第403話《七分》
地下第七区画を揺らした振動が、まだ床の下で唸っていた。
管理盤の表示が赤へ切り替わる。
壁を走る魔力線が激しく明滅し、低い警報音が施設の奥まで響き渡った。
盤面の隅では、四百二十から始まった数字が一秒ずつ減っている。
『緊急排出機能、正常に起動』
『自動制御復旧まで、残り四百二十秒』
収容室の扉が開き、抽出室の拘束具が停止する。
区画を隔てていた鉄扉も、重い音を立てて開放された。
「ミナ、抽出室をお願い!」
「承知しました。必ず皆様を古い排水路までお連れします」
ミナは管理室を飛び出した。
強制排出された魔力が、施設内の導管を荒れ狂っている。
普段なら魔法の使用を探知されるが、今は区画全体の魔力波形が乱れていた。
すでに警報も鳴っている。
もう力を隠すより、速さを優先する段階だった。
ミナは無詠唱で《ブースト》を十二重まで重ね、その姿を通路の奥へ消した。
「お嬢様、こちらへ」
「うん!」
ナユとセバスチャンも管理室を出た。
「管理室へ確認を出せ!」
「第零霊源体を逃がすな!」
飛び出してきた研究員が、セバスチャンへ手を伸ばした。
セバスチャンは足を止めない。
すれ違いざまに手首を取り、その勢いのまま研究員を備品室へ送り込む。
扉を閉め、外側の留め具を落とした。
「なっ、開けろ!」
「数分ほど、そちらでお待ちください」
二人はそのまま第七特殊収容室へ急いだ。
『自動制御復旧まで、残り三百四十六秒』
収容室の前には看守が二人いた。
「侵入者だ!」
一人が剣を抜く。
セバスチャンは刃の内側へ入り、剣を持つ手首を押し流した。
肘を跳ね上げて剣を落とさせ、足を払う。
看守は背中から石床へ落ち、その場で息を詰まらせた。
もう一人が笛へ手を伸ばす。
ナユは身体強化で間合いを詰め、腕を掴んだ。
その勢いを利用して肩越しに投げる。
笛が床を転がり、看守は背中を押さえたまま起き上がれなかった。
「進藤さん!」
ナユは開いた収容室へ駆け込んだ。
拘束具の外れた椅子に、進藤海が力なく座っていた。
腹部には赤黒い痕が残り、呼吸も浅い。
ナユが肩へ触れると、進藤海の瞼がゆっくり開いた。
「……ナユ……?」
掠れた声に、驚きが滲んでいた。
「どうして……お前が、ここに……」
「助けに来たよ」
「帝国のど真ん中だぞ……馬鹿なのか、お前は……」
「怒るのは後にしてください。今はこれを飲んで」
ナユは《アイテムボックス》からエリクサーを取り出した。
少しずつ飲ませると、淡い光が進藤海を包む。
赤黒い痕が薄れ、乱れていた呼吸も整い始めた。
『肉体損傷の修復を確認』
『魔力循環も安定しつつあります。ただし、衰弱と精神疲労が残っています』
「立てそう?」
「ああ。走るくらいならな」
進藤海は壁へ手をつき、立ち上がった。
身体が揺れると、セバスチャンがすぐに腕を支える。
「そっちの爺さんは?」
「ナユお嬢様の執事でございます。ご挨拶は外へ出てからにいたしましょう」
「そりゃそうだ」
『自動制御復旧まで、残り二百七十四秒』
「急ごう!」
三人は収容室を飛び出した。
◆
ミナが到着した抽出室では、拘束を失った人々が床へ崩れ落ちていた。
抽出器具は停止しているが、長く魔力を奪われた身体には立ち上がる力が残っていない。
「ここから逃げます。歩ける方は、動けない方を支えてください」
二人の帝国兵が入口から飛び込んでくる。
「全員、床へ伏せろ!」
ミナは十二重の《ブースト》を維持したまま踏み込んだ。
一人目の剣を払い、掌底で通路へ押し戻す。
二人目の懐へ入り、腹へ肘を打ち込んで武器を落とさせた。
「今のうちです。こちらへ」
ナユから預かったエリクサーを、特に衰弱した者達へ少しずつ飲ませる。
淡い光が灯り、支えがあれば歩ける者が増えていった。
そこへナユ達が合流した。
「飲める人から飲んでください!」
ナユもエリクサーを取り出し、残る者達へ渡していく。
『自動制御復旧まで、残り百六十八秒』
「三分を切ったよ!彼女について行って、古い排水路へ入って!」
「ナユ様は?」
「銀髪の人を助けに行く。進藤さんとセバスチャンも一緒だよ」
ミナは頷いた。
「承知しました。必ず全員を排水路へお連れします」
ナユ達は中央区画へ走った。
◆
中央区画の扉は開いていた。
透明な隔壁も、床の封印も光を失っている。
だが、銀髪のエルフだけは解放されていなかった。
手足の鎖は外れている。
それでも胸元から伸びる太い光の線が、彼女の身体を拘束台へ吊り上げていた。
背後の巨大な結晶では、淡い緑色の影が苦しそうに揺れている。
エルフと結晶を繋ぐ光は、緊急排出機能が働いている今も脈打ち続けていた。
『抽出術式が、対象と精霊王を繋ぐ契約線へ直接食い込んでいます』
『施設の共通制御から独立した術式です』
ナユは銀髪の女性へ駆け寄った。
「この線だけ、最初から止まってない……」
「解除できるか?」
進藤海が尋ねる。
ナユは光の線を見つめた。
「契約そのものに食い込んでる。無理に切ったら、精霊王様まで傷つくかもしれない」
女性が、ゆっくり目を開いた。
「……戻って……きたのですね……」
「うん。助けに来たよ」
「逃げなさい……これは……切っては、なりません……」
「でも、このままじゃ消えちゃう」
「私では……ありません……契約している、あの方が……壊れてしまう……」
結晶の中で、精霊王の影が揺れた。
『自動制御復旧まで、残り五十三秒』
ナユは女性の手を握った。
「あなたも、精霊王様も、どっちも助けるから」
警報音が激しさを増す。
壁を走る魔力線が逆向きに流れ始め、開放されていた区画扉が軋んだ。
七分間の最後に残ったのは、ただの鎖ではなかった。
千年以上を生きたエルフの姫と、精霊王そのものへ食い込んだ、帝国の楔だった。
◆
「今日の記録:進藤さんを助け、ミナは魔力を吸われていた人達を古い排水路へ案内しています。銀髪のエルフの人も見つけましたが、精霊王様との契約に抽出術式が食い込んでいました。無理に切れば、精霊王様まで傷つくかもしれません。残された時間は僅かです。それでも、二人とも助けます。日報完了」




