第53話《対面》
石の床は冷たく、空気は少し湿っていた。
遠くで、ゆっくり鐘が鳴る。
麻袋の口が、そっと開いた。
冷たい風が、頬に触れる。
「……だいじょうぶ?息、できる?」
小さな声。
覗き込んだのは、ナユよりずっと大きいけれど、まだあどけない顔立ちの女の子だった。
髪は青みがかった黒色で、耳が少しだけ尖っている。
淡い青色の光をふくんだ目が、不安そうにゆれる。
女の子は、袋の口を緩めて形を整えた。
息がしやすいように、手早く、でも優しく。
「こわくないよ。すぐに終わるって……言われたの」
声は小さく震えていた。
けれど、手つきは驚くほど丁寧だった。
木の匙に、少しだけ水。
女の子は、指先でナユの口元に水を当てる。
冷たさが、喉を湿らせる。
「名前、ミナ。……わたし、ここで“見てなさい”って言われてるの」
ナユは、目だけでミナを見た。
泣かない。
声も出さない。
ただ、ミナの目をまっすぐ見る。
ミナは、はっとしたように瞬きをした。
それから、ほっとしたように小さく笑う。
「……えらいね。静かに出来るんだ」
ミナは袋のふちをもう一度直し、優しく毛布をかけた。
袖口は継ぎ接ぎだらけで、でも綺麗に洗ってある。
手の甲には小さな傷跡が幾つもあった。
扉の外で、男の声がした。
「様子はどうだ」
「う、うん。泣いてない……」
「そのまま見ていろ。鐘が四つ鳴る前に移す」
足音が遠ざかる。
鐘が、また一つ鳴る。
石の壁に、響く音。
ミナは声をひそめた。
「……こわくない、こわくない。ここにいるから」
ナユの小さな手が、ミナの指を摘んだ。
暖かい。
ミナの目が、少し大きくなる。
「……うん。わかった」
ミナはそっと指を握り返した。
その手つきは、まるで自分に言い聞かせているようでもあった。
鐘が、もう一度だけ鳴った。
夜の空気が、ゆっくり流れていく。
「今日の記録:塔の部屋で“ミナ”と対面。八歳くらい、耳が少しとがっている。水をくれた。めっちゃ優しい。外では『鐘が四つ鳴る前に移す』との声。……日報完了。」




