第411話《帰都》
翌日の夕刻、迷宮都市ナユタの外壁が見えてきた。
救出された人々の歩調に合わせたため、予定より少し遅くなったが、誰一人欠けていない。
高い城壁と開かれた門を前に、人々は不安そうに足を止めた。
「あれが、迷宮都市ナユタです」
ミナが前方を示す。
門前には、人間だけではなく、獣人や魔族、角や翼を持つ者達も行き交っていた。
違う種族同士が荷物を運び、言葉を交わし、同じ列へ並んでいる。
「本当に……私達が入ってもよいのでしょうか」
年老いた女性が、小さな声で尋ねた。
「もちろんだよ」
ナユは振り返り、笑顔で頷いた。
「中に入ったら、まず身体を診てもらおう。温かいご飯と、休める場所も用意するからね」
見張り台の兵士が一行へ気づいた。
ナユの姿を確認すると、鐘を一度鳴らす。
「辺境伯様がお戻りになった!開門!」
重い門が、ゆっくりと左右へ開いていった。
門を守る兵士がナユの前へ進み、胸へ拳を当てる。
「お帰りなさいませ、辺境伯様」
「ただいま。後ろの皆さんは帝国に囚われていた人達です。怪我は治っていますが、長く拘束されていました」
「承知しました。診療所と役所へ連絡いたします」
兵士達が動き始める。
一人は診療所へ走り、別の者は中央区の役所へ向かった。
門の周囲にいた住民達も、救出された人々の様子を見て足を止めた。
「随分と疲れているな」
「水を持ってくる」
「歩けない人がいたら、肩を貸すぞ」
事情を知る者はいない。
それでも、助けが必要であることは一目で分かった。
「どうして……何も聞かないのですか?」
痩せた男性が、差し出された水を受け取りながら尋ねる。
獣人の女性は首を傾げた。
「話を聞くのは、休んでからでもできるでしょう?」
角を持つ魔族の青年も、年老いた女性へ手を差し出す。
「今は倒れずに歩く方が先だ」
女性は震えながら、その手を握った。
フィリアは、種族の異なる者達が自然に助け合う光景を見渡していた。
銀色の髪を、淡い風が静かに揺らす。
「ここが、ナユ様の仰っていた都市なのですね」
「うん。迷宮都市ナユタへようこそ」
「本当に、種族を問わず暮らしているのですね」
「まだ問題はたくさんあるけど、みんなで作ってきた大切な町だよ」
しばらくすると、役所の方角から一人のエルフの女性が歩いてきた。
淡い緑色の髪。
尖った耳。
片腕には、厚い書類板を抱えている。
女性はナユの前で立ち止まり、静かに一礼した。
「お帰りなさいませ、ナユ様」
「ただいま、エリシアさん」
救出された人々が、小さくざわめいた。
人間の都市で、エルフが役人として働いていることが意外だったのだろう。
エリシアは人々の人数と状態を順番に確認していく。
「二十四名。うち、自力での歩行が難しい方が三名。全員、今夜の宿泊先と診療所での検査が必要ですね」
「帰る場所が残っていない人も多いんです。しばらくナユタで暮らせるようにしてほしいです」
「承知しました」
エリシアは迷わず点検板へ書き込んだ。
「まず診療所で検査を受けていただきます。その間に空いている借家と宿泊施設を確認します。居住登録については、体調が戻ってからで構いません」
「でも、私達にはお金が……」
男性が不安そうに口を開く。
「当面の住居費と食費は、都市の保護予算から支出します」
エリシアは事務的な口調のまま答えた。
「返済の必要はありません。仕事についても、体調が回復した後に希望を確認します」
「本当に、そこまでしていただけるのですか?」
「ナユ様が受け入れると決定されましたので」
エリシアは一度だけナユへ視線を向ける。
「私の仕事は、その決定を滞りなく実行することです」
淡々とした言葉だった。
だが、すでに宿泊施設や生活費まで考えられていることに、人々の表情は少しずつ和らいでいった。
「エリシアさん、お願いします」
「お任せください」
エリシアは役所の職員達へ指示を出し、救出された人々を診療所と宿泊施設へ振り分けていく。
フィリアは、その姿を興味深そうに見つめていた。
「あなたも、エルフなのですね」
「はい。エリシアと申します。現在は、この都市で税務と居住管理を担当しております」
「人間や魔族と共に暮らすことへ、抵抗はなかったのですか?」
エリシアは少しだけ考えた。
「最初は、戸惑うこともありました」
書類板を閉じ、街の中へ視線を向ける。
「ですが、税の計算も、土地の管理も、種族によって変わるものではありません」
「随分と、現実的なのですね」
「仕事ですので」
フィリアは僅かに目を丸くした後、静かに微笑んだ。
同じエルフでありながら、閉ざされた王国で生きてきた王女と、外の社会で働くエリシア。
二人の生き方は、大きく異なっていた。
「フィリアさんも、今夜は休んでください」
ナユが声を掛ける。
「明日以降、ルラフィナへ向かう準備をしよう」
「はい。ありがとうございます、ナユ様」
進藤海も診療所へ案内されることになった。
「俺はエリクサーを飲んだから、検査は要らないと思うんだが」
「帝国で行われた処置の内容が不明です」
エリシアが書類へ視線を落としたまま答える。
「検査結果に問題がなければ、それで終了します」
「役所の人にまで言われるのかよ……」
「進藤様、参りましょう」
ミナが隣へ立つ。
「分かったよ。逃げたりしねぇって」
進藤海は諦めたように頭を掻き、診療所へ向かっていった。
◆
救出された人々の受け入れが終わった後。
ナユは、人目の少ない大型倉庫へシズネを呼んだ。
セバスチャンも深く頭巾を被り、ナユの後ろに立っている。
「ナユ様。確認したい物とは何でしょうか?」
「大きいから、少し離れていてください」
シズネは何も尋ねず、倉庫の壁際まで下がった。
ナユが《アイテムボックス》へ意識を向ける。
「出します」
空間が大きく歪んだ。
次の瞬間、黒い装甲に覆われた巨大な人型兵器が、倉庫の中央へ姿を現した。
胸部の奥では、特殊なエネルギーコアが赤い光を脈打たせている。
シズネは動かなかった。
頭部。
胸部。
四肢。
装甲の接続部。
順番に視線を走らせていく。
「これは……人型の起動兵器ですか?」
「帝国の将軍専用人型起動兵器だよ」
「起動状態は?」
「収納する前は、自分で動いていました」
「損傷は?」
「ほとんどないと思う」
シズネは眼鏡の位置を直し、胸部の赤い光へ近づいた。
「既存の魔導炉とは、反応が異なります」
「一つしかない、特別なエネルギーコアみたいです」
「解析許可をいただけますか?」
「うん。そのために持って帰ってきたの」
「ありがとうございます」
声は変わらず淡々としていた。
だが、シズネはすでに機体の周囲を歩き、装甲の継ぎ目や脚部の駆動構造を確認し始めている。
「外部構造の記録から開始します。安全が確認できるまで、胸部のコアと内部機構には触れません」
「お願いします」
シズネは点検板を開き、最初の記録を書き始めた。
帝国で兵器として造られた黒い巨体は、この日から迷宮都市ナユタで解析されることになった。
◆
「今日の記録:救出した皆さんと一緒に、迷宮都市ナユタへ帰ってきました。エリシアさんが診療所や住む場所、生活に必要な物を手配してくれました。フィリアさんは、外の社会で働くエルフのエリシアさんに驚いていました。それから、シズネさんに帝国から持ち帰った将軍専用人型起動兵器を見てもらい、解析をお願いしました。日報完了」




