表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
420/432

第415話《盟約》

 翌朝。

 ナユ達は、王宮の一室へ再び招かれていた。

 昨夜とは違い、卓上には地図と書類が広げられている。

 王と王妃、フィリア、数名の重臣が席につき、ナユの隣にはミナとセバスチャンが控えていた。


「昨夜は、娘との時間を与えてくださったことに感謝する」


 王が最初に頭を下げる。


「ううん。家族で過ごす方が大事だと思っただけです」


「その『だけ』を自然に選べる者は多くない」


 王妃が柔らかく微笑む。

 ナユは少し照れたように視線を逸らした。


 王は地図へ目を落とした。


「本日は、今後について話したい」


 指先が《ルラフィナ》と《迷宮都市ナユタ》の間をなぞる。


「我が国は長く、外との関わりを最小限にしてきた。とりわけ人間の国とは、必要以上に近づかぬことを国是としてきた」


 重臣達の何人かが静かに頷く。


「それを、変えるのですか?」


 フィリアが尋ねる。


「すべてを一度に変えるつもりはない」


 王は即答した。


「だが、何も見ず、何も知ろうとせず、ただ拒むことが正しいとも思えなくなった」


 王の視線がナユへ向く。


「風の精霊王様の御言葉もある。何より、娘を救ったのは帝国とは別の人間達だった」


「ナユタには、人間以外の種族もたくさんいます」


「フィリアから聞いた」


 王は一枚の書類をナユの前へ置いた。


「まず、迷宮都市ナユタとの間に正式な交流窓口を設けたい」


「交流窓口?」


「互いの使者が、安全に行き来できるようにする。その上で、薬草、精霊素材、工芸品など、ごく限られた品から交易を始める」


 ナユは書類を覗き込んだ。

 難しい言葉が並んでいる。


「えっと……つまり、仲良くしていくための第一歩?」


「その理解で構わない」


「それなら賛成です!」


 あまりに即答だったため、重臣の一人が僅かに目を見開いた。


「条件の確認などは……」


「難しいところは、帰ったらエリシアさんにも見てもらいます」


「なるほど」


 セバスチャンが小さく咳払いした。


「お嬢様。署名だけは、内容をすべて確認してからにいたしましょう」


「あ、はは、わ、分かってるよ!」


「念のため申し上げました」


 フィリアが口元を押さえて笑う。


 王も僅かに表情を緩めた。


「正式な盟約と呼べる段階ではない。だが、我々にとっては大きな一歩だ」


「少しずつでいいと思います」


 ナユは真っ直ぐ王を見る。


「嫌なことがあったからって、全部の人を同じだって思うのは悲しいから」


 室内が静かになった。


「帝国で捕まっていた人達も、みんな人間でした。でも、フィリアさんを捕まえた人達とは違います」


「……そうだな」


 王はゆっくり頷いた。


「我らも、学ばねばならぬ」


 その時、窓の隙間から一筋の光が差し込んだ。

 朝日とは違う、小さく柔らかな光だった。

 ナユがそちらを見ると、光はすぐに消えた。


「どうかなさいましたか?」


 ミナが尋ねる。


「今、何か光ったような……」


 窓の外には、神聖樹の葉が揺れているだけだった。


「精霊かもしれません」


 フィリアが微笑む。


「この国には、多くの精霊が暮らしていますから」


「そっか」


 ナユはそれ以上気にしなかった。



 話し合いを終えた後、フィリアがナユ達をルラフィナの街へ案内してくれた。


 昨日は王宮へ急いだため、周囲をゆっくり見る余裕がなかった。

 改めて歩いてみると、街は木々の上と地上の両方へ広がっている。

 枝と枝を結ぶ吊り橋。

 幹の空洞を利用した店。

 精霊の光で照らされた水路。

 人の手で森を作り替えるのではなく、森の形へ生活を合わせているようだった。


「建物が木にくっついてるのに、傷つけてないんだね」


「樹木の成長に合わせて、建物側を作り直します」


「大変そう……」


「慣れれば、それほどでもありません」


 道行くエルフ達は、まだナユ達へ警戒の目を向けていた。

 だが昨日ほど露骨ではない。

 中には遠くから小さく頭を下げる者もいる。


 幼いエルフの少女が母親の後ろから顔を出し、ナユをじっと見つめていた。


「こんにちは」


 ナユが手を振る。


 少女は驚いて隠れた。

 少しして、もう一度だけ顔を出す。


 今度は小さく手を振り返した。


 ナユが嬉しそうに笑うと、フィリアも隣で微笑んだ。


「時間はかかるでしょう」


「うん。でも、最初はそれでいいよ」


 その言葉を聞いていたかのように、頭上の枝で小さな光が瞬いた。



 夕方。

 王宮へ戻る途中、ナユは一人だけ少し遅れて歩いていた。


 露店に並んだ珍しい果物へ気を取られていたからだ。


「これ、何だろう……」


「知らないの?」


 突然、頭上から少女の声がした。


「え?」


 見上げる。


 木の枝に、小さな何かが座っていた。


 手のひらほどの大きさ。

 人の少女によく似た姿。

 背中には透き通った羽があり、全身を淡い光が包んでいる。


 小さな妖精は足を組み、ナユを見下ろしていた。


「それ、月蜜果よ。甘いけど、一度に三つ食べると舌が痺れるわ」


「妖精さん?」


「見れば分かるでしょ?」


 随分と偉そうだった。


 ナユが目を瞬かせる。


「初めまして?」


「そうね。あなたにとっては」


「?」


 妖精は意味ありげに笑った。


「へえ……本当に変な子」


「いきなり失礼だよ!」


「褒めてるのよ」


「絶対違う!」


 妖精は楽しそうに笑い、枝から飛び上がった。


 光の粒を撒きながら、ナユの周囲を一周する。


「まあ、もう少し見てあげる」


「何を?」


「あなたを」


 それだけ言うと、妖精は眩い光へ変わった。


「待って!名前は?」


 ナユが手を伸ばす。


 返事はなかった。

 光は神聖樹の枝の向こうへ消えていった。


 少し離れた場所で、フィリアが振り返る。


「ナユ様?」


「今、変な妖精さんがいたの!」


「変な妖精……ですか?」


「すごく偉そうで、私のこと見てあげるって!」


 フィリアは首を傾げた。


「そのような精霊は、私は存じませんが……」


 ナユも光が消えた場所を見上げる。


 もう何もいない。


 ただ、夕暮れの中で一粒だけ、白い光が楽しそうに瞬いていた。



「今日の記録:ルラフィナの王様と、迷宮都市ナユタとの交流についてお話ししました。まずは使者の行き来や、少しずつ交易を始めるそうです。街も案内してもらいました。それから、光っている小さな妖精さんに会いました。すごく偉そうで、私をもう少し見てあげると言って消えました。名前も聞けませんでした。変な妖精さんです。日報完了」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ