第399話《追跡》
日が完全に沈むと、帝都の景色は昼間とは違うものになった。
通りを歩く人の数は減った。
代わりに、巡回する帝国兵が増えている。
建物に取りつけられた魔導灯が青白い光を放ち、石畳を冷たく照らしていた。
《銅灯亭》の部屋では、セバスチャンが机の上に帝都南区の地図を広げていた。
情報屋の老婆から渡された簡単な地図に、停車場から宿までに確認した道を書き加えている。
「先ほどの黒い塔は、帝都中央区にございます」
セバスチャンが地図の中央を指した。
「南区から中央区へ直接入る道には、少なくとも三つの検問がございます。正面から近づくのは避けるべきでしょう」
「じゃあ、今夜はどこへ行くの?」
ナユが尋ねた。
「地下施設へ物資を運ぶ者を探します」
セバスチャンは、停車場近くに印をつけた。
「帝都ほどの大きな街であっても、地下で働く者達の食料や薬まで地下で作ることはできません。必ず地上から運び込まれております」
ミナが地図を覗き込む。
「その荷物を追えば、地下への入口が分かるということですね」
「はい。ただし、最初から召喚炉へ届くとは限りません」
「それでも、何もしないよりいいよ」
ナユは窓の外を見た。
遠くにある黒い塔は、夜になっても見えた。
塔の上部には赤い光が灯り、太い金属管の一部が淡く脈打っている。
『地下の魔力反応に大きな変化はありません。ただし、日中よりも魔力の流量が増加しています』
(夜に何か動かしているのかな)
『可能性があります』
セバスチャンが地図を畳んだ。
「お嬢様は、今夜も病人として振る舞ってください。帝都の夜道を幼い子どもが歩いていれば、目立ちます」
「宿に残るの?」
「いえ。裏口から出て、馬車の荷台へ隠れていただきます」
「馬車?」
「この宿では、夜になると酒樽の空箱を倉庫へ返しております。宿の主人には、すでに話を通してございます」
ナユは目を丸くした。
「いつの間に?」
「部屋を取る際に」
ミナが静かに頷いた。
「さすがでございます」
「古い酒樽を運ぶだけでございますよ」
セバスチャンは、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
しばらくして、三人は宿の裏手へ下りた。
小さな荷馬車が一台待っている。
荷台には空の木箱と酒樽が積まれていた。
ナユは外套を脱ぎ、木箱と木箱の間へ身体を滑り込ませた。
ミナも隣へ入る。
セバスチャンは御者台の横へ座った。
宿の下働きに見える古い帽子を被り、背中を少し丸めている。
荷馬車が動き出した。
木箱の隙間から、帝都の夜が見える。
青白い魔導灯。
閉ざされた店。
壁際で眠る労働者。
巡回兵に呼び止められ、身分札を確認される人々。
ナユは声を出さずに見ていた。
帝都は眠っていない。
誰かが働かされている。
誰かが運ばれている。
誰かが監視している。
その動きのすべてが、帝国を支えていた。
荷馬車は南区の倉庫街で止まった。
セバスチャンが荷台の端を軽く二度叩く。
合図だった。
三人は人目のない路地へ降りた。
「ここからは徒歩でございます」
セバスチャンは声を落とした。
倉庫街には、夜だというのに複数の荷馬車が並んでいた。
食料。
薬品。
魔導石。
金属部品。
荷物の種類ごとに馬車が分けられ、帝国兵が数を確認している。
その中に、周囲よりも警備の厳しい車列があった。
荷台には、木箱ではなく黒い金属箱が積まれている。
箱の側面には、帝国の紋章とは別の印が刻まれていた。
『魔力遮断処理を確認しました。内部の反応を外部から読み取れません』
(何が入ってるの?)
『不明です。ただし、通常の物資ではないと推定します』
ナユは物陰から車列を見た。
兵士の一人が、書類を読み上げている。
「食料、第三区画へ二十箱。治療薬、第三区画へ八箱。魔導封鎖具、第七区画へ六基」
別の兵が確認する。
「囚人用か?」
「余計なことを聞くな。第七区画は魔科学院の管轄だ」
ナユの心臓が強く打った。
第七区画。
囚人。
魔科学院。
進藤海へ繋がると思われる言葉が並んでいる。
セバスチャンが指先で、地面を二度叩いた。
まだ動くなという合図だった。
車列が出発する。
三台の荷馬車を、前後から帝国兵が護衛している。
セバスチャンが静かに立ち上がった。
「追います」
三人は建物の陰を移動した。
車列へ近づきすぎない。
離れすぎない。
曲がり角では足を止め、兵士の視線が外れてから次の物陰へ移る。
ナユは《ブースト》を使わなかった。
魔力を動かせば、街の探知術式に反応する可能性がある。
小さな身体で必死に二人の後を追う。
ミナは速度を合わせながら、常にナユと兵士の間へ入っていた。
車列は中央区へ向かう大通りには入らなかった。
倉庫街の裏を抜け、工房の並ぶ狭い道へ進んでいく。
その先には、古い水路があった。
だが、水は流れていない。
水路の両側に、黒い金属製の扉が並んでいる。
車列は、一番奥にある大きな扉の前で止まった。
兵士が金属札を差し込む。
低い音とともに扉が開いた。
その先には、地面の下へ続く緩やかな坂道があった。
車列が一台ずつ中へ入っていく。
最後の馬車が通過すると、扉は再び閉じた。
『地下へ向かう搬入口を確認しました』
ミラの声が響く。
『周辺の魔力構造から、地下第七区画へ接続している可能性が高いと判断します』
ナユは閉ざされた扉を見つめた。
「進藤さんが、あの先にいるかもしれないんだね」
「可能性はございます」
セバスチャンは扉へ近づかず、周囲の建物を確認した。
「正面から入るには、金属札と搬入記録が必要です。扉にも警報術式がございます」
ミナが小さく尋ねる。
「別の入口を探しますか?」
「その前に、交代の時間を確認いたしましょう」
「交代?」
「護衛兵が同じ者達だけとは限りません。人が入れ替わる時には、必ず隙が生まれます」
セバスチャンが、近くの工房の屋根を指した。
「あそこからであれば、搬入口と詰所の双方が見えるでしょう」
三人は人目を避けて、工房の裏へ回った。
セバスチャンが壁の凹凸へ指を掛け、音もなく上っていく。
ミナがナユを抱き上げた。
「失礼いたします」
「うん」
ミナは壁を蹴り、一気に屋根へ上がった。
屋根の上から、搬入口全体が見えた。
扉の横には小さな詰所がある。
中には兵士が四人。
扉の上には魔導灯が三つ。
付近の建物にも、監視用と思われる小さな魔導具が取りつけられている。
『監視装置を七基確認。視野の重ならない地点が一箇所あります』
(どこ?)
ナユの視界に、ミラが淡い光の線を重ねた。
詰所の裏。
二つの建物の間にある、細い隙間。
そこだけは監視装置から見えない。
だが、地下への入口はない。
セバスチャンは屋根に耳を当てた。
「下で水の流れる音がいたします」
「この下に水路があるの?」
「古い排水路かもしれません」
ナユは昼間に見た地図を思い出した。
帝都には、今使われている地下施設だけではなく、昔からの水路も残っている。
「そこから、第七区画へ入れるかな」
「繋がっていれば、正面の扉を通る必要はございません」
セバスチャンが立ち上がった。
「今夜はここまでにいたしましょう」
「もう戻るの?」
ナユは思わず聞いた。
「はい。侵入経路の確認を急いで警報を鳴らせば、進藤様の収容場所を変えられる可能性がございます」
ナユは閉ざされた扉を見た。
すぐ近くまで来た。
もしかすると、進藤海はこの地下にいる。
けれど、まだ届かない。
「分かった」
ナユは小さく頷いた。
「ちゃんと調べてから行こう」
「賢明でございます」
三人は、来た道を戻った。
その途中、ナユは一度だけ振り返った。
黒い扉は、何も知らないように閉ざされている。
けれど、その奥には確かに何かがある。
地下第七区画。
魔科学院の管轄。
囚人用の魔導封鎖具。
進藤海へ続く最初の糸を、ようやく見つけた。
◆
「今日の記録:夜になってから、帝都地下へ運ばれる物資を追いました。魔科学院が管理している地下第七区画へ、食料や治療薬、囚人用の魔導封鎖具が運ばれていました。進藤さんがそこにいる可能性があります。正面の搬入口には兵士と警報があるので、すぐには入れません。でも、近くの建物の下に古い排水路があるかもしれません。明日、その道が地下第七区画に繋がっているかを調べます。少しずつですが、進藤さんに近づいています。日報完了」




