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第425話《処分》

 職員室の空気は、妙に重かった。

 その中央で、リカリーネは椅子に座っている。

 反省して縮こまっている――ようには、まったく見えない。


「確認するぞ」


 机を挟んだオルフェンが、淡々と口を開いた。


「最初にローゼンハイムを殴ったのはお前だな」


「うん」


「理由は」


「ナユを馬鹿にしたから」


「それは殴っていい理由にはならん」


「知ってる」


「…………」


 オルフェンの眉間に皺が寄った。


「では、なぜ殴った」


「腹が立ったから」


「少しは反省する姿勢を見せろ」


「処分は受けるわよ」


 リカリーネは腕を組む。


「でも、あいつに謝る気はない」


「リカちゃん……」


 事情説明のため呼ばれていたナユが困った顔をする。


「私は別に気にしてないよ?」


「それが気に入らないの!」


「なんで!?」


「あんた、あんな言われ方されても全然怒らないじゃない!」


「だって、怒ったって仕方ないし……」


「そこよ!」


「どこ!?」


 オルフェンが机を指で叩いた。


「喧嘩なら外でやれ」


「先生、学園の外ならいいの?」


「そういう意味ではない」


 横ではリュミエルが口元を押さえて笑いを堪えていた。


「リュミエル先生」


「笑ってないよ?」


「笑っている」


「ちょっとだけ!」



 一方、医務室ではアルベルト達三人が並んでいた。


 治療はすでに終わっている。

 幸い三人とも鼻骨に異常はなかった。


 それでもアルベルトは鏡を手にしたまま、何度も自分の鼻を確認している。


「……腫れてないよな?」


「大丈夫だって」


「本当に?」


「さっきから十回くらい聞いてるぞ」


「僕の顔だぞ!」


 アルベルトは鏡を睨む。


「傷でも残ったらどうするんだ!」


「そこまでかよ……」


 カイが呆れる。


「それより、あの女だ!」


 拳を握りしめた。


「次見つけたら俺が――」


「やめろ」


 アルベルトの声が低くなる。


「は?」


「放課後に待ち伏せでもするつもりか?」


「……それくらいしないと気が済まねえだろ」


「論外だ」


 答えたのはリュードだった。


「こちらから闇討ちすれば、今回の件とは別に完全な加害行為になる。学園側へ処分の口実を与えるだけだ」


「そういう問題じゃない」


 アルベルトが鏡を閉じる。


「背後から女一人を三人で襲ったなどと知られてみろ」


 その顔から、いつもの軽薄な笑みが消えていた。


「ローゼンハイムの名が笑われる」


 カイが口を閉じる。


「僕達は貴族だ」


 アルベルトは続ける。


「馬鹿にされたから陰で仕返しするなど、家名に泥を塗るだけだ」


「……じゃあ、このままか?」


「誰がそんなことを言った」


 アルベルトが鼻を押さえる。


「正面から勝てばいい」


「魔法で?」


「実技でも何でもいい」


 リュードが小さく息を吐いた。


「それなら異論はない」


「お前まで乗るのかよ」


「僕も殴られたからな」


 普段は冷静なリュードの眼鏡の奥が、ほんの少しだけ険しい。


「ただし規則の範囲内だ」


「面倒くせえな、お前」


「お前が考えなさすぎる」


 アルベルトは二人を見て、ふっと笑った。


「それでいい」


 傲慢ではある。

 腹も立てる。

 負ければ悔しい。


 だが、卑怯な真似をしてまで勝とうとは思わなかった。


 それが彼らなりに教え込まれてきた、貴族の子息としての矜持だった。



 放課後。


 処分は全員に言い渡された。


 リカリーネは校内での暴力行為により、数日間の放課後奉仕と反省文。

 アルベルトには身分を理由に他生徒を見下した発言と、授業中の指示違反について厳重注意。

 カイとリュードも報復目的で手を出そうとしたとして注意を受けた。


「なんで私だけ反省文なのよ」


「最初に殴ったからだ」


「三人とも殴ったから?」


「それもある」


「じゃあ一人なら軽かった?」


「そういう問題ではない」


 オルフェンが即答した。


「リカちゃん、ちゃんと書こうね」


「ナユが手伝って」


「反省文を!?」


「文章考えるの苦手なのよ」


「それ自分で考えなきゃ意味ないよ!」


 その様子を、少し離れた場所からアルベルトが見ていた。


 リカリーネ。

 同じ魔法科だというのに、自分は今日まで名前すら知らなかった。


 そして、その少女はナユとごく自然に笑っている。


「……また、あいつか」


 アルベルトの視線がナユへ移る。


 冒険科。

 小柄な少女。

 特別目立っているわけでもない。


 なのにマリエルは親しく接し、リカリーネも当然のように隣にいる。


「何なんだ、あいつ……」


 その疑問は、昨日よりも僅かに大きくなっていた。



「ナユちゃーん!」


 背後から明るい声が響く。


 リュミエルがぱたぱたと駆けてきた。


「明日の実技、先生が見るからね!」


「リュミエル先生が?」


「うん!」


 にっこり笑いながら、リュミエルはナユを指差す。


「夏休みの間に、どれくらい強くなったか確認しないと!」


「えっ」


「先生、楽しみにしてるから!」


 その言葉を聞いて、ナユの肩に座っていたレムが片眉を上げた。


「へえ」


 リュミエルもまた、一瞬だけレムを見る。


 二人の視線が重なった。


 そして、どちらからともなく笑った。


「……面白そうね」


「でしょー?」


 ナユだけが、なぜか嫌な予感を覚えていた。



「今日の記録:リカちゃんの処分が決まりました。殴るのはやっぱり駄目です。でも、私のことで怒ってくれたのは少しだけ嬉しかったです。アルベルト君達も注意されました。それから、明日はリュミエル先生が実技を見てくれるそうです。なんだか先生もレムも楽しそうでした。私はちょっと不安です。日報完了」

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