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第412話《森路》

 救出者達の受け入れから二日後。

 迷宮都市ナユタの南西門には、旅支度を整えたナユ、ミナ、セバスチャン、フィリアの四人が集まっていた。

 帝国で救出した人々の生活についてはエリシアへ任せ、進藤海は診療所で検査と休養を続けている。

 将軍専用人型起動兵器も大型倉庫へ移され、シズネによる解析が始まっていた。


「皆様については、ご心配なく」


 見送りに来たエリシアが書類板を閉じる。


「仮居住先への移動は完了しています。体調の戻った方から、今後の生活について希望を確認していきます」


「ありがとう、エリシアさん」


「お任せください。ナユ様は、王女殿下を無事に故郷まで送り届けてください」


 少し離れた場所から、進藤海も歩いてきた。


「やっぱり俺も行った方がよくないか?」


「駄目です」


 ナユは即答した。


「なんでだよ。もう身体は動くぞ」


「動けるのと、休まなくていいのは別です」


「その言い方、誰かに似てきたな……」


 進藤海の視線がミナへ向く。


「進藤様。検査結果の確認も残っております」


「ほらな」


「ほらな、じゃないよ」


 ナユが頬を膨らませると、進藤海は諦めたように両手を上げた。


「分かったよ。大人しく残る」


「フィリアさんを送り届けたら戻ってくるから」


「お前の場合、その途中でまた何か拾ってきそうなんだよな」


「拾わないよ!」


「お嬢様がそう仰る時ほど、何か起きるものです」


 セバスチャンが静かに口を挟む。


「セバスチャンまで!」


 若い姿になっても、口調も態度も以前と変わらない。

 進藤海はその姿を見て、小さく笑った。


「まあ、その化け物が一緒なら大丈夫か」


「お褒めにあずかり光栄です」


「やっぱり褒めてねぇよ」


 フィリアがそのやり取りを見て、僅かに微笑んだ。

 数十年ぶりに故郷へ帰る朝だというのに、不思議と緊張が和らいでいく。


「では、行こう」


 ナユの言葉に三人が頷く。

 四人は南西門を出て、エルフ達の王国ルラフィナへ向けて歩き始めた。



 ナユタを囲む《迷いの森》には、都市へ出入りする者のための道が整備されている。

 だが南西へ進むほど道幅は狭くなり、人の手が入った痕跡も減っていった。


「ルラフィナまでは、どれくらいなの?」


「私が道を開けながら進めば、四日ほどでしょう」


 フィリアが答える。


「普通に探した場合は?」


「辿り着けません」


「え?」


「ルラフィナの位置を知っていても、神聖樹の森が認めなければ同じ場所を巡り続けます。方角を合わせて進んでも、気づけば森の外へ戻されます」


 ナユは思わず地図を見る。

 そこには神聖樹の森とエルフの国の位置こそ描かれているが、その間を繋ぐ道はない。


「だから、地図にも道がないんだね」


「はい。ルラフィナは、森そのものに隠されています」


 二日目から、周囲の景色が変わり始めた。

 木々はさらに太くなり、幹には淡く光る苔が広がっている。

 時折、小さな光の粒が枝の間を漂い、フィリアの周囲へ集まっては消えていった。


「精霊ですか?」


 ミナが尋ねる。


「ええ。故郷に近づいているのを感じ取っているのでしょう」


 フィリアは嬉しそうに手を差し出した。

 小さな風の精霊が指先へ触れ、すぐに森の奥へ飛んでいく。


 だが、その笑顔は長く続かなかった。


「フィリアさん?」


「……少し、怖いのです」


 フィリアは前を向いたまま答えた。


「数十年です。エルフにとっては決して長すぎる年月ではありません。それでも、私がいなくなった後に何が起きたのか、何も知りません」


 父と母は無事なのか。

 弟や妹達はどうなったのか。

 そして、突然姿を消した第一王女を、国の者達が今どう思っているのか。


「帰ってみないと分からないね」


 ナユはフィリアの隣へ並んだ。


「でも、帰れるところまで来たんだから。一緒に確かめよう」


 フィリアはナユを見つめ、ゆっくり頷いた。


「はい」



 四日目の昼。


 四人の前に、壁のような森が現れた。


 空を覆い隠す巨大な樹木。

 幾重にも絡み合った根。

 人が通れそうな隙間すら見当たらない。


「ここからが《神聖樹の森》です」


 フィリアが一歩前へ出た。


「ここから先は、私から離れないでください。森が皆様を侵入者と判断すれば、別々の場所へ飛ばされることがあります」


「分かりました」


 ミナがナユのすぐ隣へ移る。

 セバスチャンも周囲へ視線を走らせた。


 フィリアは胸元へ手を当てる。


「風の精霊王様」


 緑色の風が巻き起こった。


「私達を、ルラフィナへ」


 巨大な木々がざわめく。

 絡み合っていた枝が左右へ分かれ、根がゆっくりと地面へ沈んでいった。


 先ほどまで存在しなかった細い道が、森の奥へ続いている。


「すごい……」


「参りましょう」


 フィリアを先頭に、四人は神聖樹の森へ足を踏み入れた。


 背後で木々が閉じる。

 外から差していた光が遮られ、代わりに花や苔の淡い光が足元を照らした。


 しばらく進んだところで、セバスチャンが足を止めた。


「お嬢様」


「うん」


「囲まれております」


 ミナも同時にナユの前へ出た。


 風を切る音。


 次の瞬間、複数の矢が木々の間から飛来した。


 ミナが一本を払い、セバスチャンが二本を指の間で受け止める。

 残る矢は、四人の足元へ正確に突き刺さった。


「それ以上進むな!」


 頭上から鋭い声が響く。


 木々の枝へ、弓を構えたエルフ達が次々と姿を現した。

 矢尻はナユ、ミナ、セバスチャンへ向けられている。


「人間が、なぜ神聖樹の森にいる」


「ここより先はルラフィナの領域だ。直ちに立ち去れ」


 ナユ達は武器を構えなかった。


「待ってください」


 フィリアが三人の前へ出た。


 長い銀髪が、森を抜ける風に揺れる。


「私です」


 弓を構えていたエルフ達の表情が変わった。


 一人が目を大きく見開く。

 別の者は、引き絞っていた弦から力を抜いた。


「……そんな……」


 震える声が、森の中へ漏れる。


「姫様……?」



「今日の記録:フィリアさんを故郷へ送り届けるため、ミナとセバスチャンと一緒にルラフィナへ向けて出発しました。四日ほど歩いて神聖樹の森へ着き、風の精霊王様に隠された道を開いてもらいました。森の中でエルフの皆さんに囲まれましたが、フィリアさんを見た途端、とても驚いていました。もうすぐルラフィナです。日報完了」

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