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第416話《同行》

 ナユは王宮の客室で目を覚ますと、窓の外から差し込む柔らかな光に目を細めた。

 神聖樹の葉が朝風に揺れ、その隙間からルラフィナの街が見えている。

 昨日まで人間へ向けられていた警戒も、少しずつ和らぎ始めていた。


「おはようございます、ナユ様」


 ミナが朝食を運び、その後ろからセバスチャンも入ってくる。


「本日は特に予定はございません。王家の皆様も、フィリア様との時間を過ごされるとのことです」


「じゃあ、少し街を見て回ってもいい?」


「勿論でございます。ただし、お一人では行かれませんように」


「分かってるよ」


 パンへ手を伸ばした時、窓の外で白い光が一度だけ瞬いた。


「あ」


「どうかなさいましたか?」


「昨日の変な妖精さん」


 ミナとセバスチャンも窓へ視線を向けたが、もう何もいない。


「消えちゃった」


「精霊の多い土地です。珍しいことではないのかもしれません」


「でも、あの妖精さん、すっごく偉そうなんだよ」


「お嬢様がそう仰るほどとは、興味深いですな」



 朝食を終えた三人は、王宮近くの市場を歩いていた。

 枝と枝の間に作られた店先には、見たことのない果物や精霊石、木工品が並んでいる。

 ナユが一つずつ覗き込んでいると、頭上から聞き覚えのある声が落ちてきた。


「また果物を見てるの?」


「変な妖精さん!」


 小さな光が舞い降り、昨日の妖精がナユの目の前で腕を組む。


「その呼び方、いつまで続けるつもり?」


「だって名前を教えてくれないじゃん!」


 妖精は少しだけ考え、ふいと顔を逸らした。


「……レム」


「レム?」


「そう。そう呼びなさい」


「それが本当の名前?」


 レムは悪戯っぽく笑った。


「女の子は秘密が多い方が魅力的なのよ」


「答えになってないよ!」


「細かいわね」


 レムは当然のようにナユの肩へ腰を下ろした。


『……ナユ』


 その時、久しぶりにミラの声が頭の中へ響いた。


(ミラ?)


『その個体について、照合を行いました』


(レムのこと?)


『はい。現時点で一致する情報を確認できません』


 ナユは肩へ視線を向けた。

 レムは退屈そうに足を揺らしている。


(普通の妖精じゃないの?)


『断定できません。また、保有魔力量の正確な測定にも失敗しています』


(ミラでも分からないことあるんだ)


『あります。警戒を推奨します』


(でも、悪い妖精には見えないよ?)


 僅かな沈黙。


『ナユ。その判断基準については、再検討を推奨します』


(ひどい!)


「……何よ?」


 レムがナユの顔を覗き込んだ。


「え?」


「さっきから私を見ながら変な顔してるわよ」


「してないよ!」


「してるわ」


(ミラ、この妖精さんにだけは言われたくないよ)


『同意します』


(そこは同意するんだ……)


 レムは何も知らず、近くの露店に積まれた果物へ視線を移した。


「それ、一つ買いなさい」


「自分で買えば?」


「お金なんて持ってないわ」


「偉そうなのに無一文なの!?」


「妖精がお金を持ち歩いてどうするのよ」


 仕方なくナユが一つ買う。

 レムは当然のように受け取り、一口齧った。


「……悪くないわね」


「すごく美味しそうな顔してるよ」


「してない」


「してたよ」


「見間違いよ」


 残りを抱え込んだまま返す気配はなかった。



 市場の奥へ進んだ時、荷箱の陰から低い唸り声が聞こえた。

 黒い獣のような小型魔物が飛び出し、近くにいたエルフの子どもへ牙を剥く。


「危ない!」


 ナユが駆け出すより早く、肩にいたレムが宙へ浮いた。


 先ほどまでの悪戯っぽい表情が消える。

 冷たい目で魔物を見下ろし、指先を向けた。


「邪魔」


 一筋の白い光が走った。


 魔物は声を上げる暇もなく、光の粒へ変わって消えた。

 血も焼け跡も残らない。

 そこに何かがいた痕跡すらなかった。


 ミナが目を見開く。

 セバスチャンも僅かに目を細めた。


『解析不能』


 ミラの声が響く。


(今のも?)


『術式構造を取得できませんでした』


「レム、今の何!?」


「何って、消しただけよ」


「消しただけって……」


「弱かったもの」


 助けられた子どもが母親へ駆け寄る。

 レムはそちらを一度見ただけで、興味を失ったようにナユの肩へ戻った。


「子どもが無事でよかったね」


「結果的にはね。私はあれが鬱陶しかったから消しただけ」


 可愛らしい顔で言い切る。


(ミラ)


『はい』


(やっぱりちょっと変だよね)


『先ほどから、その結論を推奨しています』


「やっぱり変な妖精さんだ……」


「また言ったわね?」



 王宮へ戻ると、フィリアが三人を迎えた。

 ナユの肩に座るレムを見て、少しだけ首を傾げる。


「昨日言われていた妖精の方ですね」


「うん。名前、教えてもらったよ。レムだって」


「レム様、ですか」


「様はいらないわ。堅苦しいもの」


 フィリアが微笑む。


「では、レムさんと」


「それでいいわ」


 ナユは肩を指差した。


「それで、レムはいつまでついてくるの?」


「決めてないわ」


「帰る場所はあるんでしょ?」


「あるわよ」


「じゃあ帰らなくていいの?」


 レムは顎へ指を当て、少しだけ考えた。

 そして楽しそうに笑う。


「あなたの旅、退屈しなさそうなのよね」


「え?」


「しばらく一緒に行ってあげる」


「また勝手に決めた!」


「嫌なの?」


 ナユは少し考えた。

 偉そうで、秘密が多くて、食い意地も張っている。

 魔物に向けた冷たい目は少し怖かった。

 それでも、不思議と嫌いにはなれなかった。


「……まあ、いいけど」


「決まりね」


 レムは満足そうにナユの頭へ移動した。


「そこは駄目!」


「肩と大差ないでしょ」


「私の頭だよ!」


 フィリアが吹き出し、ミナも口元を押さえる。

 セバスチャンは静かに微笑んでいた。


『ナユ』


(なに?)


『同行には、引き続き警戒を推奨します』


(分かったよ。でも、仲良くできるかもしれないでしょ?)


『……否定はしません』


 名前以外は、まだ何も分からない。

 それでも、この日からレムはナユ達と共に歩くことになった。



「今日の記録:変な妖精さんのお名前はレムでした。本当の名前なのか聞いたら、女の子は秘密が多い方が魅力的だと言われました。ミラにも詳しいことは分からないみたいです。レムは小さな魔物を一瞬で消してしまうくらい強いですが、少し怖いところもあります。それでも、私の旅が面白そうだから、しばらく一緒に来るそうです。日報完了」

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