第432話《舞装》
アルベルト達が訓練場の隅で頭を抱えていた頃。
第一訓練場の入口に、一人の少女が姿を現した。
「……遅れた」
「レナさん!」
ナユが手を振る。
「定例会議、終わったの?」
「ああ。少し長引いた」
遠隔魔法による魔王との定例会議を終え、レナはようやく学園へ戻ってきたところだった。
もっとも、その相手が誰なのかを知っているのはナユだけだ。
「定例会議?」
アルベルトが眉を寄せる。
レナはアルベルトを一瞥した。
だが、それだけだった。
興味を失ったように、そのまま視線を外す。
「おいっ!!」
「……何故お前のような者に答えないといけないのだ?」
「なっ……!」
レナはそれ以上興味を示さず、見学場所へ向かおうとする。
「レーナーちゃーん!」
その肩を、後ろからがしっと掴まれた。
「…………」
振り返る。
満面の笑顔のリュミエルがいた。
「捕まえた!」
「離せ」
「駄目!」
「私はパスだ」
「授業をパスしない!」
「会議の後だ。疲れている」
「先生もいっぱい戦ったよ!」
「なら休め」
「正論っぽく逃げないで!」
オルフェンが記録用紙から目を上げる。
「レナ」
「何だ」
「受けろ」
「……了解」
諦めるまでが早かった。
◆
演習区画の中央で、レナが剣を抜く。
「早く終わらせる」
「うんうん!先生も楽しみ!」
「私は楽しみではない」
「冷たい!」
開始の合図が響く。
「鎧装召威――風纏いの軽装」
魔力が身体を包み、軽装へ変わる。
「《飛翔》」
レナが跳んだ。
高く舞い上がった身体が、そのままリュミエルの頭上へ落ちる。
鋭い斬撃。
「いいね!」
リュミエルが横へ滑る。
レナは着地と同時に剣を振るった。
「《跳牙》」
斬撃が飛ぶ。
かわされた瞬間。
「舞装――《ストライダー》」
装備が切り替わる。
一歩で間合いを潰す。
「《二連》」
一撃。
二撃。
流れるような連撃を、リュミエルが紙一重でかわした。
「速いねー!」
「まだだ」
「舞装――剣舞の戦装」
構えまで変わる。
「《旋風》」
周囲を薙ぐ剣閃。
リュミエルが後方へ跳ぶ。
「装備だけじゃなくて、剣まで変わるんだ!」
「状況に合わせているだけだ」
「先生、それ好き!」
「そうか」
「反応薄い!」
◆
「《ダーク・スフィア》!」
闇球が連続して飛ぶ。
「舞装――城塞の重鎧」
重装がレナを覆った。
「《破撃》」
闇球を剣で弾く。
続く《シャドウ・グリップ》へ刃を合わせる。
「《返剣》」
受け流した勢いのまま、斬り返す。
「わっ!」
リュミエルの袖が僅かに裂けた。
「当たった!」
本人が一番嬉しそうだった。
「何故お前が喜ぶ」
「だって先生に当てたんだよ?」
レナは返事もせず次へ移る。
「舞装――潜影の装束」
「《ダークミスト》!」
黒い霧が広がる。
その中へレナの姿が溶けた。
気配が消える。
背後。
斬撃。
かわされる。
次は左。
さらに正面。
「面白い!」
「なら、付き合え」
霧の中で剣だけが走る。
◆
速さなら《ヴェント》。
直線の踏み込みなら《ストライダー》。
連撃なら《ヴァルツ》。
受けるなら《バスティオン》。
潜むなら《シェイド》。
リュミエルが対応するたび、レナは装備と剣術を切り替えた。
戦うほどに、逃げ道が削られていく。
「……先生が追い込まれてますわ」
マリエルが目を細める。
「レナさんは相手を見るのが上手なんだよ」
ナユが答える。
「剣術だけじゃない。装備を変えるたびに、その装備に一番合う戦い方へ変えてる」
リカリーネも腕を組んだまま戦いを見つめる。
やがて。
リュミエルの足が、一瞬だけ止まった。
レナは見逃さない。
「舞装――断界の黒鎧」
漆黒の装甲が全身を覆う。
オルフェンが即座に告げた。
「結界出力を上げろ」
剣身が震える。
振動は急激に増し、刀身そのものが黒く染まっていく。
「《黒剣》」
空気が鳴いた。
ここまでの攻防で、回避する方向も、踏み込む癖も読み切った。
もう逃げ道はない。
「これで終わりだ」
渾身の一閃。
黒い刃がリュミエルの眼前へ迫る。
「うん」
それでも、リュミエルは笑っていた。
「今の先生なら、負けてたね」
次の瞬間。
「精霊憑依」
闇が、一瞬だけ弾けた。
ぴたり。
「……何?」
《黒剣》が止まった。
リュミエルの人差し指と中指。
たった二本の指に挟まれていた。
超振動する刃が、びくりとも動かない。
「指で……?」
アルベルトが目を疑う。
ナユとの戦いで見た、あの圧倒的な強化。
それをリュミエルは、ほんの一瞬だけ使ったのだ。
「すっごかったよ、レナちゃん!」
「なら止めるな」
「先生も負けたくないもん!」
「大人気ないな」
「先生だからね!」
「意味が分からん」
闇が消える。
リュミエルが指を離すと、レナも《黒剣》を解除した。
「……あれを最初から使われたら、私では勝てないな」
「でも《精霊憑依》なしの先生には勝ってたよ!」
「慰めはいらない」
「褒めてるのに!」
◆
「また化け物が増えた……」
アルベルトが呆然と呟く。
「レナさんですからね」
ナユは普通に頷いた。
「その説明で納得できるか!」
「俺、この学校に来てから自信なくなってきたぞ」
カイが遠い目をする。
「奇遇だな。僕もだ」
リュードまで続いた。
レナは三人を一瞥する。
「何だ、あれは」
「転入生だよ」
「そうか」
興味はそこで尽きたらしい。
レナはそのまま出口へ歩き出す。
「レナちゃん!授業まだ終わってないよ!」
「私は戦った」
「待ってー!」
呼び止める声にも振り返らなかった。
◆
「今日の記録:定例会議で遅れていたレナも模擬戦をしました。鎧を次々と変えながら戦うレナはすごかったです。最後は《黒剣》で先生を追い詰めました。でも先生が一瞬だけ《精霊憑依》したら、黒剣を指二本で止めてしまいました。……先生の指ってどうなってるんだろう? 日報完了」




