第52話《鐘塔》
荷車が止まったのは、夜の森を抜けた後だった。
しんと静まり返った空気。
ふいに遠くで――ゴォン……と鐘の音が鳴る。
低く、重たく、胸に響く音。
ナユは目を閉じたまま、その方向を感じ取る。
音の反射。
風の向き。
石の匂い。
――ここは、建物の近くだ。
麻袋の口が開けられ、冷たい空気が流れ込んだ。
まぶたのすき間から、ほんの少し外が見える。
見上げると、崩れかけた塔が一本。
その上に、古い鐘がぶら下がっていた。
「運び込め。傷つけるな、あの方が見ておられる」
男の声がした。
声は低く、どこか急いでいる。
ナユは息を殺しながら、その声の主の足音を数えた。
三人。
重さのある歩き方。
武器を持っている。
袋を持つ手が乱暴に動く。
ナユの体が石の床に置かれる。
硬くて冷たい感触が伝わる。
そのまま、袋の口が少し開いた。
そこから見えたもの――
塔の壁に刻まれた金色の糸の紋章。
王城の紋とは違う。
けれど、形はどこか似ていた。
「この子が本当に“奇跡の子”なのか?」
「知らん。ただ、あの人が確かめたいそうだ」
「王城にも知らせが行く。時間をかけるな」
彼らの声が遠ざかる。
鐘の音がまた、静かに響く。
ゴォン……ゴォン……。
まるで、塔そのものが息をしているみたいだった。
ナユは小さく目を細める。
袋のすき間から見えた天井には、細い光の筋が走っていた。
金糸の紋が、鐘の音に合わせてかすかに光っている。
――これはただの紋じゃない。
何か、魔法的な“仕掛け”だ。
そう感じながらも、ナユは動かない。
ここで下手に動けば、全てが終わる。
今は観察。覚える事が大事。
その時、風が吹いた。
塔の上の鐘が小さく揺れ、
カラン……と優しい音を立てた。
ほんの一瞬、袋の中が明るくなった。
ナユの胸元で、小さな光の粒がひとつ――ふっと灯る。
それはまだ誰にも気づかれていない。
けれど、その光こそが、救いの“はじまり”になるのだった。
「今日の記録:夜。塔の中に連れてこられた。鐘の音が響くたび、壁の金糸の紋が光る。まだ動けないけれど、少しずつ分かってきた……日報完了。」




