第419話《解析》
ナユは、迷宮都市ナユタの大型倉庫を訪れていた。
扉にはすでに「関係者以外立入禁止」の札が掛けられ、中では将軍専用人型起動兵器の周囲に簡単な足場が組まれている。
装甲の各所には番号札が付けられ、床にはシズネが使う工具と記録板が整然と並べられていた。
「おはよう、シズネさん」
「おはようございます、ナユ様」
機体の脚部を確認していたシズネが振り返る。
その視線が、ナユの肩で足を組んでいるレムへ止まった。
「……ナユ様」
「はい?」
「そちらの妖精の方は?」
「あ、まだ紹介してなかったね」
ナユは肩のレムを指差す。
「レムだよ。ルラフィナで知り合って、一緒にナユタへ来たの」
「レムよ」
レムは軽く手を上げた。
「よろしく」
「シズネ・ヒスイです。こちらでは主に魔道具や車両の整備を担当しております」
「あなたが、これを調べてる整備士なのね」
「はい」
シズネはそれだけ確認すると、再び巨大な機体へ視線を戻した。
大騒ぎすることも、必要以上にレムを詮索することもない。
「外部構造の確認が終わりました。分解はまだ行っていません」
「もうそこまで調べたの?」
「目視と、外側から確認できる範囲だけです」
レムがナユの肩から飛び立ち、黒い巨体を見上げた。
「近くで見ると、随分大きいわね」
「安全確認が終わっていませんので、触れないでください」
「見るだけよ」
「でしたら問題ありません」
「本当に真面目ね」
「事故を防ぐためです」
レムは少し面白そうに笑った。
◆
シズネは機体の脚部を示した。
「この重量を二脚で支えながら歩行するため、内部に姿勢制御用と思われる魔力経路があります」
「転ばないための仕組み?」
「簡単に言えば、そうです」
続いて腕部へ移る。
「腕にも複数の出力経路があります。単純に武器を持つだけではなく、内部兵装へ接続するためのものかもしれません。ただし、現時点では推測です」
「動かして確認しないの?」
レムが尋ねる。
「しません」
「即答ね」
「構造も安全装置も分からない兵器を試しに動かす方が危険です」
「嫌いじゃないわ、その考え方」
シズネは反応せず、今度は背部へ回った。
装甲の左右には、複数の開口部が並んでいる。
「こちらも用途不明です。排熱機構か、移動を補助する機構の可能性があります」
「もしかして、飛んだりするのかな?」
「現段階では分かりません」
「もし飛べたらすごいよね……」
ナユは機体を見上げながら、自然と笑みを浮かべていた。
巨大な人型兵器。
人が乗り込み、自在に動かす機械。
その光景を見ていると、前世の記憶がふと蘇る。
(そういえば、前世ではロボットアニメ好きだったな……)
画面の中で巨大な機体が走り、飛び、戦う姿を何度も見ていた。
まさか別の世界で、本物の人型兵器を目の前にするとは思ってもいなかった。
「ナユ」
「なに?」
レムが横から顔を覗き込んでいる。
「さっきから、すごく楽しそうな顔してるわよ」
「えっ?」
「乗りたいんでしょ?」
ナユは一瞬だけ黙った。
シズネも記録板から顔を上げる。
「……うん」
ナユは素直に頷いた。
「安全に動かせるようになったら、私も乗ってみたい」
「やっぱり」
レムが楽しそうに笑う。
「こういうの、前から好きだったんだ」
「ナユ様は、人型兵器の操縦経験がおありなのですか?」
「経験はないよ。でも……こういうのに乗って動かすの、昔からちょっと憧れてたの」
シズネは数秒だけナユを見た後、記録板へ何かを書き加えた。
「何書いたの!?」
「将来的な操縦希望者として、ナユ様のお名前を記録しました」
「本当に!?」
「ただし、安全性と操縦適性を確認できた場合に限ります」
「分かってる!」
ナユの返事が妙に早い。
レムが腕を組んだまま笑う。
「随分嬉しそうね」
「だって、こんなの乗れる機会なかなかないよ!」
『心拍数の上昇を確認しました』
(ミラ!)
『喜悦反応と推定します』
(分かってても言わなくていいよ!)
◆
シズネは胸部へ移動した。
装甲の隙間では、赤い光が一定の間隔で脈打っている。
「問題はこちらです」
「特殊エネルギーコアだね」
「はい。既存の魔石炉とは構造が一致しません」
シズネは一定の距離を保ったまま、赤い光を観察する。
「外部から魔力を注入している形跡はありません。それでも出力が維持されています。どのような仕組みなのか、現時点では不明です」
「帝国でも一つしかないものみたい」
「でしたら、なおさら慎重に扱います」
レムも赤い光をじっと見つめていた。
先ほどまでの軽い表情が、僅かに消えている。
「……変なものね」
「レムにも分からない?」
「分からないわ」
「珍しい」
「何よ。私が何でも知ってると思ってるの?」
「ちょっと思ってた」
「買い被りすぎよ」
『レムの発言と実際の能力範囲には、依然として不明点があります』
(ミラ、まだ警戒してるんだ)
『継続を推奨します』
レムが胸部へ少し近づこうとした。
「そこまでです」
シズネが即座に止める。
「まだ触ってないわよ」
「触れる必要もありません」
「分かったわよ」
レムは素直に戻り、再びナユの肩へ座った。
◆
機体の背面へ回ると、人が入れそうな区画が確認できた。
「ここが搭乗部と考えられます」
「ここから乗るんだ……」
ナユの声がまた少し弾む。
「操縦方法はまだ不明です。将軍専用であった以上、個人認証が設定されている可能性もあります」
「解除できる?」
「それをこれから調べます」
ナユは搭乗部を見上げた。
「もし解除できて、安全に動かせるようになったら……」
シズネとレムが同時にナユを見る。
「私、やっぱり乗ってみたい」
「聞いてるわよ」
レムが笑う。
「先ほど記録しました」
シズネも淡々と返した。
「二人とも覚えておいてね!」
「はい」
「仕方ないから覚えておいてあげる」
ナユは満足そうに機体を見上げた。
今はまだ、帝国から持ち帰った正体不明の兵器。
動かし方すら分からない。
それでも、この機体に自分が乗る未来を、ナユはほんの少しだけ想像していた。
その横でレムは、胸部で脈打つ赤い光を黙って見つめていた。
◆
「今日の記録:シズネさんに、将軍専用人型起動兵器の解析状況を教えてもらいました。レムとシズネさんも初めて挨拶しました。まだ分からない部分が多く、安全のため起動はさせないそうです。人が乗る場所も見つかりました。安全に動かせるようになったら、私も乗ってみたいとシズネさんとレムに伝えました。二人とも覚えていてくれるそうです。ちょっと楽しみです。日報完了」




