第425話《処分》
職員室の空気は、妙に重かった。
その中央で、リカリーネは椅子に座っている。
反省して縮こまっている――ようには、まったく見えない。
「確認するぞ」
机を挟んだオルフェンが、淡々と口を開いた。
「最初にローゼンハイムを殴ったのはお前だな」
「うん」
「理由は」
「ナユを馬鹿にしたから」
「それは殴っていい理由にはならん」
「知ってる」
「…………」
オルフェンの眉間に皺が寄った。
「では、なぜ殴った」
「腹が立ったから」
「少しは反省する姿勢を見せろ」
「処分は受けるわよ」
リカリーネは腕を組む。
「でも、あいつに謝る気はない」
「リカちゃん……」
事情説明のため呼ばれていたナユが困った顔をする。
「私は別に気にしてないよ?」
「それが気に入らないの!」
「なんで!?」
「あんた、あんな言われ方されても全然怒らないじゃない!」
「だって、怒ったって仕方ないし……」
「そこよ!」
「どこ!?」
オルフェンが机を指で叩いた。
「喧嘩なら外でやれ」
「先生、学園の外ならいいの?」
「そういう意味ではない」
横ではリュミエルが口元を押さえて笑いを堪えていた。
「リュミエル先生」
「笑ってないよ?」
「笑っている」
「ちょっとだけ!」
◆
一方、医務室ではアルベルト達三人が並んでいた。
治療はすでに終わっている。
幸い三人とも鼻骨に異常はなかった。
それでもアルベルトは鏡を手にしたまま、何度も自分の鼻を確認している。
「……腫れてないよな?」
「大丈夫だって」
「本当に?」
「さっきから十回くらい聞いてるぞ」
「僕の顔だぞ!」
アルベルトは鏡を睨む。
「傷でも残ったらどうするんだ!」
「そこまでかよ……」
カイが呆れる。
「それより、あの女だ!」
拳を握りしめた。
「次見つけたら俺が――」
「やめろ」
アルベルトの声が低くなる。
「は?」
「放課後に待ち伏せでもするつもりか?」
「……それくらいしないと気が済まねえだろ」
「論外だ」
答えたのはリュードだった。
「こちらから闇討ちすれば、今回の件とは別に完全な加害行為になる。学園側へ処分の口実を与えるだけだ」
「そういう問題じゃない」
アルベルトが鏡を閉じる。
「背後から女一人を三人で襲ったなどと知られてみろ」
その顔から、いつもの軽薄な笑みが消えていた。
「ローゼンハイムの名が笑われる」
カイが口を閉じる。
「僕達は貴族だ」
アルベルトは続ける。
「馬鹿にされたから陰で仕返しするなど、家名に泥を塗るだけだ」
「……じゃあ、このままか?」
「誰がそんなことを言った」
アルベルトが鼻を押さえる。
「正面から勝てばいい」
「魔法で?」
「実技でも何でもいい」
リュードが小さく息を吐いた。
「それなら異論はない」
「お前まで乗るのかよ」
「僕も殴られたからな」
普段は冷静なリュードの眼鏡の奥が、ほんの少しだけ険しい。
「ただし規則の範囲内だ」
「面倒くせえな、お前」
「お前が考えなさすぎる」
アルベルトは二人を見て、ふっと笑った。
「それでいい」
傲慢ではある。
腹も立てる。
負ければ悔しい。
だが、卑怯な真似をしてまで勝とうとは思わなかった。
それが彼らなりに教え込まれてきた、貴族の子息としての矜持だった。
◆
放課後。
処分は全員に言い渡された。
リカリーネは校内での暴力行為により、数日間の放課後奉仕と反省文。
アルベルトには身分を理由に他生徒を見下した発言と、授業中の指示違反について厳重注意。
カイとリュードも報復目的で手を出そうとしたとして注意を受けた。
「なんで私だけ反省文なのよ」
「最初に殴ったからだ」
「三人とも殴ったから?」
「それもある」
「じゃあ一人なら軽かった?」
「そういう問題ではない」
オルフェンが即答した。
「リカちゃん、ちゃんと書こうね」
「ナユが手伝って」
「反省文を!?」
「文章考えるの苦手なのよ」
「それ自分で考えなきゃ意味ないよ!」
その様子を、少し離れた場所からアルベルトが見ていた。
リカリーネ。
同じ魔法科だというのに、自分は今日まで名前すら知らなかった。
そして、その少女はナユとごく自然に笑っている。
「……また、あいつか」
アルベルトの視線がナユへ移る。
冒険科。
小柄な少女。
特別目立っているわけでもない。
なのにマリエルは親しく接し、リカリーネも当然のように隣にいる。
「何なんだ、あいつ……」
その疑問は、昨日よりも僅かに大きくなっていた。
◆
「ナユちゃーん!」
背後から明るい声が響く。
リュミエルがぱたぱたと駆けてきた。
「明日の実技、先生が見るからね!」
「リュミエル先生が?」
「うん!」
にっこり笑いながら、リュミエルはナユを指差す。
「夏休みの間に、どれくらい強くなったか確認しないと!」
「えっ」
「先生、楽しみにしてるから!」
その言葉を聞いて、ナユの肩に座っていたレムが片眉を上げた。
「へえ」
リュミエルもまた、一瞬だけレムを見る。
二人の視線が重なった。
そして、どちらからともなく笑った。
「……面白そうね」
「でしょー?」
ナユだけが、なぜか嫌な予感を覚えていた。
◆
「今日の記録:リカちゃんの処分が決まりました。殴るのはやっぱり駄目です。でも、私のことで怒ってくれたのは少しだけ嬉しかったです。アルベルト君達も注意されました。それから、明日はリュミエル先生が実技を見てくれるそうです。なんだか先生もレムも楽しそうでした。私はちょっと不安です。日報完了」




