第428話《双奏》
リカリーネが演習区画を出ると、入れ替わるようにマリエルが立ち上がった。
制服の裾を軽く整え、静かな足取りで中央へ進む。
「次は――マリエルちゃん!」
「よろしくお願いいたしますわ、リュミエル先生」
その声を聞いた瞬間、アルベルトの背筋が伸びた。
先ほどまで鼻の奥に残っていた痛みすら忘れたように、食い入るようにマリエルを見る。
「……やはり美しい」
「また始まったぞ」
カイが呆れたように呟く。
「放っておけ。本人は真剣だ」
リュードも小さく肩をすくめた。
演習区画の中央で、マリエルは杖を構える。
「先生。リカリーネさんには、かなり本気で応じていらっしゃいましたわね」
「うん!」
「でしたら、わたくしにも同じようにお願いいたしますわ」
「もちろん!」
リュミエルは嬉しそうに笑う。
「マリエルちゃんの魔法も、ずっと楽しみにしてたんだよ!」
「まあ。何かお聞きになって?」
「先生達の間でも有名だよ。雷と水を一つにした、あの魔法!」
マリエルの口元に自信の笑みが浮かぶ。
「でしたら、ご期待に添えるよう努めますわ」
「うんうん!見せて見せて!」
オルフェンが片手を上げる。
「始め」
◆
「《アクア・シールド》!」
開始と同時に、マリエルの周囲へ水の盾が展開した。
攻撃ではない。
まず守りを作る。
「おっ?」
リュミエルが一歩踏み込む。
「《ライトニング・スフィア》!」
水盾の隙間から雷球が飛び出した。
リュミエルが首を傾けるようにかわす。
だが、その先へ水流が伸びる。
「《アクア・スパイラル》!」
螺旋状の水が地面を這い、逃げ道を狭めていく。
「なるほどー!」
リュミエルが楽しそうに跳んだ。
マリエルはその動きを待っていた。
「《チェーンライトニング》!」
雷が空中へ走る。
一撃をかわしても、次の雷光が軌道を変えて追いすがる。
「いいねえ!」
リュミエルの身体が軽やかに翻る。
着地した瞬間、今度は彼女が片手を向けた。
「《ダークミスト》!」
黒い霧が演習区画へ広がる。
「視界を――」
ティトが息を呑む。
だが、霧の中からマリエルの声が響いた。
「《アクア・スパイラル》!」
渦巻く水流が空気ごと黒い霧を巻き取り、視界をこじ開ける。
その奥でリュミエルが笑っていた。
「そう来るんだ!」
「まだですわ!」
「《ウォーターカッター》!」
鋭い水刃が横一線に走る。
リュミエルは身を伏せ、そのまま地面を蹴った。
一瞬で距離が縮まる。
「《ブリッツブラスト》!」
轟音。
至近距離で雷撃が炸裂する。
「わあっ!」
リュミエルが黒い球体を撃ち出した。
「《ダーク・スフィア》!」
雷と闇が衝突し、弾ける。
マリエルはその爆風を利用して後方へ滑った。
リュミエルの笑顔がますます深くなる。
「マリエルちゃん、戦場の作り方が上手だね!」
「お褒めに預かり光栄ですわ!」
水で進路を作り。
雷で追い込み。
相手の反撃さえ、次の位置取りへ利用する。
力任せではない。
二つの属性を使い分けながら、少しずつ自分の形へ戦場を変えていく。
マリエルが杖を振り下ろす。
「《メイルストロム》!」
大量の水が演習区画を駆け、渦となってリュミエルの足元へ殺到した。
「第六階梯まで連続で……!」
見学していた教師が思わず声を漏らす。
リカリーネは腕を組んだまま、口元を僅かに上げた。
「前より繋ぎが速くなってる」
「うん。マリエルさん、また強くなってる」
ナユも頷く。
「《スプラッシュブレイド》!」
渦から水の刃が跳ね上がる。
「わあ!水そのものを次の魔法の足場にするんだ!」
リュミエルは楽しげに身を翻し、刃の隙間を縫って走った。
「本当に、見ていて飽きないね!」
「でしたら最後まで存分にご覧くださいませ!」
アルベルトは瞬きも忘れていた。
「……すごい」
憧れていた。
以前から美しいと思っていた。
だが、目の前で戦うマリエルは、それだけではなかった。
堂々として。
強くて。
自分の魔法に一切の迷いがない。
「やっぱりマリエル嬢は……最高だ」
「完全に惚れ直したな」
「黙れ、カイ」
耳まで少し赤かった。
◆
「では――参りますわよ!」
マリエルの魔力が一気に膨れ上がる。
右手に雷。
左手に水。
二つの魔力が互いを拒絶することなく、中心で絡み合っていく。
リュミエルの瞳が輝いた。
「来た!」
「雷水複合魔法――」
水が雷を抱き。
雷が水を走る。
「《エレクトメサイア》!」
第七階梯級の奔流が放たれた。
「わあ……!」
リュミエルは避けるより先に、嬉しそうな声を上げた。
「これが噂の!報告で聞いてたより、ずっと綺麗!」
「戦闘中に観察しないでくださる!?」
「だって面白いんだもん!」
雷水の奔流が迫る。
リュミエルが両手を前へ向けた。
「《ダークバースト》!」
闇の衝撃波が激突する。
演習区画を包む結界が大きく震えた。
雷。
水。
闇。
三つの力がせめぎ合い、白い閃光が訓練場を埋め尽くす。
「っ……!」
マリエルがさらに魔力を注ぐ。
「まだですわ!」
「うん!もっと!」
リュミエルは笑っていた。
焦りも、恐れもない。
ただ目の前の魔法を心から楽しんでいるような笑顔だった。
やがて衝突が限界へ達する。
轟音とともに魔力が弾けた。
マリエルの視界が一瞬だけ白く染まる。
「――そこ」
「え?」
声は、すぐ横から聞こえた。
振り向いた時には、リュミエルの手がマリエルの肩へそっと置かれていた。
「はい、先生の勝ち!」
「……いつの間に」
「最後の魔法、とっても綺麗だったよ!」
マリエルは数秒黙った後、悔しそうに息を吐いた。
「完敗ですわ」
「でも先生、すっごく楽しかった!」
「それは何よりですわ」
言葉とは裏腹に、マリエルの目にはもう次を見据える光が宿っていた。
リュミエルは満足そうに頷き、名簿へ視線を落とす。
そして。
「さてさて」
笑顔のまま、次の名前を探す。
訓練場の端で、ナユの肩に座るレムが、その様子をじっと見つめていた。
◆
「今日の記録:今日はマリエルさんとリュミエル先生の模擬戦でした。水で動きを制限しながら雷で攻める戦い方は、やっぱりすごかったです。《エレクトメサイア》も前より綺麗に見えました。でも先生はずっと笑っていました。リカちゃんの時もそうだったけど、先生は本当に魔法を見るのが好きみたいです。日報完了」




