第402話《救路》
夜明けまで、もう長くはなかった。
《銅灯亭》の部屋では、机の上に地下第七区画の見取り図が広げられていた。
セバスチャンが覚えてきた通路へ、ナユとミナが確認した扉や警備の位置を書き加えている。
第七特殊収容室。
魔力抽出室。
銀髪のエルフが拘束されている中央区画。
物資搬入口。
そして、施設の外へ繋がる古い排水路。
「進藤海様の次の調整は、明朝に行われます」
セバスチャンは第七特殊収容室を指した。
「それまでに進藤海様を救出し、抽出装置を停止させます。囚われている方々を解放した後、古い排水路から脱出いたしましょう」
「警報を鳴らさずに助けることはできないの?」
「難しいでしょう」
セバスチャンは、見取り図に描き足した魔力線を指でなぞった。
「収容棟と抽出室から伸びる線は、どちらも二つの区画の間へ向かっております。拘束具や抽出装置を、一か所で管理している可能性が高いかと」
「そこに、管理室があるの?」
「おそらくは。ただし、内部を確認するまでは断定できません」
ナユはミラへ意識を向けた。
(セバスチャンの考えで合ってる?)
『これまでに確認した魔力線を再解析しました。複数の制御線が、収容棟と抽出室の間へ集中しています』
セバスチャンの推測と、ミラの解析は一致していた。
「じゃあ、まずは収容棟と抽出室の間を探そう」
「はい。管理室を押さえられれば、救出の方法を見つけられるかもしれません」
ミナが見取り図を見つめた。
「救出が始まれば、帝国兵が集まってきますね」
「その前に、全員を排水路へ誘導いたします」
セバスチャンの指が、古い排水路まで線を引く。
「ただし、一度始めれば後戻りはできません。進藤海様を救出した後は、帝都だけでなく、帝国領を出るまで追われる可能性がございます」
「分かってる」
ナユは、第七特殊収容室に置かれた印を見た。
「今度あそこへ行く時は、助けるために行くって決めたから」
セバスチャンは、深く頭を下げた。
「承知いたしました」
◆
三人は《銅灯亭》を出た。
廃工房の床下から古い排水路へ入り、前回目印を残しておいた壁へ向かう。
壁の石は、帰還する際に元の位置へ戻してあった。
セバスチャンが音を立てずに一つずつ外すと、人一人が通れる隙間が開いた。
その先は、地下第七区画の使われていない物置だった。
三人が中へ入ると、セバスチャンは石を元の位置へ戻した。
完全には固定せず、脱出する時にはすぐに外せる状態にしておく。
セバスチャンが物置の扉をわずかに開いた。
通路の先から、一人の帝国兵が歩いてくる。
腰には剣。
首には金属製の身分札。
手には記録板を持っていた。
兵士は欠伸をしながら、物置の前を通り過ぎようとした。
その瞬間、セバスチャンが動いた。
兵士の口を塞ぎ、物置の中へ引き込む。
背後から首へ腕を回し、身体ごと動きを封じた。
兵士は抵抗しようとしたが、声を出すことも、セバスチャンの腕を外すこともできなかった。
数秒後、兵士の身体から力が抜けた。
セバスチャンはすぐに腕を緩め、意識を失った兵士を静かに床へ寝かせる。
「殺してはいないのですね」
「しばらく眠っていただくだけでございます」
セバスチャンは兵士の呼吸を確かめ、首から身分札を外した。
続いて、手にしていた記録板を開く。
巡回予定。
搬入記録。
被験体の移送指示。
その中に、進藤海の番号があった。
第七特殊収容室。
異界七号。
夜明けとともに、第三調整室へ移送。
その下には、さらに文字が続いていた。
精神拘束術式、第三段階。
抵抗が続く場合、第五段階への移行を許可。
肉体損傷は考慮せず。
人格維持、不要。
「人格が壊れてもいいなんて……」
ナユの瞳が鋭くなった。
帝国は、進藤海を生かそうとしているのではない。
命令に従う道具として使える部分だけを残そうとしている。
セバスチャンが、記録板の別の項目を開いた。
第零霊源体。
抽出出力、基準値を下回る。
精霊王接続線への負荷を二段階上昇。
実施時刻、夜明け。
ナユは息を呑んだ。
「銀髪の人も、夜明けにまた魔力を取られるんだ……」
「しかも、これまで以上の負荷を掛けるつもりのようでございます」
進藤海の人格を壊す調整。
エルフの姫と精霊王から、さらに力を奪う抽出。
二つの処置が、同じ夜明けに行われる。
ナユは記録板を見つめた。
「今夜、二人とも助ける」
「はい」
セバスチャンは記録板を閉じた。
「管理室を探します」
◆
三人は物置を出た。
セバスチャンが先行し、曲がり角や扉の向こうを確認する。
ナユとミナは、物陰や空いている保管庫を使って後を追った。
通路を二つ曲がると、壁を走る魔力線の数が増え始めた。
収容棟側から伸びている線。
抽出室側から伸びている線。
扉や警報へ繋がっていると思われる細い線。
それらは、一枚の黒い扉へ集まっていた。
(この扉の向こう?)
『複数の制御術式を確認しました。管理室である可能性が高いと判断します』
ナユは、壁に並ぶ魔力線を指した。
「セバスチャン。やっぱり、全部この扉に集まってる」
「ここで間違いなさそうですな」
扉の前には、帝国兵が二人立っていた。
「止まれ」
兵士の一人がセバスチャンを見る。
「所属を言え」
「収容棟夜間巡回班。異界七号の移送準備に参りました」
セバスチャンは、奪った身分札と記録板を見せた。
「移送は夜明けからだ」
「第三調整室より、準備を早めるよう指示が出ております」
「聞いていないぞ」
「記録板をご確認ください」
セバスチャンが記録板を差し出した。
兵士の視線が下がった。
その瞬間、ミナが動いた。
右側の兵士の口を塞ぎ、腹へ鋭い一撃を入れる。
身体が折れたところへ顎を打ち抜き、声を出す前に意識を奪った。
同時に、セバスチャンがもう一人の兵士の手首を捻った。
記録板を落とした兵士を扉から引き離し、背後から首を締める。
兵士の身体から力が抜けた。
二人を近くの設備の陰へ運び、外から見えないように寝かせる。
セバスチャンは、倒れた扉番の身分札を認証口へ差し込んだ。
扉の魔導石が赤く光る。
認証板の上に、帝国文字が浮かんだ。
身分札認証、完了。
生体魔力照合、待機。
「本人の魔力も必要なようでございますな」
セバスチャンは、倒れている扉番の腕を持ち上げた。
その手のひらを、扉の横にある黒い認証板へ押し当てる。
認証板から淡い光が流れ、兵士の腕を一瞬だけ包んだ。
赤かった魔導石が青へ変わる。
低い音とともに、管理室の扉が開いた。
◆
扉の向こうには、無数の記録板と魔導装置が並んでいた。
中央の大きな盤面には、地下第七区画の現在の構造が表示されている。
第七特殊収容室。
抽出室。
中央区画。
警備兵の配置。
地上へ続く搬入口。
だが、ナユ達が通ってきた古い排水路は表示されていなかった。
「やっぱり、帝国はあの道を把握していないんだね」
「少なくとも、現在使用されている施設管理図からは外されております」
セバスチャンは盤面へ目を走らせた。
「こちらが拘束具の制御。こちらが抽出装置。そして、こちらが区画間の扉でございますな」
ナユも盤面へ近づいた。
(ここから全部止められる?)
『個別に停止することは可能です。ただし、最初の異常が検知された時点で警報が発令されます』
一つずつ外していては、全員を助ける前に兵が集まる。
セバスチャンが、盤面の端にある黒い蓋を見つけた。
「緊急時操作と書かれております」
蓋の下には、赤い魔導石が埋め込まれていた。
その横には、使用条件が表示されている。
施設内魔力暴走時。
抽出装置、強制停止。
拘束具、緊急解除。
避難用区画扉、開放。
自動制御停止時間、四百二十秒。
「四百二十秒……七分だね」
「この機能を使えば、抽出装置と拘束具を同時に止められます」
ミナが表示を読む。
「避難用の扉も開くようです。ですが、警報は避けられません」
「うん。でも、一つずつ外すより早い」
ナユは盤面に表示された拘束者の印を見た。
進藤海。
銀髪のエルフ。
魔力を吸い取られている人々。
七分間だけ、全ての拘束が外れる。
「七分で助けよう」
「全員を、ですか?」
「うん。一秒も無駄にしない」
セバスチャンは懐の煙玉と小刀を確認した。
「では、役割を決めます」
緊急排出機能を起動した後、ナユとセバスチャンは第七特殊収容室へ向かう。
進藤海にエリクサーを使い、歩ける状態まで回復させる。
ミナは先に抽出室へ向かう。
拘束が外れた人々へ古い排水路の場所を伝え、歩ける者同士で支え合うよう誘導する。
進藤海を救出したナユ達は、中央区画へ合流する。
銀髪のエルフが歩けなければ、ミナが背負う。
セバスチャンは最後尾に残り、追ってくる帝国兵を足止めする。
「セバスチャンが一番危険じゃない?」
「退路を守る者は必要でございます」
「でも……」
「お嬢様」
セバスチャンは、いつもの穏やかな表情でナユを見た。
「必ず戻ります」
ナユは少しだけ迷った。
「約束だよ」
「はい。お約束いたします」
ナユは赤い魔導石の上へ手を置いた。
これを押せば、救出が始まる。
失敗すれば、全員が捕まる。
進藤海も、銀髪のエルフも、囚われている人々も助けられない。
それでも、やる。
「行くよ」
ミナが頷く。
「はい」
セバスチャンも静かに一礼した。
「いつでも」
ナユは黒い蓋を上げた。
赤い光が、三人の顔を照らす。
そして、緊急排出装置を押した。
地下第七区画全体が、大きく揺れた。
◆
「今日の記録:進藤さんは夜明けに第三調整室へ運ばれ、人格が壊れても構わない方法で操作される予定でした。銀髪のエルフの人にも、さらに強い魔力抽出が行われようとしていました。管理室へ入り、全ての拘束と抽出装置を同時に止める方法を見つけました。緊急時の機能を使えば、七分間だけ拘束具が外れ、避難用の扉も開きます。その間に、全員を助けます。救出を始めます。日報完了」




