第427話《炎舞》
演習区画の中央で、リカリーネが赤い髪をかき上げた。
「先生」
「なーに?」
「さっきまで、全員に合わせてたでしょ」
リュミエルがぱちりと瞬きをする。
「先生なんだから当然じゃない?」
「私は嫌」
「お?」
「私が本気でやるんだから、先生も本気で来て」
訓練場がざわついた。
「リ、リカちゃん……」
ナユが苦笑する。
「相変わらずだね……」
ルゥも肩をすくめた。
リュミエルだけは、嬉しそうに笑っていた。
「いいよー!」
「本当に?」
「うん!」
小さな両手を腰へ当てる。
「じゃあ先生も、今までよりずーっと真面目にやるね!」
その笑顔は変わらない。
だが。
空気だけが変わった。
リカリーネの表情からも、僅かな笑みが消える。
「……そういうのを待ってたのよ」
「それじゃ――始め!」
リミュエルの声と同時に、リカリーネが腕を振るう。
「《ファイアアロー》!」
炎の矢が連続して走る。
一発。
二発。
三発。
リュミエルは最小限の動きだけで全てかわした。
「まだ!」
「《フレア・ランス》!」
炎が一点へ凝縮され、槍となって突き進む。
「おおー!」
リュミエルが横へ跳ぶ。
その着地点へ、すでにリカリーネが踏み込んでいた。
「《フレイムフィスト》!」
拳を包んだ炎が膨れ上がる。
真正面からの一撃。
リュミエルは片手を出した。
轟音。
炎が弾け、熱風が訓練場を駆け抜ける。
「うそ……」
ティトが目を丸くする。
リカリーネの拳を、リュミエルは片手で受け止めていた。
「いいねー!」
「まだ笑ってんの!?」
「だって楽しいもん!」
リュミエルが拳を押し返す。
リカリーネが数歩後退した。
その瞬間。
「《ダーク・スフィア》!」
黒い球体が飛ぶ。
「っ!」
リカリーネが身を捻る。
頬のすぐ横を闇が通過した。
「先生も魔法使うの!?」
「本気でって言ったの、リカリーネちゃんだよ?」
「上等!」
リカリーネの口元が吊り上がった。
◆
炎と闇が交差する。
《ファイアアロー》を《ダーク・スフィア》が撃ち落とす。
《フレア・ランス》をリュミエルが紙一重でかわす。
距離を詰めれば、《フレイムフィスト》。
離れれば、炎の連射。
だがリュミエルは笑っていた。
「そうそう!もっと見せて!」
「言われなくても!」
リカリーネが地面を踏み込む。
魔力が一気に膨れ上がった。
「《フレア・トルネード》!」
炎が渦を巻く。
巨大な火炎旋風がリュミエルを呑み込もうと迫る。
「第六階梯!?」
アルベルトの声が漏れた。
目が大きく見開かれている。
「……あいつが?」
昨日、自分が庶民と吐き捨てた少女。
その少女が、自分より上の階梯を扱っている。
「七歳の頃には使えてたよ」
近くにいたナユが何気なく言った。
「なっ……!」
「ナユさん、それ今言うんだ……」
メリアが小さく呟いた。
だが、戦いは止まらない。
炎の竜巻を前にしても、リュミエルの笑顔は消えなかった。
「綺麗だねー!」
両手を前へ出す。
「《ダークバースト》!」
闇の衝撃波が爆発した。
炎と闇が正面から激突する。
轟音。
熱風。
演習区画を守る結界が激しく明滅した。
炎が散る。
闇も霧散する。
その向こうで。
リュミエルは、やっぱり笑っていた。
「まだあるでしょ?」
「……言ったわね」
リカリーネの瞳に炎が映る。
身体を包む魔力の質が変わった。
「《炎醒》――」
周囲の熱が跳ね上がる。
「《プロミネンス》!」
炎が、目に見えて膨れ上がった。
単純に魔力量が増えたのではない。
リカリーネが生み出す炎そのものが、別物のように強化されていく。
「わあ……!」
リュミエルの瞳が輝いた。
危険を感じた顔ではない。
新しい玩具を見つけた子供のような、純粋な喜びだった。
「それ!先生好き!」
「戦ってる相手に言う台詞!?」
「だって凄いんだもん!」
「なら――これでどう!」
リカリーネが両手を振り上げる。
「《フレア・トルネード》!!」
先ほどとは比較にならない。
《プロミネンス》によって増幅された第六階梯の炎が、巨大な渦となって訓練場を覆う。
「おい、結界出力を上げろ!」
教師の一人が叫ぶ。
アルベルトは言葉を失っていた。
「これが……第六階梯……?」
だが。
炎の中心から声が聞こえた。
「すっごーい!」
「はぁ!?」
リカリーネが叫ぶ。
炎を突き破り、リュミエルが飛び出した。
服の端が僅かに焦げている。
それだけだった。
「今度は先生の番ね!」
一瞬で距離が消える。
「速――」
リカリーネが《フレイムフィスト》を構える。
だが、その拳が完成するより早く。
リュミエルの指が、リカリーネの額へ触れた。
「はい」
軽く押す。
それだけでリカリーネの身体が後方へ吹き飛んだ。
「っ!」
空中で身体を捻り、どうにか着地する。
顔を上げた時には、リュミエルが目の前にいた。
拳が鼻先で止まっている。
「そこまで」
オルフェンの声が響いた。
「……負けた」
リカリーネが悔しそうに拳を握る。
「うん!」
「嬉しそうに言うな!」
「でも、すっごく良かったよ!」
リュミエルは心底楽しそうだった。
「炎の作り方も、魔力の乗せ方も前よりずっと上手!」
「……本当に本気だった?」
「もちろん!」
リカリーネがじっと睨む。
リュミエルは満面の笑みを返した。
「少なくとも、今の先生としてはね!」
「何よそれ」
「秘密!」
リカリーネは納得していない顔だったが、やがて小さく息を吐いた。
「次は勝つ」
「うんうん!楽しみにしてる!」
そしてリュミエルは名簿へ視線を落とす。
「さーて!」
まだ興奮が冷めていないように笑いながら、次の名前を呼んだ。
「次は――マリエルちゃん!」
マリエルが静かに立ち上がる。
「お待ちしておりましたわ」
雷が、小さく弾けた。
◆
「今日の記録:リカちゃんとリュミエル先生の模擬戦でした。リカちゃんは《プロミネンス》まで使って本気でした。でも先生はずっと楽しそうに笑っていました。あれだけの炎を見て『すごい』って喜べる先生もすごいと思います。次はマリエルさんです。今度は雷と水で大変なことになりそうです。日報完了」




