第435話《怪談》
「――夜の王立学園にはね、自分とまったく同じ姿をしたものが出るんだって」
昼休み。
冒険科の教室は、なぜか昼間とは思えないほど暗かった。
窓という窓にはカーテンが引かれ、教室の中央には机が寄せられている。
そこを囲むように、ナユ、リカリーネ、マリエル、ルゥ、メリア、ティト、レナが座っていた。
ナユの肩にはレム。
ルゥの肩にはリフィ。
そして何故か。
「……なんで僕達まで参加しているんだ?」
アルベルト、カイ、リュードまでいた。
「知らないよ?」
ナユが首を傾げる。
「廊下通ったらルゥに捕まった」
カイが不満そうに答える。
「人数が多い方が怪談は楽しいからね!」
ルゥは満面の笑みだった。
「僕まで巻き込むな!」
「でもアルベルト、帰らなかったじゃん」
「べ、別に興味があったわけじゃない!」
そう言いながら、アルベルトはしっかり席についてマリエルをチラチラと見ている。
◆
話を続けたのはメリアだった。
「これは昔から学園に伝わっている話らしいわ」
「本当に?」
「記録に残っているわけじゃないから、あくまで噂よ」
メリアは眼鏡を押し上げる。
「夜遅くまで学園に残っていた生徒が、廊下の向こうに誰かがいるのを見つけた」
ティトの獣耳がぴくりと動く。
「や、やめない……?」
「まだ始まったばかりだよ」
「もう十分怖いよぉ……」
メリアは構わず続けた。
「その生徒が近づくと、向こうにいた人物も近づいてきた」
「鏡じゃねぇの?」
カイが言う。
「廊下よ」
「じゃあ別の生徒だろ」
「本人と同じ顔だったそうよ」
「…………」
カイが黙った。
「同じ服。同じ髪。同じ声。そして、その生徒が右手を上げると――向こうも右手を上げた」
「鏡じゃん!」
「だから廊下だって言ってるでしょ!」
メリアが睨む。
「それで?」
レナだけはまったく表情を変えない。
「本人が『誰だ』って聞いたらしいの」
メリアが少し声を落とした。
「向こうも、まったく同じ声で――」
『誰だ』
「ひぃっ!?」
ティトが椅子から飛び上がった。
「リフィ!!」
『えへへ!』
犯人はリフィだった。
「や、やめてよぉ!」
「ごめんごめん!」
ルゥとリフィが笑う。
アルベルトは鼻で笑った。
「くだらない。そんなもの、ただの作り話に決まっている」
「アルベルト君、手震えてない?」
「震えてない!」
「震えてますわよ」
「マリエル嬢まで!?」
◆
「で、その“もう一人”はどうなったのよ」
リカリーネが頬杖をつく。
「それが分からないの」
「は?」
「その生徒は怖くなって逃げた。でも翌日、同じ場所へ行っても何もなかった」
「なんだ」
「ただし」
メリアが続ける。
「それから時々、学園では『自分を見た』っていう噂が出るようになったそうよ」
「自分を?」
ナユが聞き返す。
「本人が絶対に行っていない場所で、別の生徒がその人を見たとか。話しかけても返事をしなかったとか。逆に、本人とまったく同じように喋ったとか」
「……写し身、みたいね」
レムがぽつりと言った。
「写し身?」
「自分を映したようなものって意味よ」
レムはそれ以上説明しなかった。
ただ、ほんの少しだけ興味深そうに笑っていた。
「もし私の写し身が出たら」
リカリーネが拳を握る。
「殴る」
「なんで!?」
「私なら避けるでしょ」
「自分と戦う前提なの!?」
「じゃあ殴られるかどうか試せば、本物か分かる」
「リカちゃん基準にしないで!」
マリエルが呆れたように息を吐く。
「わたくしなら、まず会話を試みますわ」
「マリエル嬢!さすがです!」
「あなたは黙っていてくださる?」
「はい!」
アルベルトの返事だけは速かった。
◆
「でもさ」
ルゥが悪い顔をする。
「本当に今、この教室にも一人増えてたりして」
「え?」
ティトが硬直した。
「最初、何人いたっけ?」
「やめて!」
「ナユ、リカリーネ、マリエル、メリア、ティト、ボク、レナ……」
ルゥがわざとゆっくり数える。
「アルベルト、カイ、リュード。それからレムとリフィ」
「ちゃんといるじゃない!」
「本当に?」
「何が!?」
ティトが半泣きになっている。
その時。
教室の奥から。
コトン。
小さな音がした。
「…………」
全員が止まった。
「い、今の何だ?」
カイが小声になる。
「机じゃないか?」
リュードが答える。
「誰も触ってないぞ」
「風ですわ」
「カーテン閉まってるよ?」
「…………」
マリエルも黙った。
アルベルトが立ち上がる。
「ま、まあいい!僕が確認してやろう!」
「アルベルト、行くのか?」
「当然だ!王家に連なるローゼンハイム公爵家の人間が、怪談ごときに――」
ガタンッ!!
「うわああああっ!!」
アルベルトがカイへ抱きついた。
「お前が一番叫んでるじゃねぇか!!」
「い、今のは驚いただけだ!」
「俺の首締めるな!」
「離れろ!」
リュードが二人を引き剥がす。
レナは冷めた目で見ていた。
「騒がしいな」
「レナは怖くないの!?」
「何がだ」
「怪談!」
「敵なら斬る。敵でないなら放っておけばいい」
「リカちゃんと発想近い!」
「私は殴るけど」
「そこ張り合わなくていいから!」
◆
そして、その時!!
勢いよく教室の扉が開いた。
「こんな暗くして何してるのかな〜?」
「ぎゃああああああああっ!!」
ティト。
アルベルト。
カイ。
そして何故かルゥまで叫んだ。
「わあっ!?」
ナユも肩を跳ねさせる。
扉の前には、小柄な少女。
リュミエル先生が立っていた。
「……先生?」
「はーい!」
リュミエルはにこにこと笑いながら教室を見回す。
「昼休みにカーテン全部閉めて、何してるのかなーって思ったら」
机の上を見る。
「怪談?」
「うん!」
ルゥが答える。
「学校の怪談を話してたんだ!」
「へえー!」
リュミエルの瞳が輝く。
「先生も混ぜて!」
「先生、こういうの好きなの?」
「大好き!」
ティトの顔から血の気が引いた。
「せ、先生まで参加するのぉ……?」
「もちろん!」
リュミエルは空いていた椅子を引き寄せる。
「先生ねー、この学園でものすっごく怖い話、いくつか知ってるよ?」
「帰る!」
ティトが即座に立ち上がった。
「駄目ー!」
「昼休み終わるまでには帰してぇぇぇ!」
教室に笑い声が広がる。
窓の外には、明るい昼の光。
怪談など似合わない、ごく普通の昼休みだった。
ただ。
誰もいない廊下の窓に。
一瞬だけ。
教室の中にはいないはずの誰かの姿が映ったことには――。
まだ、誰も気づいていなかった。
◆
「今日の記録:昼休みにみんなで学校の怪談をしました。自分と同じ姿の人が現れる話はちょっと怖かったです。ティトとアルベルト君達はかなり怖がっていました。最後にリュミエル先生が急に入ってきた時は、私もびっくりしました。でも先生まで怪談好きだったなんて……次はもっと怖くなりそうです。日報完了」




