第421話《原初》
それは、遥か昔。
人と神とが、今よりも遥かに近かったとされる原初の時代。
世界には、数多の神々が存在していた。
人々は神を敬い、その力へ憧れた。
だが、いつしか憧れは欲望へ変わっていった。
神の力を手に入れたい。
神と同じ場所へ立ちたい。
そして、自らも神になりたい。
その欲望に取り憑かれた者達が、長い年月を費やして禁じられた研究を重ねた。
生命を組み替え、魔力を混ぜ合わせ、様々な生物の性質を一つへ集める。
そうして、人の手によって一つの存在が生み出された。
名は――ミアズマ。
最初のミアズマは、小さな生命体に過ぎなかった。
だが、それには他の生命にはない性質が備わっていた。
喰らう。
取り込む。
学習する。
そして、自らを作り替える。
人を喰らえば、人の知識を得た。
魔物を喰らえば、その力を得た。
傷を負えば、その攻撃へ耐える身体へ進化した。
一体を倒しても、新たな個体を生み出した。
自己成長。
自己進化。
自己増殖。
神へ近づくために生み出された存在は、やがて創造主である人間さえ餌としか見なくなった。
そして――神を喰らった。
神の力まで取り込んだミアズマは、もはや人の制御できる存在ではなかった。
その身体から溢れ出した瘴気は大地を腐らせ、森を枯らし、海さえも侵していった。
生命を喰らうたびに強くなり、神を喰らうたびに新たな力を得ていく。
人々は、自らが作り出した怪物をこう呼んだ。
――魔神ミアズマ。
◆
国が消えた。
種族が消えた。
神々さえ、次々と喰らわれていった。
世界そのものが滅びへ向かう中、七柱の神が立ち上がった。
あらゆる世界を守護するとされる、神々の中でも最上位の存在。
七大神。
生命と慈愛を司る《女神》。
戦いと武を司る《闘神》。
光と自然を統べる《精霊神》。
世界を形作る《創造神》。
時間と空間を司る《時空神》。
魂と死を司る《冥神》。
魔法と魔導の根源を司る《魔導神》。
七大神と魔神ミアズマとの戦いは、後世に《神話大戦》と呼ばれることになる。
闘神が魔神の肉体を砕いた。
創造神が崩壊した大地を繋ぎ止めた。
時空神が増殖したミアズマを異なる空間へ封じ込めた。
冥神が喰われた魂を奪い返し、魔導神が幾千もの神代魔法を放った。
女神は傷ついた世界と生命を守り、精霊神は世界中の精霊を率いた。
それでも、ミアズマは止まらなかった。
砕けば再生した。
封じれば適応した。
魔法を受ければ、その力を学習した。
倒すために使われた神の力さえ、次の進化の糧としていった。
そして、一柱が倒れた。
さらに一柱。
創造神。
時空神。
冥神。
魔導神。
四柱の大神が、魔神との戦いで失われた。
残ったのは、女神、闘神、精霊神の三柱だけだった。
◆
精霊神は気づいていた。
ミアズマの肉体を何度破壊しても意味がない。
あの魔神を存在させている根源そのものを消さなければ、戦いは永遠に終わらない。
その根源こそ、世界中へ撒き散らされた瘴気だった。
瘴気がある限り、ミアズマは再生する。
進化する。
増殖する。
精霊神は決断した。
自らの力、そのすべてを使う。
再び神として立てなくなったとしても。
この世界から、自分という存在が消えかけたとしても。
世界中の精霊へ呼びかける。
風。
水。
炎。
大地。
光。
闇。
森。
海。
空。
ありとあらゆる精霊の力が、精霊神のもとへ集まった。
それを自身の神力と重ね、一つの奇跡へ変える。
極大精霊魔法。
それは魔神を破壊するための魔法ではなかった。
浄化するための魔法だった。
世界を覆っていた瘴気が消えていく。
大地を腐らせていた瘴気も。
海を侵していた瘴気も。
ミアズマの身体を満たしていた瘴気さえも。
魔神が初めて悲鳴を上げた。
再生できない。
進化できない。
増殖できない。
存在を支えていた瘴気そのものを奪われ、魔神ミアズマは光の中で崩れていった。
そして――消滅した。
世界は救われた。
代わりに、精霊神はすべての力を使い果たした。
◆
精霊神は残された僅かな力で、一本の大樹へ辿り着いた。
その身を樹へ預け、長い眠りにつく。
後に《神聖樹》と呼ばれることになる大樹だった。
どれほど眠っていたのか。
精霊神自身にも分からない。
再び意識を取り戻した時、神聖樹の周囲には国が生まれていた。
エルフ達の国。
精霊神は神聖樹へ身を宿したまま、世界を見続けた。
国が生まれ。
争いが起き。
奪い合いが繰り返される。
人間も変わっていなかった。
自分達の欲望からミアズマを生み出し、世界そのものを滅ぼしかけたというのに。
争い、奪い、騙し、また同じ過ちを繰り返している。
精霊神は思うようになった。
自分達が命を懸けて守った者達に、本当にそれだけの価値があったのか、と。
◆
そして数十年前。
ルラフィナの第一王女フィリアが姿を消した。
やがて精霊神は知った。
人間の帝国がフィリアを捕らえていることを。
さらに、彼女と契約していた風の精霊王までもが、帝国によって力を奪われ続けていることを。
精霊神は動こうとした。
その時だった。
一人の少女が、帝国へ入った。
自分とは何の関係もないエルフの王女を救う。
人間でありながら、他種族のために命を懸けて。
少女はフィリアを救った。
風の精霊王を救った。
同じ地下に囚われていた者達まで助け出した。
そして、見返りを求めなかった。
精霊神は、久しく失っていた興味を抱いた。
少女の名は――ナユ。
ならば、見てみよう。
この少女も、いつか他の人間と同じになるのか。
それとも。
自分が命を懸けて守った世界に、まだ見る価値が残っているのか。
◆
「ねえ、ナユ。あれ食べたいわ」
「また!?さっき食べたばっかりだよ!」
「別腹よ」
「そんな小さい身体のどこに別腹があるの!?」
現在。
迷宮都市ナユタの通りを、一人の少女が歩いていた。
その肩には、手のひらほどの小さな妖精が座っている。
名は、レム。
偉そうに足を組み。
少女をからかい。
楽しそうに笑っている。
ナユはまだ知らない。
自分の肩に座る小さな妖精が、原初の神話大戦を生き抜いた七大神の一柱。
魔神ミアズマを消滅させ、世界を救った存在。
その真名を――レムリア。
光の精霊神と呼ばれた神であることを。




