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第435話《怪談》

「――夜の王立学園にはね、自分とまったく同じ姿をしたものが出るんだって」


 昼休み。

 冒険科の教室は、なぜか昼間とは思えないほど暗かった。


 窓という窓にはカーテンが引かれ、教室の中央には机が寄せられている。

 そこを囲むように、ナユ、リカリーネ、マリエル、ルゥ、メリア、ティト、レナが座っていた。


 ナユの肩にはレム。

 ルゥの肩にはリフィ。


 そして何故か。


「……なんで僕達まで参加しているんだ?」


 アルベルト、カイ、リュードまでいた。


「知らないよ?」


 ナユが首を傾げる。


「廊下通ったらルゥに捕まった」


 カイが不満そうに答える。


「人数が多い方が怪談は楽しいからね!」


 ルゥは満面の笑みだった。


「僕まで巻き込むな!」


「でもアルベルト、帰らなかったじゃん」


「べ、別に興味があったわけじゃない!」


 そう言いながら、アルベルトはしっかり席についてマリエルをチラチラと見ている。



 話を続けたのはメリアだった。


「これは昔から学園に伝わっている話らしいわ」


「本当に?」


「記録に残っているわけじゃないから、あくまで噂よ」


 メリアは眼鏡を押し上げる。


「夜遅くまで学園に残っていた生徒が、廊下の向こうに誰かがいるのを見つけた」


 ティトの獣耳がぴくりと動く。


「や、やめない……?」


「まだ始まったばかりだよ」


「もう十分怖いよぉ……」


 メリアは構わず続けた。


「その生徒が近づくと、向こうにいた人物も近づいてきた」


「鏡じゃねぇの?」


 カイが言う。


「廊下よ」


「じゃあ別の生徒だろ」


「本人と同じ顔だったそうよ」


「…………」


 カイが黙った。


「同じ服。同じ髪。同じ声。そして、その生徒が右手を上げると――向こうも右手を上げた」


「鏡じゃん!」


「だから廊下だって言ってるでしょ!」


 メリアが睨む。


「それで?」


 レナだけはまったく表情を変えない。


「本人が『誰だ』って聞いたらしいの」


 メリアが少し声を落とした。


「向こうも、まったく同じ声で――」


『誰だ』


「ひぃっ!?」


 ティトが椅子から飛び上がった。


「リフィ!!」


『えへへ!』


 犯人はリフィだった。


「や、やめてよぉ!」


「ごめんごめん!」


 ルゥとリフィが笑う。


 アルベルトは鼻で笑った。


「くだらない。そんなもの、ただの作り話に決まっている」


「アルベルト君、手震えてない?」


「震えてない!」


「震えてますわよ」


「マリエル嬢まで!?」



「で、その“もう一人”はどうなったのよ」


 リカリーネが頬杖をつく。


「それが分からないの」


「は?」


「その生徒は怖くなって逃げた。でも翌日、同じ場所へ行っても何もなかった」


「なんだ」


「ただし」


 メリアが続ける。


「それから時々、学園では『自分を見た』っていう噂が出るようになったそうよ」


「自分を?」


 ナユが聞き返す。


「本人が絶対に行っていない場所で、別の生徒がその人を見たとか。話しかけても返事をしなかったとか。逆に、本人とまったく同じように喋ったとか」


「……写し身、みたいね」


 レムがぽつりと言った。


「写し身?」


「自分を映したようなものって意味よ」


 レムはそれ以上説明しなかった。


 ただ、ほんの少しだけ興味深そうに笑っていた。


「もし私の写し身が出たら」


 リカリーネが拳を握る。


「殴る」


「なんで!?」


「私なら避けるでしょ」


「自分と戦う前提なの!?」


「じゃあ殴られるかどうか試せば、本物か分かる」


「リカちゃん基準にしないで!」


 マリエルが呆れたように息を吐く。


「わたくしなら、まず会話を試みますわ」


「マリエル嬢!さすがです!」


「あなたは黙っていてくださる?」


「はい!」


 アルベルトの返事だけは速かった。



「でもさ」


 ルゥが悪い顔をする。


「本当に今、この教室にも一人増えてたりして」


「え?」


 ティトが硬直した。


「最初、何人いたっけ?」


「やめて!」


「ナユ、リカリーネ、マリエル、メリア、ティト、ボク、レナ……」


 ルゥがわざとゆっくり数える。


「アルベルト、カイ、リュード。それからレムとリフィ」


「ちゃんといるじゃない!」


「本当に?」


「何が!?」


 ティトが半泣きになっている。


 その時。


 教室の奥から。


 コトン。


 小さな音がした。


「…………」


 全員が止まった。


「い、今の何だ?」


 カイが小声になる。


「机じゃないか?」


 リュードが答える。


「誰も触ってないぞ」


「風ですわ」


「カーテン閉まってるよ?」


「…………」


 マリエルも黙った。


 アルベルトが立ち上がる。


「ま、まあいい!僕が確認してやろう!」


「アルベルト、行くのか?」


「当然だ!王家に連なるローゼンハイム公爵家の人間が、怪談ごときに――」


 ガタンッ!!


「うわああああっ!!」


 アルベルトがカイへ抱きついた。


「お前が一番叫んでるじゃねぇか!!」


「い、今のは驚いただけだ!」


「俺の首締めるな!」


「離れろ!」


 リュードが二人を引き剥がす。


 レナは冷めた目で見ていた。


「騒がしいな」


「レナは怖くないの!?」


「何がだ」


「怪談!」


「敵なら斬る。敵でないなら放っておけばいい」


「リカちゃんと発想近い!」


「私は殴るけど」


「そこ張り合わなくていいから!」



 そして、その時!!


 勢いよく教室の扉が開いた。


「こんな暗くして何してるのかな〜?」


「ぎゃああああああああっ!!」


 ティト。


 アルベルト。


 カイ。


 そして何故かルゥまで叫んだ。


「わあっ!?」


 ナユも肩を跳ねさせる。


 扉の前には、小柄な少女。


 リュミエル先生が立っていた。


「……先生?」


「はーい!」


 リュミエルはにこにこと笑いながら教室を見回す。


「昼休みにカーテン全部閉めて、何してるのかなーって思ったら」


 机の上を見る。


「怪談?」


「うん!」


 ルゥが答える。


「学校の怪談を話してたんだ!」


「へえー!」


 リュミエルの瞳が輝く。


「先生も混ぜて!」


「先生、こういうの好きなの?」


「大好き!」


 ティトの顔から血の気が引いた。


「せ、先生まで参加するのぉ……?」


「もちろん!」


 リュミエルは空いていた椅子を引き寄せる。


「先生ねー、この学園でものすっごく怖い話、いくつか知ってるよ?」


「帰る!」


 ティトが即座に立ち上がった。


「駄目ー!」


「昼休み終わるまでには帰してぇぇぇ!」


 教室に笑い声が広がる。


 窓の外には、明るい昼の光。


 怪談など似合わない、ごく普通の昼休みだった。


 ただ。


 誰もいない廊下の窓に。


 一瞬だけ。


 教室の中にはいないはずの誰かの姿が映ったことには――。


 まだ、誰も気づいていなかった。



「今日の記録:昼休みにみんなで学校の怪談をしました。自分と同じ姿の人が現れる話はちょっと怖かったです。ティトとアルベルト君達はかなり怖がっていました。最後にリュミエル先生が急に入ってきた時は、私もびっくりしました。でも先生まで怪談好きだったなんて……次はもっと怖くなりそうです。日報完了」

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