10 互いの気持ち
読みに来てくださってありがとうございます。
投稿が遅くなってしまいました。ごめんなさい。
よろしくお願いいたします。
「集まったか」
いつも誰かが前線の駐屯地にいるはずだが、今日からの二か月のも、普段は騎士団の養成所で所長をしている辺境伯のすぐ下の弟に駐屯地に向かってもらった。見込みのある騎士見習いを15人ほど連れて、実践もかねた訓練という形をとっている。
夫人は席を外している。おそらく主観的になりすぎるだろうからという辺境伯の配慮だ。久しぶりにそろった三人の息子を見て、大きくなったものだと辺境伯は目を細めた。
「今日は需要な話が二件ある。一件目だが、領の南西部のある村で未知の病が確認された。現在村は封鎖し、その代わりに食糧など必要物資は無償で差し入れている。派遣している医師からの報告によれば、罹患者はみな高熱とひどい咳という症状であるという共通点があるが、同様の症状に効く薬が全く効かないということだ」
「結果として見える症状は同じでも、原因が違う。つまり、未知の病気であるというのが医師の見立てと言うことですか」
「そうだ」
オニキスの言葉に、辺境伯が頷いた。
「ゴシェナイト家が今、我が領にいることは不幸中の幸いと言えよう。ゴシェナイト氏には既に新薬と改良薬の制作を命じた。クリスタルがいれば、その薬の効果はほぼ倍になる。つまり、規定量の半分でも薬効が十分に出ると言うことだ」
「父上の情報網の広さには感心するばかりです」
オブシディアンが腕組みしながら言った。
「使えるものは使う。敵になりそうなものは潰す。敵の手にあったら困るものは、先に手に入れる。お前たちも覚えておけ」
「はい」
「それで、父上は薬以外に、病に対して打つ手をお考えですか?」
「もちろんだ。お前たちにはそれぞれ役目を伝える」
三人の息子たちは姿勢を正した。
「オニキス。お前はクリスタルと共にジェットの森へ行き、『竜の涙』を持ち帰れ。持ち帰った『竜の涙』は製薬用と研究用に分け、研究用についてはその成分を分析して同じ内容のものを作らせるのだ」
「かしこまりました」
「オブシディアン。お前はオパールの心に入りこめ」
「は?」
「父上!」
オブシディアンは素っ頓狂な声を出し、ジャスパーは抗議の声を上げた。
「一度しか会ったことのないちびっこの心に入り込むと言うのは、お世話係ということでしょうか?」
「いや、お前とオパールを結婚させようと思う」
「はあ、父上がそうお決めになったのなら構いませんが」
そう言いながら、オブシディアンはジャスパーを見た。実はオブシディアンは、ジャスパーから相談を受けていた。気になる女性がいて、どうしたら距離を縮められるかという、なんとも十代らしい甘酸っぱい相談である。それがジャスパーの初恋であることをオブシディアンは知っていた。そして、その気持ちを応援したいと思っていた。もちろん、ジャスパーの初恋の君がオパールであることも。
「待ってください!」
ジャスパーが必死さを隠さずに父辺境伯に食いついた。
「オパールの気持ちを無視しないでください!」
「ジャスパー、お前だってあの場にいたから聞いていただろう? オパールでも構わないという者なら誰でもよいと」
「納得できません」
「なぜお前が納得する必要があるのだ?」
「僕が、オパールには将来の伴侶になってほしいと思っているからです!」
「ジャスパーが?」
辺境伯は面白いものを見たという顔でジャスパーを見た。
「毎日オパールと一緒に魔法の練習をする中で、僕はオパールの為人をこの中の誰よりも知っていると思っています。オパールは本と魔法に逃げていた僕を否定しなかった。何より、僕の魔法をきれいだって言ってくれた。そんな風に言ってくれる人は、オパールだけなんだ。僕からオパールを取らないでください!」
「だが、オパールはお前のことをどう思っているのだろうな」
「父上……」
「そもそもオニキスはオパールに興味がない。オブシディアンは次男としてこの地に残る。お前は、ジャスパー? お前はこの地に残るのか? それともどこかへ行くのか? この領内から出ていくのなら、貴重な力を持つオパールをお前には託せぬ」
「父上、貴重な力とは?」
オニキスが尋ねた。
「オパールにはどうやら治癒魔力があるらしい」
「なんだって!」
オニキスは目を見開き、オブシディアンが大声を出した。
「知る者はできるだけ少なくしたいから、大きな声を出すな」
オブシディアンは慌てて座り直した。
「オパールの力を搾取するつもりはない。だが、その力を利用しない手はない」
「なるほど、それでオブシディアンに守らせようということですか」
「そうだ。オブシディアンならオパールを守れるだろう。だが、今のジャスパーでは守り切れない。違うか?」
「……っ」
反論したいが反論できないジャスパーは、くやしそうにうつむき、唇をかんだ。
「ジャスパー。それでいいのか?」
オブシディアンが隣に座るジャスパーに声をかけた。
「俺は構わん。誰と結婚しようが父上の決めた相手なら従うまで。別に好いた女もいないからなあ。だがジャスパー、お前、好きな女が兄の妻になる、それでいいのか」
「嫌だ」
ジャスパーは初めて父に自分の気持ちを打ち明けた。
「オパールを守れるような力を必ず手に入れる。だから、オーブ兄上の結婚相手と決めるのは、まだ待ってください」
「オパールの気持ちが大切なんじゃなかったのか?」
「この後、オパールに思いを伝えます」
「断られたら?」
「その時は父上のご命令通り、オーブ兄上にお任せします」
「それでいいのか?」
「そうならないように、思いを伝えます」
「そうか」
辺境伯の口角が上がった。
「ジャスパー。どうしても手放したくないものができた時、人は強くなれる。オパールがお前を受け入れてくれたなら、オパールのためにももっと強くなれ」
「はい」
「では、オパールの件はいったん置いておく。オブシディアン、お前は南西の村に滞在した者や何か変わったものを売った行商人などがいないか調べろ。他から偶然持ち込んだ病なら、その者たちも発病している可能性がある。もし故意に持ち込んだものなら……誰からの贈り物か調べ、しっかりお礼をせねばならん」
「承知しました」
「オパールのことは他言無用。病のこともまだ一部の者しか知らぬ。領内全体に広がる前に、何とかこの病を叩かねばならん。いいな」
「「「は」」」
オニキスとオブシディアンに続いて父の執務室を出ようとしたジャスパーは、父に呼び止められた。
「ジャスパー。オパールはお前の手に余るかもしれん。もし本当に治癒魔力を持っていた場合は、バリシアだけでなく我らの王家まで手を伸ばしてくる可能性もある。王家を敵にすることも考えておけ」
「もしそうなった場合、父上はどうなさいますか?」
「今の王なら、オパールを私利私欲のために使いつぶすだろう。そんなことはさせられん。オパールの才能をつぶそうとした王都の者たちを助ける必要などなかろう」
「独立をお考えですか?」
「我らは長きにわたって傭兵団として各地を渡り歩いた『黒の一族』の末裔だ。領地や身分に価値を置いてはおらぬ」
「わかりました。父上にその覚悟があるのなら、僕も腹を括ります」
部屋を出ていった末っ子も、大人になりつつある。それがうれしくも寂しくも感じるのが父親という存在なのだろうと辺境伯は思った。
★★
「オパール、お待たせ」
ジャスパーの声に、オパールはようやく息をつけるように感じた。「推し」を理解してもらえなかったとガレナはしょげたままだし、シュンとスティーブは目をキラキラさせ、胸を張って警護している。ありがたいのだが、自分はそこまでしていただくような人間ではないと思うと、オパールはこの空間がなんだかむず痒かったのだ。
「オパールに話がある。君たちは一度部屋から出てくれないか?」
三人が部屋の外で待機するのを確認すると、ジャスパーはオパールの前に膝をついた。
「ジャスパー様?」
戸惑うオパールにジャスパーは真剣な目で言った。
「さっき、オパールは僕たち兄弟の誰かと結婚することを了承したよね」
「はい」
「オパールは、僕たちの気持ちを確認してほしいと言ってくれた。だから、伝える。将来の夫には、僕を選んでくれないか。僕は、オパールと一緒にいたい。オパールが頑張って魔法の勉強をする姿を素晴らしいと思うし、僕の魔法をきれいだと言ってくれたことがうれしかった。オパールとなら、僕は僕らしくいられる。いや、もっと強くなろうと思えるし、同じ方向を見ていけると思うんだ。急なことだから指輪も何もないけれど、これを受け取ってほしい」
オパールの顔が真っ赤になっている。だが、何も言わない。ジャスパーはその手から無数の青い蝶を生み出した。青く光りながらオパールを包むように飛び回る姿は、神秘的であり、そしてあの路地裏で震えていたオパールを助けてくれた、あの時のジャスパーを思い起こさせた。
「きれい……」
オパールはそっと手を伸ばした。青い蝶が一羽、オパールの指先に止まった。次の瞬間、蝶はふわりと溶け、オパールの中にやさしい魔力となってオパールの体にしみこんでいった。
温かい魔力だった。同時に「好きだよ」というジャスパーの声にならぬ声も聞こえて、オパールはゆでだこのようになる。
ふわり、ふわりと蝶が舞う。青い蝶はオパールに触れるたびに、温かな魔力とジャスパーの愛の言葉を伝える。
全ての蝶が消えた時、オパールはジャスパーを見た。ジャスパーの瞳が揺れている。
「私もあなたと一緒に、このスヴァルトル領の人々のお役に立たせてくれますか?」
「もちろんだ」
「ずっと、一緒にいてくれますか?」
「死が二人を分かつその日まで、ずっと、ずっと、一緒にいる」
どちらからともなく腕が伸び、互いの手を取り合った。
「ジャスパー様。この手を離さないでください」
「約束する」
ジャスパーの腕にやさしく引かれて、オパールはジャスパーに抱きしめられた。青い蝶たちからもらったのとはまた違う、物理的な温かさと、心の温かさを感じた。ふわりと心が浮き立つような高揚感と、なんとも言えない羞恥心の間で戸惑っていたオパールだったが、思い切ってそっと自分の手を伸ばし、ジャスパーを自分から抱きしめた。一瞬ジャスパーの体がビクリと震えたが、次の瞬間にジャスパーの力が強くなった。
「ありがとう、オパール」
「わたしこそ、ありがとうございます、ジャスパー様」
扉の隙間から覗いていた三人が大きくうなずきながらサムズアップしていたことを、オパールもジャスパーも知らなかった。
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