第433話《酒宴》
合同授業が終わった、その日の夜。
王立学園の職員棟。
普段なら書類と教材が積まれている一室に、今夜だけは酒と料理が並んでいた。
「……改めて見ると、とんでもない一日だったな」
オルフェンがグラスを傾けながら、机の上に置かれた記録用紙へ目を落とす。
そこには今日の模擬戦で確認された生徒達の評価が、細かく書き込まれていた。
「アルベルト・フォン・ローゼンハイム」
最初に目に留まった名前を読み上げる。
「十歳で第五階梯を扱い、雷と炎の二属性。制御も悪くない」
「カイとリュードも十分上物だな」
向かいに座るガルドナが、肉を豪快に齧りながら答える。
「第四階梯に剣術と槍術だろ?普通なら三人まとめて将来有望で終わる話だ」
「ああ」
オルフェンは頷いた。
「普通なら、な」
ページをめくる。
リカリーネ。
第六階梯。
ユニークスキル《炎醒》。
マリエル。
雷と水。
そして第七階梯級の独自複合魔法。
さらに。
ナユ=ハルメリア。
「……第八階梯まで到達したか」
オルフェンが小さく息を吐く。
「一度しか成功していなかった《レイ・カリバー》を、今日の戦闘で完全に成立させた」
「その前に空飛んで、爆発までさせてたじゃねぇか」
ガルドナが笑う。
「冒険科ってのはいつから魔法科より魔法撃つようになったんだ?」
「俺に聞くな」
「担任に聞けよ」
二人の視線が同時に横へ向いた。
そこには。
「ん~~~!」
頬をほんのり赤く染めたリュミエルがいた。
片手には料理。
もう片方には――一升瓶。
「今日のお酒おいしー!」
完全に出来上がっていた。
「……担任はあれだ」
オルフェンが無表情で言う。
「聞くだけ無駄だな」
「失礼だなぁ!」
リュミエルが一升瓶を抱えたまま頬を膨らませる。
「先生だってちゃんと生徒のこと見てたよ!」
「酒を置いてから言え」
「嫌!」
「即答か」
ガルドナが豪快に笑った。
「はっはっは!相変わらず飲むなぁ、嬢ちゃん!」
「まだ全然だよー!」
「それ何本目だ?」
「えーっと……」
リュミエルが指を折り始める。
一。
二。
三。
途中で止まった。
「忘れた!」
「忘れるほど飲むな!!」
ガルドナの怒鳴り声が部屋に響いた。
◆
「しかしよ」
しばらくして、ガルドナが酒杯を置いた。
「今日の連中は面白かったな」
「珍しく評価が高いな」
「馬鹿言え。いい奴はちゃんと褒めるさ」
ガルドナは背もたれへ体重を預ける。
「アルベルト達だって十分だ。あの歳であそこまで出来りゃ、冒険者ギルドでも目をつける」
「本人達もそれを分かっているから、自信過剰になっている節がある」
「ガキなんざそんなもんだ」
ガルドナは鼻で笑った。
「鼻っ柱は折れたみてぇだけどな」
「物理的にな」
「リカリーネだったか?」
「ああ」
「顔面を三人まとめて?」
「ああ」
「はっはっはっはっは!」
机を叩いて笑う。
「笑い事ではない」
「いや、笑うだろ!」
「処分した側の身にもなれ」
オルフェンは額を押さえた。
「だが――」
その表情が僅かに変わる。
「俺も予想以上だった」
「ほう?」
「アルベルト達の才能は十分に高い。それを、同年代の連中があれほど当然のように超えていくとはな」
リカリーネ。
マリエル。
ナユ。
そして最後に遅れて現れたレナ。
「レナも異常だったな」
「鎧を瞬時に変えながら戦った奴か」
「ああ。リュミエルの通常状態を攻略した」
「それも大概だな」
「本人は平然としていたがな」
二人は再びリュミエルを見る。
今度は一升瓶から直接飲んでいた。
「ぷはー!」
「お前も大概だ!」
ガルドナが叫ぶ。
「何がー?」
「戦闘力だよ!」
「あー」
リュミエルは酔った顔のまま笑う。
「みんな強くなったよねー!」
「お前の話だ」
「先生?」
「ナユ相手にあれだけやって、まだ笑ってやがっただろ」
「楽しかったから!」
「精霊憑依まで使ったそうだな」
「うん!」
リュミエルは嬉しそうに頷いた。
「ナユちゃん、いっぱい新しい魔法見せてくれたんだよー!」
何故か自分のことより、生徒の魔法の話で目を輝かせている。
「《イグニッション》も面白かったしー、《スカイハイ》も良かったしー、それから《レイ・カリバー》もね!」
「……本当に魔法好きだな、お前」
「大好き!」
リュミエルはまた一杯注いだ。
◆
「よし」
ガルドナが突然、立ち上がった。
「決めた」
「何をだ」
「次の合同授業だよ」
酒気を帯びていた目が、冒険者だった頃の鋭さへ変わる。
「学園の教師や生徒同士だけじゃ足りねぇ」
「というと?」
「現役を呼ぶ」
オルフェンが目を細めた。
「冒険者ギルドか」
「ああ」
ガルドナがにやりと笑う。
「実戦で飯食ってる連中に、今のガキ共を揉ませる」
「面白そう!」
リュミエルが即座に食いついた。
「お前は酒を飲め」
「もう飲んでる!」
「知っている」
ガルドナは指を折りながら考える。
「《極星の旅団》には声をかける。バルゴも呼べるなら呼ぶ」
「《誓いの戦斧》か」
「そうだ」
「十分すぎる面子だな」
「それとな」
ガルドナが、少しだけ悪い顔をした。
「時間が合えば――アズライトにも声かけてみるか」
部屋が止まった。
「…………」
オルフェンがゆっくり顔を上げる。
他の教師達も、酒杯を持ったまま固まっていた。
「今、誰と言った?」
「アズライト・オーヴェル」
ガルドナは何でもないことのように答える。
「まさか……」
教師の一人が息を呑む。
「唯一のSSS級――」
「《戦鬼》……!?」
部屋の空気が一気にざわめいた。
「呼べるのか!?」
「知らん!」
「知らんのか!」
「だから時間が合えばって言っただろ!」
ガルドナが豪快に笑う。
「ま、声かけるだけならタダだ!」
「授業にSSS級を呼ぼうとするな!」
「面白ぇじゃねぇか!」
教師達の声が飛び交う。
その横で。
「SSS級かぁ……」
リュミエルが一升瓶を揺らしながら、にこにこと笑った。
「それは先生も見てみたいなー!」
「お前は戦う気か?」
「え?」
「戦うなよ」
「まだ何も言ってないよー?」
「顔に書いてある」
酒盛りは、それからもしばらく続いた。
そして誰もまだ知らない。
ガルドナの思いつきから始まる次の合同授業が、さらに大きな騒ぎへ繋がっていくことを。




