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第431話《尺度》

 ナユの戦闘が終わったあと。

 第一訓練場の隅には、奇妙な三人組がいた。


「…………」


 アルベルトは無言だった。


「…………」


 カイも無言だった。


「…………」


 リュードも無言だった。


 三人揃って、先ほどまでナユとリュミエルが戦っていた演習区画を眺めている。


 最初に口を開いたのはカイだった。


「なあ」


「何だ」


「俺達、強いよな?」


 アルベルトの眉がぴくりと動く。


「当然だろう」


「だよな?」


「僕は第五階梯を二属性だぞ」


「俺だって第四階梯に剣術だ」


「僕も第四階梯と槍術を修めている」


 リュードも淡々と付け加える。


 三人は顔を見合わせた。


「…………」


 そして再び黙った。


「じゃあ何だったんだ、あれ」


 カイが演習区画を指差した。


「僕に聞くな!」


 アルベルトが珍しく声を荒らげる。


「まず、あの赤髪だ!」


「リカリーネか」


「名前を冷静に言うな!」


「同じ魔法科だからな」


「僕も同じ魔法科だ!」


「お前は寝ていた」


「それはもういい!」


 アルベルトの額に青筋が浮かぶ。


「第六階梯だぞ!?」


「そうだな」


「しかも七歳の頃には使えていたとか、あの冒険科の奴が言っていたぞ!」


「ナユだ」


「名前は知っている!」


 リュードは眼鏡を押し上げた。


「さらに《炎醒プロミネンス》とかいう固有能力まで持っている」


「言うな!」


「事実だ」


「僕の心を守れ!」


「知らん」


 カイが鼻を擦る。


「……俺、昨日あいつに殴られたんだよな」


「僕もだ!」


「僕もだ」


 三人の視線が揃う。


 しばしの沈黙。


「なんで俺達、あんな奴に喧嘩売ったんだ?」


「僕達じゃない!」


 リュードが即座にアルベルトを見る。


「発端はお前だ」


「裏切るな!」



「だが!」


 アルベルトが勢いよく立ち上がる。


「リカリーネは一歳上だ!」


「お?」


「一歳だぞ!」


「だから?」


「一年あれば僕だって第六階梯くらい――」


「次はマリエル嬢だったな」


 リュードが遮った。


「…………」


 アルベルトが座った。


「第七階梯級」


「…………」


「雷と水の複合魔法」


「…………」


「しかも独自魔法エレクトメサイア


「やめろ」


「事実だ」


「やめろと言っている!」


 だが、アルベルトの脳裏には先ほどの光景が鮮明に残っていた。


 水を操り、雷を走らせ、二つの属性で戦場そのものを支配していたマリエル。


 最後に放った《エレクトメサイア》は美しかった。


「……マリエル嬢」


 アルベルトが頬を赤くする。


「やはり素晴らしい……」


「立ち直るの早くないか?」


「毎回惚れ直しているな」


「当然だろう!」


 アルベルトが胸を張った。


「美しく!気高く!そして強い!やはり僕に相応しい女性はマリエル嬢しかいない!」


「本人は嫌だって言ってたぞ」


「照れているだけだ」


「すげえな、その精神力」


「見習うべきではないな」



 しかし。


 三人の表情が再び暗くなる。


 問題は最後だった。


「……で」


 カイが言う。


「あの金髪」


「ナユだ」


「分かってるって」


 誰からともなく、演習区画を見る。


 光。

 雷。

 水。

 氷。

 風。

 火。


 次々と属性を切り替え、空を飛び、爆発まで起こしていた。


「何属性使ってた?」


「数えるのを途中でやめた」


「奇遇だな。俺もだ」


 アルベルトが頭を抱える。


「おかしいだろ!」


 叫びが訓練場に響いた。


「冒険科だぞ!?」


「冒険科だな」


「僕より小さいぞ!?」


「それは関係ない」


「教師と普通に殴り合っていたぞ!?」


「普通ではなかったと思う」


「第八階梯みたいな剣まで出したぞ!?」


「そこは俺もよく分からなかった」


 カイが真顔になる。


「最後なんて消えたよな?」


「消えてはいない」


「じゃあ何だよ」


「速すぎて見えなかっただけだ」


「そっちの方が嫌だわ!」


 アルベルトが頭を抱えた。


「しかも!」


 勢いよく顔を上げる。


「リュミエル先生は、マリエル嬢にもリカリーネにも使わなかった精霊憑依を、あいつにだけ使った!」


「そうだな」


「その状態の先生相手に、まだ戦っていた!」


「そうだな」


「最後は先生の背後を取った!」


「そうだな」


「なのに負けた!」


「そうだな」


「先生は何なんだ!?」


 三人揃ってリュミエルを見る。


 当人は遠くで他の教師と話しながら、いつものようにニコニコしていた。


「……考えるのやめようぜ」


 カイが呟いた。


「賛成だ」


 リュードも頷く。



「アルベルト」


「何だ」


「結論が出た」


 リュードが指を一本立てる。


「お前は弱くない」


「当然だ」


「十歳で第五階梯を二属性扱う時点で、一般的には十分すぎるほど優秀だ」


「そうだろう!」


 アルベルトの顔が明るくなる。


「カイも僕も、同年代では十分上位だ」


「だよな!」


 カイも明るくなる。


「ただし」


 二人の笑顔が止まった。


 リュードが演習区画を見る。


「比較対象が悪い」


「…………」


「…………」


「リカリーネ、マリエル、ナユ」


 リュードは深く息を吐いた。


「物差しにする相手ではない」


「……つまり?」


 カイが聞く。


「俺達が弱いんじゃない」


「うん」


「こいつらがおかしい?」


「そういうことだ」


 三人の間に、妙な安堵が広がった。


「よかった……」


「よくないだろ!」


 アルベルトが立ち上がる。


「同じ学園にいるんだぞ!」


 その時。


「何騒いでんのよ」


「ひっ!」


 三人が同時に振り返った。


 そこにはリカリーネがいた。


 三人の手が反射的に鼻へ伸びる。


「何で全員鼻押さえてんの?」


「条件反射だ!」


「失礼ね」


 リカリーネは呆れた顔で通り過ぎる。


 その少し後ろから、マリエルとナユも歩いてきた。


「リカちゃん、待ってよ!」


「マリエル嬢!」


 アルベルトの顔が一瞬で輝く。


 マリエルの顔が一瞬で曇る。


「……何ですの?」


「今日の魔法、実に素晴らしかった!」


「ありがとうございます。それでは」


「待って!」


 マリエルは止まらない。


 ナユが三人へ手を振った。


「アルベルト君達も強かったね!」


「…………」


 アルベルトは返事ができなかった。


 昨日まで、自分はこの少女を冒険科というだけで見下していた。


 だが今は。


 どう見下せばいいのかすら分からない。


「……ナユ」


 初めて、名前で呼んだ。


「ん?」


「いや……何でもない」


「?」


 ナユは首を傾げ、そのまま二人を追いかけていった。


 アルベルトは、その背中をしばらく見つめる。


「……決めた」


「今度は何だ?」


「もっと強くなる」


 アルベルトは前髪を整えた。


「マリエル嬢の隣に立つ男が、この程度で驚いていてどうする」


「結局そこかよ」


「安心した」


「何がだ!」


「いつものアルベルトに戻った」


 リュードが肩をすくめる。


 アルベルトの尺度は、この二日間で完全に壊された。


 だから。


 新しい尺度を作ればいい。


 それがどれほど無茶な基準なのかを、彼はまだ知らなかった。



「今日の記録:アルベルト君達が訓練場の隅でずっと何か話していました。リカちゃんを見た瞬間、三人とも鼻を押さえていました。まだ昨日のことを気にしているみたいです。それからアルベルト君に初めて名前で呼ばれました。少しだけ仲良くなれたのかな? 日報完了」

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