任務が罠だったとしても、私はスヴァルトルに行かなければならない。薬師としての誇りにかけて、必ず辺境伯夫人の病気を治してみせるわ』


 クリスタルとオパールはぽろぽろと涙をこぼし始めた。


「どうした? 悲しいことが書いてあったか?」

「ううん、私はお母さんとの思い出がほとんどないから、うれしくて」

「私は……お母さんの記憶がないから、初めてお母さんに触れられたようで……」

「ああもう、ほら、これはまだ今日使っていないハンカチだから心配せずに使いなさい」


 オパールとクリスタルは父からハンカチを受け取ると、涙を拭いた。


「お父さん、この日記、もっと読みたいのだけれども」

「ああ、いいよ」


 素材に問題がないことも確認できたし、父のいないところで日記も読みたい。二人は「ハンカチはこっちで洗っておくから気にするな」と言われたために、涙を拭いたハンカチを損まま父に返して騎士団の衛生部に戻った。


☆☆


 娘たちが帰った後、父はそのハンカチを広げた。


「うん、まだ乾いていない」


 父は二人の涙を丁寧にハンカチから取り出すと、実験室に運んだ。防護服を着てからもう一つの扉を開けて入った。更に未知の病を得た者の血液が保存されている保存庫のを開け、その血液を培養したものを取り出すと、4つのシャーレに少しずつ乗せた。そして、粉末化した「竜の涙」の水溶液と、クリスタルとオパールの涙を取り出したものをそのシャーレの中に入れていった。残ったシャーレは比較対象用だ。


 翌朝、確認に来た父は、顕微鏡でシャーレを確認して驚き、そして血が沸騰するのではないかと思うほどに興奮した。


 クリスタルの涙と比較用に何も入れなかったシャーレの血には、未知の病の原因と思われる病原菌が増えている。だが、竜の涙の水溶液とオパールの涙を入れたシャーレの血から、病原菌と思われるものは消えていた。


「つまり、オパールは『竜の涙』と同等品というということか」


 父の言葉は、静かな研究室の中で静かに消えていった。


読んでくださってありがとうございました。

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