第423話《再開》
夏休み明けの朝。
王立学園の講堂には、久しぶりに顔を合わせた生徒達の声が満ちていた。
休暇中の出来事を楽しそうに話す者もいれば、まだ眠そうに机へ突っ伏している者もいる。
「ナユさん!」
聞き慣れた声に振り返ると、ティトが小走りで近づいてきた。
その後ろには、ルゥとメリアもいた。
「久しぶり、ナユ!」
「久しぶり!」
ルゥがナユの顔を覗き込む。
「ナユ、夏休みの間にまた何かしてたでしょ?」
「なんで!?」
「だってナユだもん」
「理由になってないよ!」
メリアも眼鏡の奥から、じっとナユを見る。
「……ナユさん、ちょっと怪しい」
「メリアまで!」
『実際、秘匿事項は複数存在します』
(ミラは黙ってて!)
その時、ルゥの肩にいたリフィが、ナユの肩へ視線を向けた。
『あっ、妖精だ!』
嬉しそうに飛び出したリフィが、レムの前までやってくる。
『ねえねえ!あなた、どこの妖精――』
そこで止まった。
ぱたぱたと動いていた羽が、ぴたりと静止する。
「何よ?」
『……え?』
レムが首を傾げる。
リフィはゆっくり後退し、そのままルゥの肩の後ろへ隠れた。
「リフィ?」
『ル、ルゥ……あの子、なんか変……』
「変とは失礼ね」
『ひっ!』
リフィがルゥの襟元へ潜り込む。
「レム、何かした?」
「何もしてないわよ」
レムは頬杖をつきながら、面白そうにリフィを眺めた。
「随分と勘のいい妖精ね」
『…………』
「この子はレム。ルラフィナで知り合ったんだ」
「レムよ。よろしく」
「よ、よろしく……」
ルゥが戸惑いながら答える。
ティトは最初から少し離れた場所にいた。
「ティト、遠くない?」
「た、たまたまだよぉ……」
◆
「静粛に」
学園長の声が響き、講堂が静まり返った。
「本日より授業を再開する。休暇で鈍った者は、早々に感覚を取り戻すように」
学園長は壇上の横へ視線を向けた。
「また、本日より本校へ編入する者が三名いる」
三人の少年が前へ進み出る。
先頭に立つ金髪の少年は、自信に満ちた笑みを浮かべていた。
周囲から向けられる視線を当然のように受け止め、前髪を軽く整える。
「アルベルト・フォン・ローゼンハイム。魔法科へ編入する。王家の傍系に連なるローゼンハイム公爵家の三男だ」
次の茶髪の少年が胸を張った。
「カイ・ベルネック。騎士科。ベルネック伯爵家の次男だ」
最後は黒髪の少年だった。
「リュード・ハルマン。魔法科。ハルマン子爵家の嫡男だ」
三人とも、自分達の家柄への自信を隠そうともしない。
「本校で評価されるのは家名ではなく、本人の行動と成績だ。忘れぬように」
「もちろん承知しております」
アルベルトは余裕の笑みを崩さなかった。
◆
始業式を終え、冒険科の教室へ戻る。
「おっはよー!みんなー!夏休み楽しんだー!?」
勢いよく扉が開き、白い髪の小柄な少女が教壇へ飛び乗った。
「リュミエル先生!」
「はーい!先生ですよー!全員ちゃんと戻ってきて偉い偉い!」
教室に笑いが広がる。
リュミエルの視線が、ナユの肩で足を組んでいるレムへ止まった。
「ん?ナユちゃん、新しいお友達?」
「うん。レムだよ」
「レムよ」
「へえー。よろしくね、レムちゃん」
「よろしく、センセー」
リュミエルは笑顔のまま、ほんの一瞬だけレムを見つめた。
だが、何も尋ねず、すぐにいつもの調子へ戻る。
「それじゃ連絡事項!午後は全科共通の魔法基礎! 第一訓練場に集合ね!担当はオルフェン先生!」
ティトの耳がぺたりと伏せた。
「……今からお腹痛くなってきたかも」
「まだ授業始まってないよ!」
「名前を聞いただけで胃がぁ……」
◆
午後の第一訓練場。
冒険科、魔法科、騎士科の生徒達が集まっていた。
「休暇明けの確認を行う」
黒衣のオルフェンが全員を見渡す。
「魔力制御、詠唱速度、出力の安定を見る。威力だけ出して得意になるな」
訓練が始まって間もなく、鋭い雷鳴が響いた。
アルベルトが放った第五階梯の雷魔法が標的を撃ち抜く。
続けて炎が渦を巻き、別の標的を包み込んだ。
「第五階梯を二属性……」
「しかも雷と炎だぞ」
周囲から驚きの声が上がる。
アルベルトは満足そうに前髪を払った。
「まあ、この程度は当然かな」
カイも第四階梯の水魔法を纏わせながら木剣を振るい、標的を正確に切り抜いていく。
リュードは第四階梯の土魔法で足場を変化させながら、長槍を鋭く突き込んだ。
三人とも、家柄だけではない。
同年代の中では十分に秀才と呼べる実力を持っていた。
「す、すごいね……」
ティトが小さく呟く。
「うん。アルベルト君、雷と炎を両方使えるんだ」
ナユも素直に感心した。
その声に気づいたアルベルトが、カイとリュードを連れて近づいてくる。
「君達、冒険科だろう?」
「そうだよ」
「その区画を譲ってくれないか。中央に近い方が僕達には都合がいい」
「でも、ここは私達の場所だよ?」
「魔法科の僕とリュードが使った方が有意義だろう。カイも騎士科とはいえ魔法を扱う」
「え、えっと……」
ティトが恐る恐る口を開く。
「せ、先生が決めた場所だから……勝手に変えたら、怒られると思う……」
三人の視線が一斉に向いた。
「ひっ……!」
ティトの肩が跳ね、獣耳がぺたりと伏せる。
「ご、ごめんなさい……!」
「なんでティトが謝るの?」
「だ、だって怖いよぉ……」
アルベルトはナユへ視線を戻した。
「僕は王家の血を引くローゼンハイム公爵家の人間だ。その程度の融通は利かせるべきだと思うけど?」
「でも、アルベルト君自身が公爵なわけじゃないよね?」
悪意のない問いだった。
アルベルトの笑みが僅かに引きつる。
「……僕を馬鹿にしているのか?」
「してないよ?」
ナユにとっては、本当にそれだけの話だった。
実力もある。
家柄にも恵まれている。
きっと周囲から褒められて育ってきたのだろう。
ナユは怒る気にはならなかった。
父親の肩書きを誇らしげに語るアルベルトを見ていると、むしろ昔の自分よりずっと幼く感じる。
(まあ、このくらいの歳なら仕方ないのかな)
そう思うと、腹を立てるより先に苦笑が浮かんだ。
「先生が決めた場所なんだから、私達はここでやるね」
「僕が先生へ説明すれば――」
「必要ない」
冷たい声が割って入った。
いつの間にか、オルフェンが背後に立っている。
「割り当ては俺が決めた」
「ですが先生、僕は第五階梯を扱えます。より適した場所を――」
「だから何だ」
アルベルトが黙る。
「第五階梯を使えることと、俺の指示を無視していいことに何の関係がある」
「……ありません」
「なら戻れ」
三人が離れると、ティトが胸を押さえた。
「こ、怖かったぁ……公爵家って聞くだけで緊張するよぉ……」
「ティト、間違ったこと言ってなかったよ?」
「分かってても怖いものは怖いんだよぉ……」
◆
授業を終えた帰り道。
「ナユ!」
よく通る声に振り返る。
「マリエルさん!」
マリエル・アーシェが歩いてきた。
「夏休みで腕が鈍ってはいませんでしょうね?」
「大丈夫だよ!」
「それなら結構。今年も実技では負けませんわよ」
「私も負けないよ!」
二人が笑い合う。
その姿を見たアルベルトの表情が一変した。
嬉しそうに髪を整え、すぐに歩み寄る。
「マリエル嬢!」
マリエルが振り返った。
ナユへ向けていた笑顔が綺麗に消える。
「……あなたも来たのですか」
「久しぶりだね。僕も君と同じ学園で学べることを嬉しく思うよ」
「私は嬉しくありませんわ」
「相変わらず素直じゃないな」
「そういうところが嫌いだと、以前にも申し上げましたわよね?」
「またまた」
アルベルトは気にした様子もない。
その視線がナユへ向く。
「ところでマリエル嬢」
「何ですの?」
「なぜあんな冒険科の奴と、そんなに親しくしているんだ?」
マリエルの眉が、ぴくりと動いた。
ティトは一歩だけ後ろへ下がる。
「……あ、あの……これ、絶対まずいやつだよぉ……」
メリアも小さく頷いた。
「……私もそう思う」
ナユだけが、何が始まったのか分からず首を傾げていた。
夏休み明けの学園に生まれた小さな火種。
それは、まだ本当の騒動の入口にすら辿り着いていなかった。
◆
「今日の記録:夏休みが終わって学校が始まりました。ティト、ルゥ、メリアにも久しぶりに会えて、レムも紹介しました。リフィはなぜかレムを少し怖がっていました。転入生のアルベルト君は第五階梯の雷と炎を使えて、とても強かったです。カイ君とリュード君も魔法と武器を上手に使っていました。マリエルさんとも会いましたが、アルベルト君とはあまり仲が良くないみたいです。日報完了」




