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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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12 練習台

読みに来てくださってありがとうございます。

お料理回です。

よろしくお願いいたします。

 万能薬の素材として知られる「竜の涙」は、ジェットの森の奥深くにある険しい渓谷の片隅にひっそりと群生している。かつては世界中の各地にあったが、乱獲された結果、このジェットの森が最後の生息地となってしまった植物だ。


 葉や根でも万能薬は作られるが、数年に一度しか咲かないその花から作った万能薬は遠くに薬効が高く、種を作る前に人間が花を取りつくせば、二度とその地に「竜の涙」は生まれない。


「そもそも、『竜の涙』はこのジェットの森から世界中に広がったと言われている。最初の『竜の涙』からこぼれた種を世界各地に運び、人々を病の苦しみから救おうとした女神の伝説がこの地には残されているんだ」


 ジェットの森に行く途中の馬車の中で、ジャスパーはオパールとクリスタルに教えてくれた。


「お母さんがジェットの森に入った時には花がなくて、葉を二枚採取してきたらしいわ。一枚はお方様のための薬の材料となり、もう一枚は成分分析に回されたらしいけれども、結局再現はできなかったって、騎士団に記録があったの」


 クリスタルは短い時間の中で、ジェットの森とその奥地に咲く「竜の涙」について調べられるだけ調べてきたらしい。


「花の咲く時期はちょうど今頃。もしかしたら開花している姿を見られるかもしれないわね」


 クリスタルはうっとりとした目をしながら言った。


「どんな花なのかしら。きっと美しい花に違いないわ」

「じゃあ、ちゃんと毒蛇さんに話をつけないといけないよね」


 会話の方向性とレベルがなんだかかみ合っていないと思いながら、ジャスパーはクリスタルに尋ねた。


「本当に、オパールは王都では落ちこぼれなんて言われていたんですか?」

「ええ。私なんてすぐに頭に来てしまうから、動物と話せることを公表しようって何度オパールに話をしたかわからないわ」

「だって、そんなことを言っても信じてくれる人はそう相違ないだろうし、何よりも私がモルモットにされそうで怖かったんだもの」

「そう言われたら、黙っておくしかないでしょう? オパールのどこが落ちこぼれなのかって、私いつも怒っていたのよ。薬学の知識なんて、私よりもオパールの方がはるかにたくさん持っているのに、それをひけらかすこともない。お父さんだってそう言ってくれればいいのに、そういうのは苦手だとか訳の分からないことを言ってはぐらかすだけ。仕事以外のことは自信がないから逃げているのね」


 ゴシェナイト氏は、娘から気の毒な男だと思われている。その事実に複雑な思いを抱いたらしいジャスパーに思わず苦笑いしながら、オパールは馬車の外を見た。


 ジェットの森は、古代からその姿を変えぬ漆黒の樹木がうっそうと立ち並ぶ原生林であり、奥地の、更に深い渓谷の中に、「竜の涙」の群生地があるのだと聞いている。


 休憩で馬車を下りた三人の元にオニキスがやって来て、クリスタルに「馬車の中は狭くなかったか?」と尋ねた。


「姉妹二人で乗りたかっただろうに、まだ馬での長距離移動に慣れていないからと言って女性の馬車に同乗するとは」

「婚約者と一緒なのですから問題ないでしょう」

「クリスタル、本当に狭くないか? 狭いなら俺と一緒にショールに乗ればいい」


 ショールはオニキスの愛馬だ。青毛のその馬はどの角度から見ても漆黒としか言いようのないほど黒く、黒い甲冑を身に着けるスヴァルトル辺境伯家の騎士団の副団長の馬としても群を抜いて美しく足が速い馬だ。


「ショールに乗るのは構いませんが、ジャスパー様のお話が楽しいのでこのまま三人で馬車に乗っていきます」


 オニキスは一瞬だけがっかりしたような表情を浮かべたが、すぐに「そうか、いつでもショールに乗りたくなったら来い」とだけ言って離れていった。


「オニキス兄上の気持ち、バレバレだよね?」

「え? オニキス様の気持ちって?」


 オパールが首をかしげると、ジャスパーは「はあ、そういうことか」と言いながらその手で両目を覆った。


「え?」

「何でもないよ。姉妹というのはとんでもないところが似ているものなんだなあって思っただけだから」


 納得いかずに首をかしげているばかりのオパールを見ながら、ジャスパーはふと、オパールは人を愛せるのだろうか、という不安に駆られた。ちゃんと言葉にしてお互いの気持ちを確かめ合ったはずだが、急にオパールの考える「愛」の定義に疑問を感じたのだ。


 もしオパールが人を愛せるとしたら、それはクリスタルから愛された経験がそうさせるはず。同時に、クリスタルは誰かに愛されたという感覚を持っているのだろうかとも思った。人当たりがよく、誰からも好かれるというクリスタル。それが、人に好かれるために本能的に演じているものだとすれば……。


(クリスタルが愛されているという実感を持ち、愛を自分なりにかみ砕かない限り、オニキス兄上の気持ちは伝わらないってことか)


 クリスタルとオパールのこの歪さは、スヴァルトル辺境伯家が間接的に生み出してしまったものだ。愛は与えられない限り理解できないし、愛を理解できない者は愛を与える側にもなれない。どれだけ愛を与えられても、幼少期に必要な愛を受けられなかった傷は、成長と同時に歪みとして表出する。


 ゴシェナイト氏が姉妹を愛していないとは言わない。だが、子どもより仕事の方が大切で、楽しくて、仕事に掛けるほどに丁寧に姉妹に接してこなかったことは、これまでの行動を見ていればわかる。


 受け取れるはずだった愛情を受け取れなかった、優秀なクリスタルと、特別な力を持つオパール。彼女たちの力を存分に生かし、彼女たちが自分らしく生きるためには、傍で支え、愛情を惜しみなく与える人が必要だ。


(僕の思いは、きっと蝶たちを介して筒抜けだろう。でも、本当の意味でそれを理解しているかどうかは分からない。ならば、ちゃんと理解してもらえるよう、僕の思いを正しく受け止めてもらえるように、僕は行動しなければいけないんだな)


 クリスタルとオパールが、遠くに見え始めたジェットの森をじっと見つめている。その目はなぜか、戦いに行く騎士のように見えた。


★★


 その夜、ジェットの森の手前で野営する一行の鼻に、何とも言えないいい香りが漂ってきた。


「これはなんだ?」


 たまらずに食事の準備をしているところに姿を現したオニキスとジャスパーが見たのは、てきぱきとスープの灰汁取りをするクリスタルと、フライパンをじっと見つめるオパールの姿だった。


「今日の夕食は、シュンとガレナの当番ではなかったか?」

「あ、オニキス様。私たちがどうしても作りたくて、お願いしたんです」

「そうなのか」

「はい。今日、騎士さんたちから鴨を捕まえたって伺って、オパールがどうしても『コンフィを作りたい』と言い出したものですから」

「ほう?」


 オニキスの目が意味ありげにジャスパーに向けられた。


「なんでも、辺境伯家でいただいた鶏肉のコンフィがおいしかったらしくて、いつかは作りたいと思っていたようなんです。ですが、ここ(スヴァルトル辺境伯領)では鶏肉よりも牛肉の方が安いでしょう? 鶏肉が買えなくてずっとくすぶっていたところに鴨肉だなんて言葉が聞こえたから、オパールが俄然やる気になったんです」


 クリスタルは愛しいものを見る目でフライパンの中に沈んだ鴨肉を見つめるオパールを見た。


「あの子がお料理するようになったのは、こちらに来てからです。私が駐屯地にいきなり連れていかれてからだいぶ苦労したようですが、帰って来た時には何品かちゃんと作れるようになっていました。だから、オパールの思うとおりにやらせてやりたかったんです」

「コンフィを、か?」

「はい。オパールはいつも黙ったまま私の後ろに隠れているような子でした。王都の人からひどいことを言われても、涙を浮かべて黙って私の後ろに隠れ、私のスカートを握り締めていたような子なんです。その子が、ここに来てからやりたいことがあると言い、それを実際やり始めた。失敗してもいい、やりたいという気持ちがある限りは何度でも挑戦できるし、頑張れる。頑張っているうちに、それなりにできるようになるものです。だから」


 クリスタルは急に茶目っ気のある顔をした。


「オパールが作るコンフィが失敗作だったとしても、食べてやってくださいね?」

「努力しよう」


 もも肉を使うのが一般的なコンフィだが、肉として使える部分は使うよう、そして二羽の鴨をできるだけたくさんの人で味わえるよう、一口大にカットされている。その肉をさらにフォークで穴をあけてから塩コショウをすり込み、ローズマリーとニンニクを重ねてしばらく置いたあと、フライパンに皮目を下にして並べ、ローズマリーとローリエとにんにくを入れ、更にひたひたになるほどまでオリーブオイルを注ぎ、火をかける。かすかにぷくぷくと泡が立つところまで加熱したら、あとはその温度を保ちながら一時間半、オイルで煮ていく。にんにくやローズマリーが焦げそうになったら取り出して、苦みが出ないよう、慎重に煮るのだ。


「つまり、オパールがフライパンを睨んでいるのは、焦げていないか確認しているということですね」

「そうよ。初挑戦の料理だからオパールの全神経はコンフィにしか向けられていないわ。だがら、スープや野菜の蒸し物くらいは作っておこうと思って」


 スープは鴨の骨から取ったが、火にかける時間が少ない分、あまりうまみは出ていないだろうとクリスタルは言った。


「ポロネギとショウガをたっぷり加えてありますから、体の冷えには効くはずです」

「北部の料理にショウガをたくさん使うのは、そういう理由だったのか」

「ショウガは食品ですが、薬として使うこともありますからね」

「食材も薬か」

「はい。医食同源という言葉を使う国もあるそうです」

「なるほどな」


 その日出された鴨肉のコンフィは、非常好評だった。しいて言えば「足りない」という不満が出たくらいだ。鴨とねぎとショウガのスープも好評で、何度もお代わりする者がいたほどだ。


「ジャスパー。お前の婚約者は、随分料理が上手じゃないか」


 オニキスの言葉に、ジャスパーは思いきりむせた。


「オニキス兄上、急に何を言うんですか」

「あ、ジャスパー様! お口に会いましたか?」


 無邪気に聞いてきたオパールに、ジャスパーは「おいしかったよ」と素直に伝えた。


「また、戻ったら何か作ってもいいですか?」

「え、また作ってくれるの?」

「ジャスパー様なら、練習台になってくださるでしょう?」


 ブハっと笑う声がした。


「オニキス兄上……」

「いや、練習台になってやれ。10年後20年後のお前が、今のお前に感謝するはずだ」


 確かにそうかもしれないと思ったジャスパーだった。


読んでくださってありがとうございました。

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