第401話《囚棟》
《銅灯亭》へ戻った三人は、部屋の灯りを最小限に落としていた。
窓には厚い布を掛け、外から人影が見えないようにしている。
机の上には、地下第七区画で確認した構造を描いた紙が広げられていた。
搬入口。
古い排水路。
魔力抽出室。
銀髪のエルフが囚われていた中央区画。
そして、まだ確認できていない地下の奥。
セバスチャンが、紙の上へ新しい線を書き加えた。
「進藤海様が収容されているとすれば、抽出室とは別の区画でしょう」
「どうして?」
「異世界召喚者は、帝国にとって貴重な研究対象です。すぐに魔力を搾り尽くすより、尋問や術式の実験に利用する可能性が高いかと」
ナユは、通信を送った後に捕まった進藤海を思い浮かべた。
無事とは限らない。
怪我をしているかもしれない。
操作の呪いを掛けられようとしているかもしれない。
「早く見つけないと」
「はい。ですが、焦りは禁物でございます」
セバスチャンは、排水路の分岐へ指を置いた。
「昨夜は抽出室へ向かう左側を確認しました。今夜は、搬入口に近い右側の通路を調べます」
ミナが地図を見つめる。
「兵士の声が聞こえていた方ですね」
「おそらく、施設の主要通路へ繋がっております」
「そこから囚人を収容している場所を探すんだね」
「左様でございます」
ナユは銀髪の女性がいた場所へ目を向けた。
「エルフの人も助けます」
「もちろんでございます」
「他に捕まっていた人達も」
セバスチャンは、すぐには答えなかった。
魔力抽出室には、何人もの人が拘束されていた。
全員を同時に助けようとすれば、戦う人数も逃げる人数も増える。
帝都の地下から大勢を連れて脱出するのは、簡単ではない。
それでも、セバスチャンは否定しなかった。
「救出可能な方法を探しましょう。ただし、最優先は進藤海様の確保でございます」
「うん」
ナユは頷いた。
救う順番を間違えない。
だが、置き去りにするつもりもなかった。
◆
翌日の深夜。
三人は再び、廃工房の床下から古い排水路へ入った。
水音に混じって、金属管の脈動が響いている。
青白い光が管の中を走るたびに、壁へ不気味な影が映った。
昨夜確認した分岐まで進み、今度は右側へ向かう。
『前方に複数の生体反応を確認しました』
(兵士?)
『三名は帝国兵と推定します。もう一名は動いていません』
セバスチャンが立ち止まった。
通路の先に、小さな鉄格子がある。
その向こうから、帝国兵の声が聞こえてきた。
「こいつはもう駄目だな」
「まだ息はある」
「だから何だ。第九処分槽へ運べ」
「記録は?」
「魔力枯渇。抽出継続不能。それでいい」
何かが床を引きずられる。
ナユは格子の隙間から、向こう側を見た。
二人の帝国兵が、痩せた男性の両腕を掴んでいる。
男性の足は動かず、手首には抽出用の金属輪が残っていた。
もう一人の兵士が扉を開ける。
三人は男性を引きずり、暗い通路の奥へ消えていった。
ナユの手に力が入った。
「処分槽って……」
『名称から判断すれば、死亡者または利用価値を失った者を廃棄する設備と推定します』
ミラの答えは冷静だった。
だが、その声はいつもより低かった。
ミナが鉄格子を見つめる。
「追いますか?」
「今は進路を確認いたします」
セバスチャンが格子の周囲を調べた。
錠だけではない。
扉の横に細い魔力線が通っている。
「開閉を記録する術式でございます。正面から解除すれば、監視室へ伝わりますな」
「通れない?」
「少々お待ちください」
セバスチャンは壁へ手を当てた。
石壁の一部を指で軽く叩く。
場所を変え、また叩く。
音の違いを確かめながら、床に近い部分で手を止めた。
「こちらは後から塞がれております」
ミナが壁の隙間へ指を掛けた。
「壊しますか?」
「音が出ます。石を一つずつ外しましょう」
三人は、壁を構成する小さな石をゆっくり取り外した。
やがて、人一人が這って通れるほどの穴が開く。
反対側は、使われていない物置だった。
セバスチャンが先に入り、ナユ、ミナと続いた。
物置の扉には、小さな覗き窓がついている。
外には、地下施設の通路が伸びていた。
白い石床。
黒い金属壁。
天井を走る無数の魔導線。
一定間隔で立つ帝国兵。
兵士だけではない。
白衣を着た魔科学者や、拘束具を持った看守も行き来している。
『施設の内部へ侵入したと判断します』
ナユは、覗き窓から周囲を確認した。
壁には区画を示す文字が刻まれている。
抽出棟。
実験棟。
管理棟。
収容棟。
「収容棟……」
ナユが小さく呟いた。
「進藤さんがいるとしたら、あそこかな」
「可能性は高いでしょう」
セバスチャンは、巡回する兵士の歩調を数えていた。
一組が通り過ぎる。
次の一組が来るまで、わずかな空白がある。
「次の巡回が通り過ぎた後、向かい側の通路へ移ります」
三人は物置から滑り出た。
足音を立てず、壁沿いを進む。
曲がり角に差しかかるたび、セバスチャンが先を確認する。
ナユは魔力を使わない。
ミナも《ブースト》を封じている。
ここで探知されれば、地下全体が閉鎖される。
収容棟へ近づくにつれ、空気が冷たくなった。
壁には魔力を抑える黒い石が埋め込まれている。
扉も窓も厚く、中に誰がいるのか外からは分からない。
『周辺一帯に強力な魔力封鎖が施されています。内部の正確な反応を読み取れません』
(進藤さんも分からない?)
『はい。しかし、微弱な闘気の反応を断続的に確認しています』
ナユは足を止めかけた。
進藤海が使う、金色の光。
「近くにいるかもしれない」
セバスチャンが静かに頷く。
三人は、収容棟の奥へ進んだ。
通路の先から、二人の研究員が歩いてくる。
「勇者個体の調整はどうなっている」
「魔炎気による損傷が残っている。魔力循環もまだ不安定だ」
「ガレオス様は急げと仰っているぞ」
「操作術式を急げば、精神が壊れる」
「壊れても構わん。命令に従えばな」
ナユの表情が変わった。
勇者個体。
操作術式。
進藤海も、かつて勇者として召喚された一人だ。
だが、まだ進藤海のことだとは限らない。
(進藤さんかもしれない)
『可能性はあります。ただし、現時点では断定できません』
ナユは研究員達が出てきた扉を見つめた。
研究員達が角を曲がる。
扉の横には、記録板が掛けられている。
セバスチャンが素早く目を走らせた。
「第七特殊収容室。被験体番号、異界七号」
その下に、小さく名前が書かれている。
進藤海。
ナユの胸が強く鳴った。
「見つけた」
扉には小さな確認窓がある。
セバスチャンが周囲を確かめ、ナユを抱き上げた。
ナユは、窓の向こうを覗いた。
狭い部屋だった。
中央に金属製の椅子がある。
そこに、一人の男性が拘束されていた。
両腕を封じる鎖。
首元に嵌められた黒い輪。
胸元には、魔力循環を測るための魔導具。
服は破れ、身体にはいくつもの傷が残っている。
腹部には、焼かれたような赤黒い痕が広がっていた。
進藤海だった。
顔を伏せ、動いていない。
ナユの喉から、声が出そうになる。
だが、その瞬間。
進藤海の指が、わずかに動いた。
一度。
二度。
三度。
ナユタ側で決めていた、簡易通信の合図。
生きている。
そして、こちらに気づいている。
進藤海は顔を上げなかった。
監視されている可能性を考えているのだろう。
ナユも声を出さない。
ただ、確認窓へ指を当てた。
必ず助ける。
そう伝えるように。
進藤海の口元が、ほんの少しだけ動いた。
笑ったように見えた。
『進藤海の生存を確認しました』
ミラの声が響く。
『ただし、身体および魔力循環に深刻な損傷があります。早期の救出が必要です』
(うん)
ナユは進藤海を見つめた。
(必ず助ける)
その時、通路の奥で扉が開いた。
複数の足音が近づいてくる。
セバスチャンがナユを静かに下ろした。
「戻ります」
三人は収容室を離れた。
角を曲がり、空いていた保管庫へ滑り込む。
直後、重い足音が通路を通った。
「異界七号の次回調整は明朝だ」
「抵抗が強い場合は?」
「精神拘束を三段階上げろ。将軍閣下から、好きに使えと許可が出ている」
足音が遠ざかる。
ナユは唇を噛んだ。
明朝。
時間がない。
「今夜、助けられないの?」
ナユが小さく尋ねた。
「進藤海様だけであれば、扉を破って連れ出すことは可能かもしれません」
セバスチャンは静かに答えた。
「ですが、脱出経路がまだ確保できておりません。さらに、銀髪のエルフの女性と抽出室の方々を残せば、警備が強化され、二度と近づけなくなる可能性がございます」
「一度で助けないといけないんだね」
「はい」
ミナが収容棟の奥を見た。
「進藤様の調整は明朝です。それまでに計画を作る必要があります」
ナユは頷いた。
進藤海を見つけた。
銀髪のエルフの姫も見つけた。
あとは、助ける方法を作る。
扉を開ける方法。
拘束具を外す方法。
抽出室を止める方法。
そして、全員で帝都地下から逃げる方法。
時間は、夜明けまで。
三人は来た道を戻った。
進藤海を置いていくのは苦しかった。
だが、次に来る時は、ただ見るためではない。
助けるために来る。
◆
「今日の記録:地下第七区画へもう一度入り、収容棟を見つけました。進藤さんは、第七特殊収容室にいました。怪我をしていて、魔力の流れも傷ついているようですが、生きています。私達にも気づいてくれました。でも、明日の朝には操作の呪いをさらに強く掛けられるかもしれません。進藤さんだけを助けて逃げれば、銀髪のエルフの人や、魔力を吸われている人達へ二度と近づけなくなる可能性があります。だから、一度で助けられる方法を考えます。次は、必ず救出します。日報完了」




