第430話《極光》
衝撃が、ナユの脇腹を掠めた。
「っ!」
身体が横へ流れる。
『右後方、〇・一八秒』
(速すぎる!)
『視覚追跡を放棄。《感知》《演算》《未来設計》による予測へ移行します』
(お願い!)
ナユは地面を蹴った。
「《武御雷》!」
雷に似た闘気が全身を走る。
次の瞬間、背後に現れたリュミエルの拳を紙一重でかわした。
「すごいすごい!これにもついてくるんだ!」
リュミエルは笑っている。
精霊憑依した今も、その表情には焦りひとつない。
「先生、楽しみすぎ!」
「だって楽しいもん!」
姿がまた消える。
『前方三、左二、右後方――連続攻撃』
「《プロテクト・サークル・オクタ》!」
八重の光壁が展開した。
「《エビル・ラッシュ》!」
拳。
拳。
蹴り。
連撃が光壁へ叩き込まれる。
一枚。
二枚。
三枚。
光壁が凄まじい速度で砕けていく。
「八重!いいねー!」
「喜ぶところなの!?」
六枚目が割れた瞬間、ナユは自分から結界を解除した。
「《レイ・バースト》!」
至近距離で光が爆ぜる。
リュミエルが初めて大きく後ろへ跳んだ。
「うん!そういう使い方好き!」
◆
柵の上で、レムは黙って戦いを見ていた。
その視線はナユだけに向いていない。
リュミエルの身体を覆う闇へ、時折静かに向けられている。
「……なるほど」
小さな呟き。
戦いの最中、リュミエルの瞳が一瞬だけレムへ流れた。
レムは気づいている。
そして、わざと何も言わない。
そんな気がした。
(やっぱり、普通の妖精じゃないね)
リュミエルの笑顔が、僅かに深くなる。
だが次の瞬間には、もうナユの前にいた。
◆
「《ダークミスト》!」
黒い霧が演習区画を覆う。
『視界喪失。対象座標を《感知》で追跡』
(右!)
ナユが跳ぶ。
闇の爪撃が足元を裂いた。
「《シャドウ・グリップ》!」
「《スカイハイ》!」
風を纏い、ナユが一気に上空へ抜ける。
「また飛んだ!」
下から《ダーク・スフィア》が連続して放たれた。
空中で身体を捻り、一つ、二つとかわす。
『三発目、回避困難』
「《ルミナス・ヴェイル》!」
光と闇の複合結界が黒球を受け止める。
そのままナユは急降下した。
「《サンダー・ブレード》!」
雷刃。
かわされる。
即座に消す。
懐へ入る。
「《イグニッション》!」
爆発が再びリュミエルを包んだ。
「やっぱりそれ最高!」
炎の中から笑い声が返ってくる。
「もっと!もっと見せて、ナユちゃん!」
「じゃあ遠慮しないよ!」
◆
何度攻めても届かない。
だが、何度かわされても止まらない。
ナユは光、水、雷、氷、風を切り替えながら攻め続けた。
ミラが軌道を計算し、ナユがその先を選ぶ。
『左へ誘導可能。二手後、《フロストストライク》推奨』
(その次に《レイ・エッジ》!)
『最適化します』
氷塊が逃げ道を塞ぐ。
光刃が走る。
だがリュミエルは、その僅かな隙間さえ笑いながら抜けた。
「惜しい!」
「先生、全然困ってないじゃん!」
「うん!」
「即答!?」
それでも、ナユは分かっていた。
先ほど失敗した《レイ・カリバー》。
あれを出さなければ、ここから先へは行けない。
(ミラ、もう一回)
『推奨しません。現状の術式では同一結果となる可能性が高いです』
(でも、先生は越えさせるって言った)
少しの沈黙。
『了解。全演算領域を形成補助へ移行します』
(ありがとう!)
光と風が再び右手へ集まる。
重ねる。
合わせる。
だが、また二つの力が互いを弾いた。
「くっ……!」
刃にならない。
リュミエルはその様子を見て、にこにこと笑っていた。
「ナユちゃん」
「なに!?」
「重ねようとしすぎじゃない?」
「え?」
「魔法って、そんなにお行儀よく並べなくてもいいんだよ」
リュミエルが右手を差し出す。
「見てて」
闇が集まった。
圧縮され、伸び、一本の漆黒の刃へ変わる。
訓練場の空気が再び重くなる。
「《レーヴァテイン》」
マリエルとリカリーネが息を呑む。
ナユだけは、その剣から目を離せなかった。
『観測。形成過程に《レイ・カリバー》との類似構造を確認』
(同じ……?)
『否。完成原理が近似しています。二属性を保持したまま重ねるのではなく、一つの術式として再定義』
ナユの目が見開かれる。
(そっか)
光と風。
二つの魔法を合わせるのではない。
最初から、一つの魔法として作る。
リュミエルが嬉しそうに剣を構えた。
「ほら、ナユちゃん」
漆黒の魔剣が向けられる。
「先生に見せてよ」
「ナユちゃんの魔法を!」
「――うん!」
光が生まれた。
風が包む。
今度はぶつからない。
境界が消えていく。
『術式収束安定。魔力位相、完全同期』
一本の光剣が、ナユの手の中で完成した。
「《レイ・カリバー》!」
眩い光が訓練場を照らす。
「できた……!」
『再現成功。術式構造を記録しました』
リュミエルの笑顔が、今日一番大きくなった。
「それ!!それが見たかった!」
◆
二人が同時に踏み込む。
極光と漆黒。
《レイ・カリバー》と《レーヴァテイン》が正面から激突した。
結界が激しく震える。
「うあああっ!」
「いいね!すっごくいい!」
ナユは十二重の《ブースト》と《武御雷》を限界まで乗せる。
それでも。
漆黒の刃は、少しずつ押し込んでくる。
『出力差、拡大』
(まだ!)
ナユがさらに踏み込む。
その瞬間。
『警告。〇・一二秒後、正面より打撃』
ミラが示した未来。
リュミエルの拳が、ナユの眼前で止まる。
いや。
止まるのではない。
その一撃を受けた時点で、自分の負けだ。
(見えてる……!)
『回避経路を算出――』
一瞬。
『……該当なし』
(え?)
『現在の身体能力では回避不能』
未来は分かっている。
来る場所も。
速度も。
軌道も。
全部分かっているのに、身体が追いつかない。
リュミエルの拳が迫る。
(まだ――!)
その時だった。
ナユの身体の奥で、三つの闘気が同時に脈動した。
全身を堅固にする《素戔嗚》。
雷の如き速度を与える《武御雷》。
生命力を高める《天照》。
三つの力が、ほんの一瞬だけ重なる。
『――異常発生』
ミラの声すら遅れて聞こえた。
世界が、止まったように見えた。
《無限闘舞――兆し》
次の瞬間。
「……え?」
今度はリュミエルが目を見開いた。
拳の先に、ナユはいない。
一瞬。
たった一瞬で。
ナユはリュミエルの背後へ回り込んでいた。
『全身体能力、測定値急上昇。現在値――算出不能』
(今なら!)
ナユが振り向きざまに踏み込む。
「はあああっ!」
完成したばかりの光剣。
「《レイ・カリバー》!」
極光が横薙ぎに走る。
完全な死角。
リュミエルが振り返るよりも速い。
光の刃が、その眼前へ迫った。
「……すごい」
それでも。
リュミエルは笑っていた。
次の瞬間。
彼女を包む闇が――脈打った。
「……!」
柵の上で見ていたレムの瞳が鋭く細められる。
先ほどまでとは違う。
リュミエルを覆っていた闇の、さらに奥。
そこに沈んでいた何かが、一瞬だけこちらを見た。
闇が膨れ上がる。
《精霊憑依》が、さらに深くなる。
そして。
ぱしっ。
「……え?」
ナユの声が止まった。
リュミエルの右手が。
《レイ・カリバー》の刃を、素手で掴んでいた。
「うそ……」
『解析不能』
ミラすら短く告げる。
光と風が融合した第八階梯の魔法剣。
その刃を、リュミエルは真正面から握り締めている。
掌を覆う闇と極光がせめぎ合い、甲高い音を立てる。
リュミエルは掴んだ《レイ・カリバー》を見て、それからナユを見た。
笑顔だった。
「今の、なに?」
「わ、私にも分かんない!」
「すっごい!」
「先生それどころじゃないでしょ!?」
だが。
ナユの身体から、先ほどの異常な力が急速に抜けていく。
『先ほどの状態、終了を確認。身体能力、通常値へ復帰』
(やっぱり……続かない!)
リュミエルが《レイ・カリバー》を掴んだまま、軽く引いた。
「わっ!」
体勢が崩れる。
光剣が霧散するより早く、リュミエルがナユの額へ指先を当てた。
「はい」
にっこり。
「今度こそ先生の勝ち!」
「……負けたぁ」
ナユが、その場にぺたんと座り込んだ。
全力だった。
新しく覚えた魔法も使った。
《レイ・カリバー》も、自分の意思で完成させた。
そして最後には、自分でも知らない力まで一瞬だけ現れた。
それでも。
リュミエル先生には届かなかった。
「でも、できたでしょ?」
ナユは右手を見る。
「……うん!」
もう《レイ・カリバー》は、偶然一度だけ成功した魔法ではない。
自分で形を理解し、自分で完成させた第八階梯。
リュミエルが満足そうに笑う。
「よくできました!」
その背後。
レムだけは笑っていなかった。
彼女が見ていたのは、ナユでも《レイ・カリバー》でもない。
先ほど一瞬だけ、リュミエルの闇の奥から現れた――何か。
「……なるほど」
誰にも聞こえないほど小さく呟き、レムは再びいつもの笑みを浮かべた。
◆
「今日の記録:リュミエル先生に全力で挑みました。でも負けました。《レイ・カリバー》はちゃんと成功しました!それから最後に、三つの闘気が一瞬だけ一緒になったような、不思議なことが起きました。ミラにもまだ詳しく分からないみたいです。でも先生は、その状態の私よりもっとすごかったです。《レイ・カリバー》を素手で掴まれました。……あれ、本当に手で掴める魔法なのかな?とにかく今日は、すごく疲れました。日報完了」




