第426話《演習》
翌日。
第一訓練場には、冒険科、魔法科、騎士科の生徒達が集められていた。
中央には広い円形の演習区画。
その中で、リュミエルが楽しそうに両手を広げる。
「はーい!今日は先生と一人ずつ模擬戦をしてもらいまーす!」
生徒達がざわめいた。
「勝ち負けだけを見る授業じゃないからね!どう攻めるか、どう守るか、咄嗟に何を選ぶか!先生がぜーんぶ見ちゃいます!」
訓練場の端では、オルフェンを始め数人の教師が記録用紙を手にしている。
「殺傷性の高い魔法は禁止だ」
オルフェンが淡々と告げる。
「それ以外は各自の判断で動け。リュミエル相手に遠慮する必要はない」
「そうそう!先生、丈夫だから!」
「それを生徒へ言う教師もどうかと思うがな」
「大丈夫だってー!」
ナユの隣で、ティトの耳がぺたりと伏せた。
「ぼ、ボク……帰りたいよぉ……」
「まだ始まってもないよ!」
◆
模擬戦は順調に進んでいった。
剣を持つ者。
弓を使う者。
魔法を連続で放つ者。
仲間との戦闘を想定して距離を取り続ける者。
リュミエルは、その全てを笑顔で受け止めていた。
「はい、そこまでー!踏み込む時に足元を見る癖、直した方がいいよ!」
「はい!」
「次ー!」
ルゥはリフィと連携し、風を利用してリュミエルの視界を散らした。
「おおー!ちゃんとリフィちゃんの位置も見ながら動けてるね!」
「へへっ!」
メリアは真正面から攻めず、魔法で進路を絞りながら距離を保った。
「いいねー!相手を自分の得意な場所に動かすのも立派な戦い方だよ!」
「ありがとうございます」
そしてティト。
「む、無理だよぉ……」
「大丈夫大丈夫!先生、怖くないよー?」
「その笑顔が逆に怖いよぉ!」
半泣きになりながらも、ティトは最後まで逃げなかった。
模擬戦を終えた瞬間、その場に座り込む。
「生きてる……」
「授業だから死なないよ!?」
「戦闘は苦手なんですよぉ〜」
ナユが慌てて駆け寄る横で、リュミエルは楽しそうに笑っていた。
◆
「次、カイ・ベルネック」
「やっとか!」
カイが木剣を肩へ担ぎ、演習区画へ入る。
「昨日は不覚を取ったけど、戦いなら話は別だぜ」
「元気だねー!先生そういう子好きだよ!」
「行くぞ!」
開始と同時に、水が木剣へ絡みつく。
第四階梯。
水流を纏った斬撃が横薙ぎに走る。
「おっ!」
リュミエルが軽く身を沈める。
剣が頭上を通過した瞬間、カイはそのまま身体を回転させて二撃目へ繋げた。
「へえー!」
リュミエルが一歩下がる。
そこへ水弾。
避けた場所へ、さらに剣。
「魔法を牽制に使って剣を当てるんだね!いいじゃん!」
見学していた教師の一人が感心したように頷く。
「十歳で第四階梯、それにあの剣術か。かなり鍛えられているな」
やがてカイの木剣をリュミエルが指二本で止めた。
「はい、おしまい!」
「くっそ……!」
「でも強かったよー!」
カイは悔しそうだったが、その顔には満足感も浮かんでいた。
◆
「次、リュード・ハルマン」
「お願いします」
リュードは槍を構える。
開始直後から無闇には攻めない。
土属性魔法で地面へ僅かな高低差を作り、リュミエルの移動方向を制限する。
「なるほどねー」
リュミエルが右へ動く。
そこを狙って槍が伸びた。
かわされる。
だが、その着地点にも土の隆起。
「おお!」
別の教師が声を上げた。
「相手の動きを読んでいる。第四階梯を戦術へ組み込めているのは見事だ」
リュードは褒め言葉にも反応せず、冷静に槍を振るい続ける。
だが数合後。
槍の穂先をかわしたリュミエルが、懐へ入った。
「ここまで!」
「……ありがとうございました」
「考えて戦うの、先生好きだよ!でも考えすぎると予想外に弱くなるから気をつけてね!」
「覚えておきます」
◆
「次、アルベルト・フォン・ローゼンハイム」
待っていたと言わんばかりに、アルベルトが立ち上がった。
髪を整え、演習区画へ進む。
「先生」
「なーに?」
「少し本気を出しても構いませんよね?」
「もちろん!」
自信に満ちた笑み。
開始の合図と同時に、雷が迸った。
リュミエルが横へ跳ぶ。
だがアルベルトは追撃を止めない。
雷の軌道から逃れた先へ、炎が走る。
「おおっ!」
「二属性!?」
見学していた教師達から声が上がった。
炎をかわしたリュミエルへ、再び雷撃。
異なる属性を切り替えながら、間を空けずに撃ち込んでいく。
「第五階梯を二属性……十歳でこれは凄いぞ」
「ローゼンハイム公爵家の子息か。なるほど、将来が楽しみだ」
アルベルトの口元が上がった。
「当然です」
「戦ってる途中で余所見しちゃ駄目だよー!」
「っ!」
目の前にリュミエルがいた。
アルベルトが咄嗟に炎を放つ。
だが、その手首を軽く押し上げられ、炎は空へ逸れた。
次の瞬間、額を指で弾かれる。
「いたっ!」
「はい、そこまでー!」
リュミエルは最初から最後まで笑顔だった。
「うんうん!雷も炎も上手!ちゃんといっぱい練習してるね!」
「……それだけですか?」
「ん?」
「いえ……」
アルベルトは周囲を見る。
教師達は感心している。
同年代の生徒達も驚いている。
だが。
オルフェンは無表情のまま記録用紙へ何かを書いているだけだった。
そしてリュミエルも、褒めてはいる。
だが驚いてはいない。
まるで第五階梯を二属性扱う十歳など、見慣れているかのように。
(……何なんだ?)
僅かな苛立ちが胸に残った。
「じゃあ次ー!」
リュミエルが名簿を見る。
そして、にっこり笑った。
「リカリーネちゃん!」
「はいはい」
赤い髪の少女が立ち上がる。
アルベルトの眉が跳ねた。
「……あいつ」
昨日。
自分の顔面を殴り、カイとリュードまで殴り倒した少女。
リカリーネはアルベルトなど見向きもせず、リュミエルの前へ歩いていく。
「先生」
「なーに?」
「手加減したら怒るから」
「ふふっ」
リュミエルの笑顔が、少しだけ楽しそうに深くなった。
「いいねえ」
アルベルトはまだ知らない。
自分が『ただの庶民』と吐き捨てた少女が、どれほど炎に愛された存在なのかを。
◆
「今日の記録:今日はリュミエル先生との模擬戦です。みんな夏休み前より強くなっていました。アルベルト君達もやっぱりすごく強かったです。特にアルベルト君は雷と炎を使い分けていました。でも次はリカちゃんです。先生もすごく楽しそうでした。……なんだか訓練場が暑くなりそうな気がします。日報完了」




