第414話《真相》
王宮の奥にある謁見の間へ通されると、ナユ達は長い卓を囲むことになった。
先ほどまで広場にいた近衛兵や住民の姿はなく、室内にいるのは王と王妃、フィリア、数名の重臣、そしてナユ、ミナ、セバスチャンだけだった。
窓の外では、巨大な神聖樹の葉が風に揺れている。
「まず、何があったのかを聞かせてほしい」
王の声は静かだった。
だが、握られた拳には力が入っている。
フィリアは一度目を閉じ、それから数十年前の出来事を語り始めた。
「私は国境近くの森で、精霊達の異変を調べていました。その時、帝国の部隊に襲われました」
護衛はいた。
だが、帝国は最初からフィリアと風の精霊王を狙っていた。
精霊との契約を阻害する道具を用意し、逃げ道も塞いでいたという。
「気がついた時には、地下でした」
王妃が口元を押さえる。
「それから、数十年……?」
「はい」
フィリアは胸元へ手を当てた。
「帝国は私の魔力だけではなく、風の精霊王様との契約へ楔を打ち込みました。私を通して、精霊王様の力まで奪っていたのです」
室内の空気が変わった。
重臣達の顔から血の気が引き、王の瞳には明確な怒りが宿る。
「精霊王様へ……人間が、そのようなことを……」
『人間すべてではない』
風が謁見の間を巡った。
淡い緑色の光がフィリアの背後へ集まり、輪郭だけの大きな姿を形作る。
その場にいたエルフ達が一斉に頭を下げた。
『我を縛ったのは帝国である。そして、我を解き放ったのもまた、人の子であった』
風の精霊王の視線が、ナユへ向く。
『種ではなく、行いを見よ』
王はしばらく黙っていた。
やがて拳を解き、深く頭を下げる。
「……御言葉、胸に刻みます」
光が静かに薄れ、風だけが残った。
フィリアは、帝国地下で何が起きたのかを続けた。
進藤海のこと。
同じ地下に囚われていた人々のこと。
ナユ達が潜入し、拘束を解き、最後には帝都そのものから全員を連れ出したこと。
「共に囚われていた方々は、今どちらに?」
王妃が尋ねる。
「迷宮都市ナユタで保護していただいております」
「ここへ連れてこなかったのですか?」
フィリアは小さく首を振った。
「私が止めました。今のルラフィナへ、大勢の人間を連れてくることは難しいと考えたからです」
王も否定しなかった。
「……その判断は正しい。娘を奪った帝国への怒りが、何の罪もない人間へ向かう者もいるだろう」
ナユは静かに聞いていた。
「ナユ様は、それを承知で彼らを受け入れてくださったのです」
「帰る場所がないって言ってたから」
ナユは当たり前のように答えた。
「だったら、帰る場所ができるまでナユタにいればいいと思っただけです」
重臣の一人が、信じられないものを見るようにナユを見る。
「何十人もの素性の分からぬ者を、領内へ?」
「ちゃんと調べるところは調べます。でも、困ってる人を外に置いたままにはできないです」
ミナは少し誇らしそうにナユの隣へ立っていた。
セバスチャンも若い姿のまま、穏やかな表情を浮かべている。
王は長く息を吐いた。
「フィリアを救っただけではないのだな」
「?」
「いや。こちらの話だ」
王は立ち上がる。
「辺境伯ナユ殿。ミナ殿。セバスチャン殿」
三人へ向け、深く頭を下げた。
「娘を救ってくださったこと。そして風の精霊王様を救ってくださったこと。改めて、ルラフィナを代表して感謝する」
「頭を上げてください!」
ナユが慌てる。
「私は、フィリアさんを置いていけなかっただけですから!」
「それを実行できる者が、どれほどいると思う?」
王妃が優しく笑った。
フィリアも同じように微笑んでいる。
「父上。ナユ様は、いつもこうなのです」
「いつも?」
「ご自身がどれほど大きなことをなさったのか、あまり分かっておられません」
「フィリアさんまで!」
ミナが口元を押さえ、セバスチャンはわずかに視線を逸らした。
否定する者はいなかった。
「ミナもセバスチャンも、何か言ってよ!」
「私から申し上げることはございません」
「同じくでございます」
「ひどい!」
張り詰めていた謁見の間に、初めて小さな笑いが広がった。
やがて王は表情を改める。
「ナユ殿。礼をしたい」
「礼?」
「金銀でも、精霊樹の素材でも、我が国に用意できるものであれば可能な限り応えよう」
ナユは少し考えた。
そして、フィリアを見る。
「じゃあ、一つだけ」
「何だ?」
「今日はフィリアさんを、家族みんなでゆっくり休ませてあげてください」
王と王妃が目を見開いた。
「数十年ぶりに帰ってきたんですよね?」
ナユは笑う。
「難しい話は、明日でもできるから」
王妃の瞳に、再び涙が浮かんだ。
王も少し俯いた後、静かに頷く。
「……分かった。そうさせてもらおう」
フィリアは何も言えず、ただナユへ深く頭を下げた。
その日の話し合いは、そこで終わった。
謁見の間の扉が開くと、廊下には二人のエルフが待っていた。
一人はフィリアより少し幼く見える男性。
もう一人は、銀色の髪を肩まで伸ばした女性だった。
「……姉上」
男性の声が震える。
フィリアは二人の顔を見つめ、ゆっくりと目を見開いた。
「あなた達……」
「お帰りなさい、姉上」
妹が堪えきれずに駆け寄り、フィリアへ抱きついた。
弟もその隣で顔を歪める。
数十年前にはまだ幼かった弟と妹が、今は立派に成長している。
フィリアは二人を抱き締め、とうとう声を上げて泣いた。
ナユはその姿を見て、ミナとセバスチャンへ小さく合図した。
「行こう」
三人は何も言わず、家族だけの時間を残してその場を離れた。
王宮の外では、神聖樹の葉の隙間から夕方の光が差し込んでいる。
誰にも気づかれないほど小さな光が、その中に一つだけ混じっていた。
それはしばらくナユの背中を見つめていた。
帝国へ乗り込み、風の精霊王と契約者を救い、見返りに家族との時間だけを願った小さな辺境伯。
光はまるで、その姿を気に入ったとでもいうように、楽しそうに一度だけ瞬いた。
◆
「今日の記録:フィリアさんが帝国で何をされていたのか、王様達へ説明しました。風の精霊王様も、帝国の人達とすべての人間は同じではないと言ってくださいました。王様からお礼をしたいと言われましたが、今日はフィリアさんを家族とゆっくり過ごさせてあげてほしいとお願いしました。数十年ぶりの家族との時間なので、大切にしてほしいです。日報完了」




