第429話《激突》
「最後は――ナユちゃん!」
リュミエルの声が訓練場に響いた。
「はい!」
ナユが立ち上がる。
先ほどまで騒がしかった生徒達が静かになり、視線がナユへ集まる。
「ナユさん……頑張ってぇ……」
「ティト、なんで今にも泣きそうなの?」
「だ、だって相手がリュミエル先生だよぉ……」
ルゥが苦笑し、メリアは眼鏡を押し上げた。
「ナユさんなら、普通には終わらないでしょうね」
「普通に終わるよ!?」
「無理でしょ」
「リカちゃんまで!」
演習区画へ入る直前、ナユの肩からレムがふわりと離れた。
レムは柵の上へ腰を下ろし、足を組む。
「しっかりやりなさい」
「うん!」
「ナユちゃん」
「はい?」
「今日は先生に、できること全部見せてね!」
「……全部?」
「ぜーんぶ!」
その言葉に、オルフェンが僅かに眉を動かした。
「訓練場を壊すな」
「大丈夫だよー!」
「お前に言っている」
「先生!?」
だが、オルフェンはすぐに結界担当の教師へ視線を送った。
「出力を上げておけ」
「了解」
オルフェンが手を上げた。
「始め」
◆
『対象、初動なし。待機状態』
(じゃあ、こっちから!)
ナユが地面を蹴る。
「《ブースト》八重!」
身体強化を一気に重ね、距離を詰める。
「《レイ・ブレード》!」
光刃が振り抜かれた。
「速くなったねー!」
リュミエルが笑いながら半歩ずれる。
刃が制服のすぐ横を通り過ぎた。
『右側面、反撃』
(分かってる!)
ナユが身を沈める。
頭上をリュミエルの蹴りが通過した。
「おっ!」
リュミエルが軽く跳ぶ。
「《サンダー・ブレード》!」
光刃を消し、今度は雷刃。
「切り替えも速い!」
リュミエルは空中で身体を捻り、その一撃までかわして着地した。
「《ダーク・スフィア》!」
黒い球体が放たれる。
「《アクア・スピア》!」
水槍が正面からぶつかり、互いに弾けた。
「次!」
「《フロストストライク》!」
巨大な氷塊が低空を滑るように迫る。
「わあ!」
リュミエルは嬉しそうに声を上げ、横へ走る。
その逃げ道へナユが手を向けた。
「《レイ・バースト》!」
光の衝撃波が広がる。
「《ダークバースト》!」
闇が爆ぜた。
二つの衝撃波が激突し、結界が低く震える。
「第六階梯同士を……」
アルベルトも言葉を失っている。
周囲の生徒達も息を呑んだ。
教師達も、さすがに記録する手を止めた。
「……あいつ、何なんだ」
誰に向けたわけでもない声だった。
◆
光と闇が晴れるより早く、ナユは走っていた。
『対象、正面。距離四・二』
(もっと速く!)
「《ブースト》十二重!」
同時に、雷に似た闘気が全身を駆けた。
「《武御雷》!」
「それもいいね!」
リュミエルの笑顔がさらに深くなる。
拳と光刃。
蹴りと雷刃。
ナユが速くなるほど、リュミエルもそれに合わせるように速くなった。
(まだ余裕ある……!)
『肯定。対象の呼吸・心拍に有意な乱れなし』
(やっぱり先生おかしいよ!)
『同意します』
ナユが大きく後方へ跳ぶ。
「だったら――!」
風が足元へ集まる。
「《スカイハイ》!」
身体が宙へ浮き、そのまま一気に高度を取った。
「わあ!飛んだ!」
「ナユちゃん、それいつ覚えたの!?」
「夏休み前!」
「いいなあ!もっと見せて!」
空中からナユが急降下する。
リュミエルが受け流そうとした、その瞬間。
ナユが刃を消した。
「え?」
懐へ潜り込む。
火と風が一点へ集束する。
「《イグニッション》!」
爆発。
「先生!?」
ティトの悲鳴が響く。
だが、炎と煙の向こうから聞こえたのは笑い声だった。
「あははっ!今のすっごくいい!」
煙を突き破り、リュミエルが飛び出してくる。
それでも笑顔は一切崩れていない。
「火と風だね!しかも既存術式じゃない!組み方もすっごく面白い!」
「分かるの!?」
「分かるよー!先生だもん!」
その声音には、隠しきれないほどの喜びが滲んでいた。
危険より、新しい魔法を見られた喜びの方が勝っているようだった。
「でも、ナユも前より完成度上がってる」
リカリーネが腕を組む。
「前より爆発の収束が速い」
「ええ。あれだけ近距離で使って、あの制御ですもの」
マリエルも真剣な目を向けていた。
◆
「まだあるよね?」
リュミエルが笑う。
「ナユちゃんの、一番新しいの」
ナユの表情が僅かに止まった。
(……レイ・カリバー)
『再現成功率は依然として低値です』
(分かってる。でも……)
あの時一度だけ届いた第八階梯は、それ以降何度試しても形にならない。
ナユは息を整え、右手を前へ出した。
光。
そして風。
二つの魔力が手の中で絡み合う。
「《レイ・カリバー》……!」
刃が伸びる。
だが。
ぱきん、と音を立てて崩れた。
「……また」
光の粒が空へ散る。
『術式収束失敗。前回と同一箇所で魔力位相が分離』
(やっぱり駄目……!)
リュミエルは崩れた光をじっと見つめ、それからナユを見る。
「そっか」
「そこが今の壁なんだね」
「……うん」
「じゃあ」
リュミエルが、にこっと笑った。
「先生が越えさせてあげる」
「え?」
そして指を鳴らす。
「精霊憑依」
空気が沈んだ。
「闇の精霊、エビルスピリットよ来たれ来たれ来たれ!!!」
足元から黒が噴き上がる。
闇がリュミエルの身体へ絡みつき、輪郭が鋭く変わっていく。
見学していた生徒達から声が消えた。
柵の上にいたレムも、笑みを消す。
「……闇の精霊か」
その瞳が、僅かに細められた。
リュミエルの視線が一瞬だけレムへ向く。
二人の視線が交わった。
『警告。対象の身体能力、急激に上昇』
(来る!)
次の瞬間。
リュミエルの姿が消えた。
◆
「今日の記録:リュミエル先生との模擬戦が始まりました。《スカイハイ》も《イグニッション》も使ったのに、先生はずっと楽しそうでした。《レイ・カリバー》は、やっぱりまだうまく出せません。でも先生が『越えさせてあげる』と言って、《精霊憑依》を使いました。……ここからが本番みたいです。日報完了」




