13 竜の鱗と竜の涙
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黒い針葉樹の森を進みながら、オパールは不思議な気持ちになった。クリスタルは「暗くて陰気な森ねえ」と言っているが、オパールは心落ち着く場所と感じられたのだ。初めて来たとは思えない。むしろ懐かしいという言葉がしっくりとくるほどに、心が落ち着くのを感じながら、オパールは森を進んだ。
「この針葉樹を切り出して、他領に売ることはできないのですか?」
クリスタルの言葉に、オニキスが「できない」と言った。
「この木は『竜の鱗』と呼ばれるほどに固くて、普通の木挽き道具では切り倒せない。加工もしかり。一度だけ、この木を切って加工したことがあるが、それが父上と俺が着ているこの黒い鎧だ。木だから金属製のものより軽く、鋼の剣並みの強度がある。本当は全員これを着られるようにしてやりたいところだが、切り出して鎧になるまでに10年かかったと言われている」
「つまり、値段が高くつきすぎるってことなんだね」
ジャスパーが納得したようにつぶやいた。
「無理に『竜の鱗』の強靱さが知られて密伐採されるくらいなら、固くて無理だと辺境伯家が匙を投げたということにしておけば、森は守られる。森がなかったら『竜の涙』が隠れる場所もなく、すでに世界から絶滅していただろうな」
オパールは「竜の鱗」と呼ばれた黒い樹木に手を触れた。金属に触れている時のようなひんやりとした感覚と同時に、魔力も感じられる。
「『竜の鱗』にこんなにも魔力が含まれているんですね」
「オパール、どういうこと?」
クリスタルは驚いた様子でオパールに尋ねた。
「ほら、私カンババ先生について、ジャスパー、リオナと一緒に魔術の勉強をしているでしょう? 魔力の有無はしっかり感知できるようになったわ」
「オパールがすごい」
クリスタルとは、魔術の話をあまりしたことがなかったせいだろうか、クリスタルはオパールの話に興味津々である。
「魔力を含んでいるのか?」
オニキスの声に、カンババとジャスパーも「竜の鱗」に手を当てた。
「あるねぇ」
「はい。これだけの魔力を全ての『竜の鱗』がため込んでいるのだとすると、バリシアが常にスヴァルトル領を狙っている理由の一つになるのかもしれませんね」
「う~ん、それもそうだけどさ。おいらはバリシアにいた時にはジェットの森のことを聞いたことがなかったし、魔力を持った森があるって話も聞いたことがなかった。そうだとすると、おいらがこっちに来た後においらを探してここに入り込んだバリシアの魔術師がいたのかもしれないねぇ」
「この木を持ち去ろうとしている可能性は?」
「あるだろうねぇ。リオナは何か聞いた記憶ある?」
「ないよ。ただ、感覚が狂わされる場所があって、そこは黒いんだって聞いたことはある」
「感覚が狂わされる、ねぇ。ジャスパーとリオナに今、その感覚はある?」
「ありません」
「ないよ」
「興味深いねぇ」
カンババはそう言うと、すぐ側にあった大きな「竜の鱗」に手をつき、魔力をそっと流した。「竜の鱗」はカンババの魔力をカンババに戻すことなく吸い込むと、わずかに成長したように見えた。
「なるほどね。この地に宿る魔力を吸い上げて成長している訳だ。だけど、変だねぇ」
カンババが首をかしげた。
「おいらが送った魔力全てが蓄積された訳じゃない。半分以上が大地に流れていった」
「大地から吸い上げているのに?」
オパールは興味深く大地と「竜の鱗」を見た。
「リオナ、やってごらん」
カンババに言われたリオナは、別の「竜の鱗」に触れると同じように魔力を流した。やはり木がわずかにだが急成長する。
「本当だ。半分以上、大地に流れているよ」
「では、大地に戻った魔力が他の木を成長させているということか?」
「違うわ」
オパールの目が少しずつ奥地の方へと動いていく。
「大地に戻った魔力が、同じ方向に移動しているの」
「オパール、大地の中を移動していく魔力が追えるのかい?」
カンババの問いかけに、オパールは小さくうなずいた。
「今、初めて見えたんです」
「この方角なのか?」
「はい」
オパールは東南の方角を指さした、
「この方角です」
「なるほどな」
オニキスが何かに気づいたようだ。
「何があるんですか?」
「行けば分かる。さあ、進もうか」
一行は東南の方向に向かって進み始めた。
☆☆
1時間歩いて15分休憩することを4度繰り返した頃、周囲は木々に囲まれた森から険しい峡谷へとその様相を変えていた。
「もしかして、奥地の渓谷ですか?」
クリスタルの問いに、オニキスは「そうだ」と答えた。
「あの縄が見えるか?」
ずいぶん古い縄がボロボロになりながら、この先への侵入を諦めさせようとしている。そんな意思を、オパールはこの縄から感じた。風雨にさらされて、ずいぶんと変色しているように見えるこの縄。オパールが手を伸ばしてそっと触れると、縄はハラハラと散らばりながら地面に落ちた。
「もう長いこと、ここから先に人が入っていないはずだ。ここまでは月に一度、人をやって確認させてきたと父上から聞いている」
「長いこと?」
オパールの声に、オニキスが答えた。
「ゴシェナイト夫人が身罷られてから、誰も入っていない」
「では、あの縄は?」
「事後に検証のためにやってきた騎士たちが、ここから先には毒蛇が出るというサインとして設置したものらしい」
思わずクリスタルの手を握ったオパールは、クリスタルがその手をずいぶん強く握り返してきたことに驚いた。
クリスタルも緊張しているんだ、と思った。
「ここから先は毒蛇に注意が必要だ。クリスタル、用意してくれ」
「はい」
どうやら毒蛇対策があるらしい。オパールはクリスタルが騎士たちが持ってきた箱の中にあったものの臭いに気づき、内心あああ、と叫びたくなった。
クリスタルが用意したのは、タバコの抽出液だ。おそらく出発すると聞いたオパールがすぐにタバコを水に浸し、抽出液を一晩かけて作り出したということだろう。
「蛇は一般的に強い臭いに弱いため、蛇よけに蛇が隠れられないよう除草をしっかりすること、そして香りが強いハーブを植えることが推奨されています。それ以外にも希釈した木酢液も効果的だと言われていますが、木酢液はないと聞きました。騎士団内でタバコを吸う人はいないようでしたからタバコを探すのに苦労しましたが、倉庫に研究対象として保管されていた乾燥タバコがありましたので、それを少々いただいて参りました」
「よし、それではタバコの抽出液をばらまきながら進め」
オニキスの言葉に、オパールはまずい、と思った。
「待ってください。タバコの持つウイルスが原因で病気になる植物もいます。森の中で使うことで、生態系に悪影響を及ぼす可能性があります」
「そうなのか、クリスタル?」
「急な出発でしたので、すぐに用意できるものはこれしか思いつきませんでした」
森の生態系を壊すことは問題だが、クリスタルが叱られるのはオパールの意図するところではない。
「クリスタル、タバコの抽出液は近づかれた時のために、一種の護身用として用意したんでしょう?」
「ええ。まさかずっと使い続けるなんて思っていなかったわ」
クリスタルの答えにオパールはほっとした。
「ですから、使い方にはご注意ください」
「なるほど、分かった。カンババ、もし毒蛇が出たら焼き払えるか?」
「『竜の鱗』は火がつきにくいが、いったん火がついたらなかなか鎮火しない木だって聞いているから、おいらが突発的に出しちゃう火魔法はおすすめできないね」
「で、では!」
最後の策だとオパールが手を上げた。
「ニンニクをあぶりながら進みませんか?」
誰かがゴクリと喉を鳴らした音が響いた。
☆☆
ニンニクの臭いはやはり強烈なようで、動物の姿を遠目にも見ることができない。森の動物から情報を得たかったオパールは、やはりニンニクはやり過ぎだったかとしょげていた。だが、ジャスパーはクンクンと臭いを嗅ぎながら、「あのニンニクは誰が食べるのかなあ」などとつぶやいている。
一時間ほど進んだ時、騎士たちの間に一気に緊張が走った。同時に、オパールの耳に何かの生き物の『くっさ!』という悲鳴にも似た声が届いた。
「蛇だ」
ジャスパーの背に守られるような形になったオパールは、その背からひょこりと顔を出し、毒蛇を見た。
「あれが、毒蛇?」
オパールにはそれは毒蛇には見えなかった。一般的に毒蛇は赤や黄色と言った警戒色を身にまとっているが、ここにいる蛇は白蛇だったのだ。
「白蛇?」
オパールの言葉に、クリスタルも気づいたようだ。
「これが本当に毒蛇なのですか? もし毒蛇だというのなら、毒蛇のアルビノが優性遺伝している、極めてまれなケースになると思うのですが」
「毒蛇ではないというのか?」
「オパール、どう?」
クリスタルに呼ばれたオパールは、ジャスパーの背にそっと手を置いてから白蛇たちの方に進んだ。
「こんにちは。みんなは毒蛇さんなの?」
『違う』
先頭にいる、大きな白蛇がそう言った。
『我らは竜の涙の守人。毒など持たぬ』
「でも、私のお母さんはあなたたちに咬まれて死んだのよ?」
『いつのことだ?』
「14年くらい前よ」
『ああ、最後に竜の涙を強奪した者たちの中にいた女か』
「強奪した?」
強奪と言う言葉に、その場にいた全員の目がオパールに注がれた。
『我らの許しを得ずに弱っていた竜の涙を根こそぎ持ち去ろうとした者たちがいた。女が一人いて、そんなことをしてはいけないと抗議していた。だが男たちは言うことを聞かず、鈴蘭の花をもぎ取って無理矢理口の中に入れていた。鈴蘭に毒があることは、お前も知っているだろう』
「鈴蘭の毒を、お母さんに飲ませたの? 騎士団の人が?」
『そうだ。だが我らが彼らに牙をむくと、彼らは一株だけ持ち去った』
オパールは震えた。
「つまり、辺境伯家に葉が二枚だけ届いたということだけれど、それ以外の部分を盗んだ人が、騎士団と薬師の中にいるということね」
オパールが白蛇から聞きだした内容に、オニキスたちの表情が曇った。
「お母さんは口封じに殺されたってこと?」
「そうみたい」
姉妹が抱きあって、肩を震わせている。
「ゴシェナイト夫人に同行した者は、まだ残っているのか?」
「いいえ、守り切れなかった罪悪感があるとかで、すぐに退団していたはずです」
「戻ったらその者たちを、殺人容疑で追わねばならん。残りの竜の涙がどうなったのかも調べねばならない」
「は、戻り次第、直ちに」
オニキスはオパールとクリスタルの肩に手を置いた。
「我が騎士団にいた者がお母上の命を奪ったようで、申し訳ない。必ず犯人は厳罰に処するので、今は任務を遂行しよう」
「はい」
オパールは立ち上がった。隣にジャスパーが来て、手を握ってくれた。
「お母さんのこと、教えてくれてありがとう。それで、竜の涙を分けてもらうことは可能かしら?」
『どうして必要なのだ?』
「未知の病が発見されたの。薬は薬として研究しているけれど、もし爆発的に流行してしまったら大変なことになってしまうから、竜の涙を使ってできるだけ拡大を抑えたいの」
『未知の病か。竜の涙は、そんな時のために作られたものだ』
「作られたもの?」
『そうだ。竜の鱗が大地や大気中から魔力を集め、竜の涙に送り届ける。十分な領の魔力が届けばつぼみがつき、花が咲いて種となり、数を増やしていくことができる。だが、魔力が十分ではないために、つぼみまでできても花が開かず、結果として種もできない。竜の涙が数を減らした原因は、人間による乱獲と、魔力不足なのだ』
白蛇の言葉に、オパールは「魔力さえ足りればいいの?」と尋ねた。だが、白蛇は否定した。
『竜の涙に必要な魔力量は超えた。だが、光と闇の魔力だけが足りない。足りないから花として咲くことができず、竜の涙も苦しんでいる』
「光と闇の魔力があればいいの?」
『そうだ。そしてお前はそれを持っている。そうだな?』
オパールは黙って右手を伸ばすと、手のひらを上にして魔力を出した。白い光の中に様々な色がきらきらと光る。始めたオパールの魔力を見たオニキスやクリスタルや騎士たちが、大きく目を見開いた。
『ついておいで』
先頭の白蛇が道案内をしてくれるようだ。他の白蛇たちは左右に別れ、一行を通してくれる。
『余計なことをしたと判断したら攻撃対象になると、他の人に伝えておいた方がいいだろう』
「ありがとう」
歩きながら一行に伝えれば、みな首振り人形のようにコクコクと首を縦に振った。
『ここだ』
連れてこられたのは、峡谷の最奥にある滝の前だった。滝の周りには見たことのない植物があり、重たそうな蕾が元気なく首を垂れていた。
『蕾に魔力を流し込みなさい』
白蛇に言われたとおりに、オパールは魔力を優しく流した。
(得体の知れない病からみんなを救うために、あなたの力が必要なの。お願い、咲いてください!)
蕾がごくごくとオパールの魔力を吸い込んでいる。オパールの魔力が半分ほど失われたところで蕾は自ら自分を持ちあげて一気に花開いた。
「なんてきれいなの……」
クリスタルがささやくように声を漏らした。遊色きらめくプレシャスオパールが花になったかのようなきらめきをふりまきながら、「竜の涙」が咲いている。
「ねえ、クリスタル。竜の涙は花の部分が一番効果的だって言っていたよね」
「ええ。でも、花全てをいただくわけにはいかないわね。花びらを何枚かいただけないか、蛇さんたちに聞いてみて?」
オパールは白蛇を見た。
『よかろう。花びらを半分持っていくことを許す。葉も3枚までなら持って行ってよい』
「ありがとう、白蛇さん」
『その代わり、時々ここにきて魔力を注いでくれぬか』
「わかりました。いいですよね、オニキス様、ジャスパー様?」
「そのあたりは父上との相談になろうが……むしろこちらからぜひともお願いしたいところだ」
「うん、オパールがここに来る時は、僕も一緒だから」
クリスタルはなぜかどや顔である。
「私の妹が落ちこぼれだって言っていた人たちに見せたい! 悔しがらせたい! でもオパールが誘拐されると困るから見せない!」
「クリスタル、論が破綻している」
「いいじゃないですか、妹が頑張っている、それだけでうれしいんです」
「そうだな、俺もオーブやジャスパーが頑張っていると嬉しい」
「そういうことです!」
白蛇たちに別れを告げようとした時、白蛇がオパールに言った。
『今度来た時に、竜の涙がどうして生まれたか、教えてやろう。明るい内にこの森を出るには、もう出た方がいい』
「はい、白蛇さん」
オパールは花びらと葉を大切に抱えて来た道を戻った。達成感がある。同時に、竜の涙が生まれた理由とは何だろうかと考えると、少しだけ不安な気持ちになる。
「オパール、その花びらの色、オパールの魔力の色と同じだよね」
「そうね」
自分の魔力とやはり関係があるのだろうか。少なくともジャスパーはそう思っているはずだ。
日が暮れる前に野営地に戻った一行は、もう一晩野営した。食事当番になったシュンとガレナが作った焼肉には、ほくほくになるまで炙られたにんにくが添えられていた。
読んでくださってありがとうございました。
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