第436話《来訪》
数日後。
王立学園の第一訓練場には、朝から普段とは比べものにならない数の生徒が集まっていた。
冒険科。
魔法科。
騎士科。
戦術科。
付呪科。
鍛冶科。
錬金科。
王立学園に存在する七つの学科、その全てが参加する特別合同授業だった。
「本当に全科いるね」
ナユが周囲を見回す。
戦術科では早くも何人かが紙と筆記具を用意し、付呪科の生徒達は持ち込まれるという現役冒険者の装備に興味津々だった。
鍛冶科は武器を直接見られると騒ぎ、錬金科では冒険中に使用する薬品や携行品の話で盛り上がっている。
「現役冒険者を呼ぶ、としか聞かされておりませんものね」
マリエルも周囲を見渡した。
「A級まで来るという噂がありますわ」
「A級か。僕達が実戦を学ぶ相手としては不足ないな」
近くにいたアルベルトが当然のように言う。
「なんでお前が評価する側なんだよ」
カイが呆れた。
「僕は第五階梯を二属性扱えるんだぞ?」
「この前あれだけ色々見た後でも、それ言えるのはすげぇよ」
「僕が優秀である事実まで消えたわけではない!」
アルベルトが胸を張る。
「そこだけは本当に折れないな」
リュードが眼鏡を押し上げた。
少し離れた場所ではリカリーネが鼻で笑い、レナは特に興味もなさそうに立っている。
ティトだけは、朝から落ち着きなく獣耳を動かしていた。
「げ、現役冒険者って……怖い人じゃないよね?」
「みんながみんな怖いわけじゃないよ」
「ナユさんの『怖くない』は最近ちょっと信用できないよぉ……」
「なんで!?」
◆
「おらぁ!!静かにしやがれ小僧ども嬢ちゃんども!!」
轟く声が訓練場を揺らした。
七学科のざわめきが、一瞬で止まる。
短く刈り込んだ赤毛。
鍛え抜かれた身体。
獣のように鋭い眼光。
元S級冒険者、ガルドナ=ヴァリスだった。
「今日は剣振って魔法撃って終わりの授業じゃねぇぞ!」
ガルドナが生徒達を見渡す。
「冒険者ってのはな、戦えりゃいい仕事じゃねぇ!敵を見つける奴、作戦を立てる奴、武器を維持する奴、装備に力を与える奴、薬を用意する奴!全部揃って初めて、生きて帰れる!」
その言葉に、戦術科、付呪科、鍛冶科、錬金科の生徒達まで表情を引き締めた。
「だから今日は七学科全部だ!現場の連中が実際に何を使って、何を考えて、どう生き残ってるのか、その目で見ろ!」
ガルドナが門へ親指を向ける。
「入れ!」
最初に現れたのは四人の冒険者だった。
武器も装備もばらばらなのに、歩いているだけで互いの死角を自然に補っている。
戦術科の生徒達が真っ先に反応した。
「……立ち位置が最初から違う」
「指示を出してないのに、隊形が出来てる……」
周囲から別の声も上がる。
「《極星の旅団》だ!」
「A級パーティー……!」
「その通り!」
ガルドナが笑う。
「A級冒険者パーティー《極星の旅団》!こいつらには連携、判断、役割分担を見せてもらう!戦術科は特に目ぇ開けとけ!」
四人が軽く手を上げる。
ティトはすでにナユの後ろへ半分隠れていた。
「雰囲気が強いよぉ……」
「まだ歩いてきただけだよ?」
◆
「次!《誓いの戦斧》!」
「おう!」
大きな足音が響く。
「久しぶりだな、ナユ!」
「バルゴさん!」
先頭を歩いてきたのは、A級冒険者バルゴ・ハーランド。
だが今回は一人ではなかった。
長弓を背負い、周囲を静かに観察するリゼット・クロウズ。
黒髪に無精髭、気怠そうな顔をした魔法使いダリオ・グレイス。
そして淡い栗色の髪をした、穏やかな雰囲気のノエラ・ハース。
最後に、少し控えめな位置から日村依子が続く。
「これがA級パーティー《誓いの戦斧》だ!」
ガルドナが順に指を向ける。
「バルゴが前を受ける!リゼットが敵と地形を見る! ダリオが魔法で戦場を作る!ノエラが治して守って、ヤバけりゃ撤退を決める!」
「相変わらず説明が雑ね」
リゼットが冷たく言う。
「間違ってはいない」
ダリオは眠そうに欠伸をした。
「付呪科と鍛冶科はこいつらの装備もよく見ろ!綺麗な新品じゃねぇぞ!何度も修理して、使いやすいよう弄って、現場に合わせて生き残ってきた道具だ!」
鍛冶科の視線が一斉に武器へ向く。
「錬金科はノエラに後で聞け!遠征で何をどれだけ持つか、それを間違えりゃ魔物と会う前に死ぬぞ!」
「随分と仕事を増やしますね」
ノエラは穏やかに笑った。
「そして見習い!日村依子!」
「だから大声で見習いって言わないでよ!」
「日村さん!」
ナユが手を振る。
「久しぶり、ナユ」
現在D級。
依子は《誓いの戦斧》の見習いとして、バルゴ達から実戦を学んでいる最中だった。
「依子!今日はしっかりやれよ!」
「分かってる。それよりバルゴ」
「ん?」
「襟、折れてる」
依子が手を伸ばし、バルゴの襟元を直す。
「おう、悪いな」
「別に」
「…………チッ」
小さな音が響いた。
全員がノエラを見る。
「何です?」
「今、舌打ちしなかった?」
依子が聞く。
「してません」
「しただろ?」
バルゴも首を傾げる。
「してません」
笑顔だった。
何故か妙に怖かった。
「色恋の気配を感じると機嫌が――」
「ダリオ?」
「何でもない」
◆
「本当ならな!」
ガルドナが再び声を張る。
「S級《銀翼》アシュリーと、SS級《雷神》シグにも声はかけた!」
訓練場が一気にざわつく。
「《銀翼》!?」
「《雷神》まで!?」
「だが二人とも別件で手が離せねぇ!今回は来られん!」
「そりゃそうだろ……」
カイが呟いた。
「むしろ本当に声をかけたことの方が驚きだ」
リュードも頷く。
「声かけるだけならタダだ!」
「お前はそればかりだな」
オルフェンが額を押さえた。
「で、だ」
ガルドナがにやりと笑う。
「もう一人いる」
教師陣の空気が変わった。
オルフェンが僅かに目を細める。
「……本当に来たのか」
「来た!」
門の向こうから、静かな足音が聞こえた。
アッシュブロンドの長髪。
腰には片手剣。
左腕には小盾。
豪華な鎧も、巨大な武器もない。
それなのに、《極星の旅団》も《誓いの戦斧》も、何も言われず道を空けた。
「……先輩」
男がガルドナを見る。
「相変わらず声が大きい」
「はっはっは!久しぶりだな、アズライト!」
「アズライト……?」
アルベルトが眉を寄せる。
近くにいた教師が息を呑んだ。
「アズライト・オーヴェル……世界で唯一のSSS級冒険者」
「SSS級!?」
カイの声が裏返る。
「そんな階級、本当に存在したのか?」
リュードまで目を見開いた。
ガルドナが大きく腕を広げた。
「世界でただ一人!SSS級冒険者――《戦鬼》アズライト・オーヴェルだ!」
七学科全体に、どよめきが走った。
だが当人は気にした様子もなく、静かに生徒達を見渡している。
「アズライト!」
「何だ、先輩」
「手紙に書いた面白ぇ生徒があいつだ!」
ガルドナがナユを指差した。
「えっ!?私!?」
アズライトがナユを見る。
「……お前がナユか」
「あ、はい!」
「先輩から、面白い生徒がいるとは聞いた」
それだけだった。
ナユが何者なのか。
何をしてきたのか。
アズライトはまだ知らない。
「それと、ナユタに詳しいとも聞いた」
「詳しいよ!」
「一つ聞きたい」
「なに?」
世界唯一のSSS級が何を尋ねるのかと、周囲が静かになる。
アズライトは真剣な顔で口を開いた。
「ナユタで一番うまい甘味は何だ?」
「そこ!?」
ナユの声が訓練場いっぱいに響いた。
「ぶはははははは!!」
ガルドナが腹を抱える。
「お前まだ甘いもん追っかけてんのか!」
「重要だ」
「何がだ!」
「人生に」
「真顔で言うな!」
「いっぱいあるよ!」
ナユが嬉しそうに身を乗り出す。
アズライトの瞳が、ほんの僅かに輝いた。
「授業が終わったら教えてくれ」
「うん!」
アルベルトは呆然とその光景を眺めていた。
「……世界唯一のSSS級が」
「ああ」
カイが頷く。
「甘い物の話してるな」
「強さと嗜好は別問題だ」
リュードが冷静に結論づけた。
《極星の旅団》。
《誓いの戦斧》。
そして、唯一のSSS級《戦鬼》。
七学科の生徒達を前に、現役冒険者達が揃った。
ガルドナは満足そうに全員を見渡すと、獰猛に笑った。
「さあ小僧ども嬢ちゃんども!」
「戦闘だけが冒険じゃねぇ!七学科まとめて、現場って奴を叩き込んでもらえ!!」
◆
「今日の記録:七つの学科全部が参加する特別合同授業です。《極星の旅団》のみなさん、《誓いの戦斧》のみなさんと見習いの日村さん、それから唯一のSSS級《戦鬼》アズライトさんまで来ました。アシュリーさんとシグさんは忙しくて来られないそうです。アズライトさんにはナユタのおいしい甘い物を聞かれました。授業が終わったらいっぱい教えてあげようと思います。日報完了」




