11 そんなことも?
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その日からオパールは城内で暮らし始めた。もちろん「ジャスパーの婚約者」という立場だけが公表された。父は自宅に帰りたがったので警備のための騎士が数人付き、クリスタルは城内にある騎士団の女性用宿舎に入ることになった。
クリスタルも城内に入ればいい、何ならオパールと同室ではどうかと辺境伯は提案してくれたそうだが、クリスタルは騎士団の宿舎の方が友だちとわいわいできて楽しそうだからと固辞したそうだ。
「クリスタルは気づけば誰かに声をかけられている。衛生部ではもうなくてはならない存在になっているし、騎士たちからも、見習いたちからも、下働きや出入りの業者からも慕われている」
これから本当の家族になるのだからと辺境伯家の朝食の場に連れて行かれたオパールは、初めて同じテーブルに着いたオニキスとオブシディアン、それに辺境伯の話を聞きながら、クリスタルらしいな、と思った。
「クリスタルは王都でもそうだったのか?」
辺境伯の言葉に、オパールは「そうですね」と答えた。
「姉の周りには、いつも誰かがいました。姉の友人、姉を慕う人たち、父も、父の元で働いていた薬師たちも……姉は家の中でこそ私の姉でしたが、家の外ではゴシェナイト家の跡取り娘であり、駆け出しの薬師であり、周囲を笑顔にすることができる人でした」
オパールにとっては辛い思い出が多い王都の話。ジャスパーがそっとテーブルの下でオパールの手を握ってきた。気を使ってくれたのだろう。それがうれしくて、オパールは困ったような顔をしながらも、ジャスパーの手をそっと握り返した。
(なるほど、人気者の姉と、その陰に隠れる妹か)
辺境伯は自分の腹の中で考えた。ゴシェナイト家を取り込むためにクリスタルを息子の誰かに嫁がせるつもりでいたが、思いもよらぬことからオパールがジャスパーの婚約者になった。オニキスは隠しているつもりのようだが、父から見ればクリスタルに惹かれていることはバレバレだ。娘を二人とも辺境伯家で抱え込むとなれば、思いもしない筋から横やりを入れられる可能性もある。
(こればかりはなあ。二人とも恋愛結婚となれば、問題ないだろうか)
今朝は夫人の機嫌がすこぶる良い。昨夜遅く、夫人お気に入りのオパールが将来娘になると聞くと、夫人は辺境伯に抱きつき「あなた、よくやったわ!」とずいぶん褒められた。これまでも昼食は何度も共にしていたようだが、マナーは夫人が教え込んだので見られるレベルにはなっている。
夫人はクリスタルのこともかわいがっているが、「あの子は助けを必要としない子だから」だと言っており、オパールほどにはかわいがりの熱量も多くない。
その血は平民の者だろうが、身分だけで生きているような貴族令嬢よりもクリスタルやオパールのように目標に向かって努力し、同じものを見て忌憚なくものを言える娘の方がいい。それがスヴァルトル辺境伯家の考え方。かつての傭兵の血が、そう思わせるのかもしれない。
「父上。『竜の涙』採取の件ですが、今日の午後一番で出発します」
「ああ、気をつけて行ってこい」
オニキスと辺境伯の言葉に、低い女の声が混じった。聞いたことのないようなオパールの声に、その場にいた誰もが思わずオパールを見つめた。
「りゅうのなみだって、おっしゃいましたか?」
「ああ」
あの辺境伯さえ気圧されるような目で、オパールがじっと辺境伯を見た。
「私も連れて行ってください」
「待て、オパール。君には自在に治癒魔力を使えるようになってもらわないと困る」
「『竜の涙』の側に、母を殺した毒蛇がいるんですよね」
「オパール、待て。奴らは確かに危険だが、奴らがいるから悪人どもも乱獲できず、なんとかこの世から消滅せずに済んでいるんだぞ?」
「関係ありません」
オパールの目が、まるで普段のオパールとは想像もつかないほど暗い影を宿している。
「私は、母を知らない」
辺境伯夫人がはっとした。そうだ。辺境伯夫人の病を治すために母は「竜の涙」を取りに行き、毒蛇に咬まれ、死んでしまった。オパールとクリスタルの母が、「この仕事が産後最初の仕事なんです」と言っていたことを思いだす。
「私には母の記憶がありません。姉が必死になって私を育ててくれました。まだ5歳にもなっていなかった姉が、私にミルクを飲ませ、おむつを替え、言葉を教えてくれたんです。女親から学ぶべきことを知らず、私たち姉妹はこの年になりました。父の製薬所に務めていた女性が、私たちが月のものを知らなかったことに気づいて、どうしたらいいのか教え、必要なものをそろえてくれました。食事の作り方は、製薬所の食堂の料理人に教えてもらいました。不器用な私はなかなか上達しませんでしたが、器用な姉が何でもやってくれたので私は小さな閉じられた世界で、自分を守ることしかできなかった」
オパールの目から涙が流れた。
「母がいなかったのだから、仕方がないことです。父は研究以外のことにはあまり気が回りませんから、どうしようもありません。お方様(辺境伯夫人)が私の面倒を見てくださって、私は初めて女性らしいマナーを知ることができました。感謝しています。ただ、『竜の涙』の番人であるならば、どうして母の命を奪ったのか、尋ねたい。そして、善人まで襲ってはいけないと教えたい。それだけなのです」
「え?」
辺境伯家の人々は、話が思わぬ方向に向かったことに気づき、ぽかんとしている。夫人はさすがに口元を覆っているが、夫人の口も、明らかに開いている。
「わたくしを恨むとか、毒蛇を皆殺しにするとか、そういうことではなく?」
夫人の言葉に、オパールははっきりと言った。
「はい。辺境伯家の皆様には恩こそあれ、恨むなんてそんな罰当たりなことを考えたことはありません。それに、蛇にだって神様から与えられたお役目があるのです。ですから、きちんと話し合えば、毒蛇も分かってくれると思うんです」
「蛇と、会話?」
「あら、皆様は会話しないんですか?」
その場の全員が激しく首を横に振った。
「ええっ!」
「オパール」
ジャスパーに声をかけられて、オパールはジャスパーを見た。
「オパールは、蛇と話せるのか?」
「話せるわ。鳥も、馬も、蝶も」
「蝶も?」
「ええ。だから、ジャスパーの言葉を、昨日の蝶たちはたくさん伝えてくれたわ」
「はああっ!?」
ジャスパーの顔が一瞬にして真っ赤になり、嘘だろ、嘘だろ、とその目が泳いでいる。
「私、悪いことをしたのかしら?」
うろたえるジャスパーを見ながら、オブシディアンが大笑いを始めた。
「なあ、オパール。自分の思っていたことを全部自分が魔術で作った蝶に暴露されてうろたえるようなヘタレはやめて、俺の嫁になれよ。動物の声が聞こえるっていうなら諜報にも役立つし、自然界の異変を事前にキャッチして対策がとれる。みんなの役に立てるぜ?」
「ありがたいお言葉ですが、私はオブシディアン様ではなく、ジャスパー様の側にいたいと思います」
「本当に大丈夫か?」
「はい。だって、オブシディアン様は魔術にあまり興味をお持ちではないでしょう? それに、蝶たちが教えてくれたジャスパー様の気持ちが、私にはうれしくて」
ぽっと顔を赤らめたオパールの隣で、ああ、と言いながらジャスパーがテーブルに突っ伏した。辺境伯はなんとも言えないこのカオスな空気の中、空咳をした。
「毒蛇に、我々を襲わないように説得できるのか、オパール」
「多分できると思います。蛇の好きなものを貢げば」
「そうか。ならばオパールも一緒に『竜の涙』を取りに行くといい」
「はい、ありがとうございます!」
「ジャスパー、お前もだ」
「もちろん、オパールに同行します」
まだ顔が上げられないジャスパーの肩を、席を立ったオブシディアンがとんとんとたたいた。
「お前の嫁、すさまじいな」
「ははは……」
オパールが動物たちと話せることは、クリスタルしか知らないのだとオパールは言った。だから、このことも父には言わないでほしいと。
「やはりゴシェナイト氏には話せぬか」
「はい。王都にいた時に知っていたなら、私は見世物小屋の者たちと同じ扱いをされていたでしょうね。もしくは、この能力について知りたいからと、実験対象になっていたかもしれません」
辺境伯には、ゴシェナイトという男がますますわからなくなっていく。常人とは異なる思考だからこそ科学者は新たなものを生み出せるのだとは聞くが、さすがにオパールのことを考えると違和感がぬぐえなかった。
その後カンババとリオナも呼ばれ、「竜の涙」採取に同行することになった。オパールが動物と話せることを知らされたカンババは数秒固まった。とんでもない力だ。
「バリシアに知られないようにしないといけませんねぇ」
口調はのんびりしていたが、内容には強い緊張を覚える。
「カンババ。今日ほどお前がいることを心強いと思ったことはない」
辺境伯の言葉に、カンババはにっと笑った。
「匿っていただいている身だもん、おいら、頑張りますよ」
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