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第428話《双奏》

 リカリーネが演習区画を出ると、入れ替わるようにマリエルが立ち上がった。

 制服の裾を軽く整え、静かな足取りで中央へ進む。


「次は――マリエルちゃん!」


「よろしくお願いいたしますわ、リュミエル先生」


 その声を聞いた瞬間、アルベルトの背筋が伸びた。

 先ほどまで鼻の奥に残っていた痛みすら忘れたように、食い入るようにマリエルを見る。


「……やはり美しい」


「また始まったぞ」


 カイが呆れたように呟く。


「放っておけ。本人は真剣だ」


 リュードも小さく肩をすくめた。


 演習区画の中央で、マリエルは杖を構える。


「先生。リカリーネさんには、かなり本気で応じていらっしゃいましたわね」


「うん!」


「でしたら、わたくしにも同じようにお願いいたしますわ」


「もちろん!」


 リュミエルは嬉しそうに笑う。


「マリエルちゃんの魔法も、ずっと楽しみにしてたんだよ!」


「まあ。何かお聞きになって?」


「先生達の間でも有名だよ。雷と水を一つにした、あの魔法!」


 マリエルの口元に自信の笑みが浮かぶ。


「でしたら、ご期待に添えるよう努めますわ」


「うんうん!見せて見せて!」


 オルフェンが片手を上げる。


「始め」



「《アクア・シールド》!」


 開始と同時に、マリエルの周囲へ水の盾が展開した。


 攻撃ではない。

 まず守りを作る。


「おっ?」


 リュミエルが一歩踏み込む。


「《ライトニング・スフィア》!」


 水盾の隙間から雷球が飛び出した。


 リュミエルが首を傾けるようにかわす。


 だが、その先へ水流が伸びる。


「《アクア・スパイラル》!」


 螺旋状の水が地面を這い、逃げ道を狭めていく。


「なるほどー!」


 リュミエルが楽しそうに跳んだ。


 マリエルはその動きを待っていた。


「《チェーンライトニング》!」


 雷が空中へ走る。


 一撃をかわしても、次の雷光が軌道を変えて追いすがる。


「いいねえ!」


 リュミエルの身体が軽やかに翻る。

 着地した瞬間、今度は彼女が片手を向けた。


「《ダークミスト》!」


 黒い霧が演習区画へ広がる。


「視界を――」


 ティトが息を呑む。


 だが、霧の中からマリエルの声が響いた。


「《アクア・スパイラル》!」


 渦巻く水流が空気ごと黒い霧を巻き取り、視界をこじ開ける。


 その奥でリュミエルが笑っていた。


「そう来るんだ!」


「まだですわ!」


「《ウォーターカッター》!」


 鋭い水刃が横一線に走る。


 リュミエルは身を伏せ、そのまま地面を蹴った。


 一瞬で距離が縮まる。


「《ブリッツブラスト》!」


 轟音。


 至近距離で雷撃が炸裂する。


「わあっ!」


 リュミエルが黒い球体を撃ち出した。


「《ダーク・スフィア》!」


 雷と闇が衝突し、弾ける。


 マリエルはその爆風を利用して後方へ滑った。


 リュミエルの笑顔がますます深くなる。


「マリエルちゃん、戦場の作り方が上手だね!」


「お褒めに預かり光栄ですわ!」


 水で進路を作り。

 雷で追い込み。

 相手の反撃さえ、次の位置取りへ利用する。


 力任せではない。

 二つの属性を使い分けながら、少しずつ自分の形へ戦場を変えていく。


 マリエルが杖を振り下ろす。


「《メイルストロム》!」


 大量の水が演習区画を駆け、渦となってリュミエルの足元へ殺到した。


「第六階梯まで連続で……!」


 見学していた教師が思わず声を漏らす。


 リカリーネは腕を組んだまま、口元を僅かに上げた。


「前より繋ぎが速くなってる」


「うん。マリエルさん、また強くなってる」


 ナユも頷く。


「《スプラッシュブレイド》!」


 渦から水の刃が跳ね上がる。


「わあ!水そのものを次の魔法の足場にするんだ!」


 リュミエルは楽しげに身を翻し、刃の隙間を縫って走った。


「本当に、見ていて飽きないね!」


「でしたら最後まで存分にご覧くださいませ!」


 アルベルトは瞬きも忘れていた。


「……すごい」


 憧れていた。

 以前から美しいと思っていた。

 だが、目の前で戦うマリエルは、それだけではなかった。


 堂々として。

 強くて。

 自分の魔法に一切の迷いがない。


「やっぱりマリエル嬢は……最高だ」


「完全に惚れ直したな」


「黙れ、カイ」


 耳まで少し赤かった。



「では――参りますわよ!」


 マリエルの魔力が一気に膨れ上がる。


 右手に雷。

 左手に水。


 二つの魔力が互いを拒絶することなく、中心で絡み合っていく。


 リュミエルの瞳が輝いた。


「来た!」


「雷水複合魔法――」


 水が雷を抱き。

 雷が水を走る。


「《エレクトメサイア》!」


 第七階梯級の奔流が放たれた。


「わあ……!」


 リュミエルは避けるより先に、嬉しそうな声を上げた。


「これが噂の!報告で聞いてたより、ずっと綺麗!」


「戦闘中に観察しないでくださる!?」


「だって面白いんだもん!」


 雷水の奔流が迫る。


 リュミエルが両手を前へ向けた。


「《ダークバースト》!」


 闇の衝撃波が激突する。


 演習区画を包む結界が大きく震えた。


 雷。

 水。

 闇。


 三つの力がせめぎ合い、白い閃光が訓練場を埋め尽くす。


「っ……!」


 マリエルがさらに魔力を注ぐ。


「まだですわ!」


「うん!もっと!」


 リュミエルは笑っていた。

 焦りも、恐れもない。

 ただ目の前の魔法を心から楽しんでいるような笑顔だった。


 やがて衝突が限界へ達する。


 轟音とともに魔力が弾けた。


 マリエルの視界が一瞬だけ白く染まる。


「――そこ」


「え?」


 声は、すぐ横から聞こえた。


 振り向いた時には、リュミエルの手がマリエルの肩へそっと置かれていた。


「はい、先生の勝ち!」


「……いつの間に」


「最後の魔法、とっても綺麗だったよ!」


 マリエルは数秒黙った後、悔しそうに息を吐いた。


「完敗ですわ」


「でも先生、すっごく楽しかった!」


「それは何よりですわ」


 言葉とは裏腹に、マリエルの目にはもう次を見据える光が宿っていた。


 リュミエルは満足そうに頷き、名簿へ視線を落とす。


 そして。


「さてさて」


 笑顔のまま、次の名前を探す。


 訓練場の端で、ナユの肩に座るレムが、その様子をじっと見つめていた。



「今日の記録:今日はマリエルさんとリュミエル先生の模擬戦でした。水で動きを制限しながら雷で攻める戦い方は、やっぱりすごかったです。《エレクトメサイア》も前より綺麗に見えました。でも先生はずっと笑っていました。リカちゃんの時もそうだったけど、先生は本当に魔法を見るのが好きみたいです。日報完了」

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