第398話《帝門》
帝都へ入る車列は、少しずつ前へ進んでいた。
巨大な城門の前には、三つの検査場が設けられている。
荷物を運ぶ者。
帝都で商売をする者。
軍や役人に関係する者。
身分によって、通る場所まで分けられていた。
ナユ達の乗る馬車は、旅人と商人の列に並んでいる。
列の両側には、槍を持った帝国兵が立っていた。
門の上からも、弓を持った兵士達がこちらを見下ろしている。
少しでも不審な動きをすれば、すぐに囲まれるだろう。
『城門に複数の探知術式を確認しました。通行証、魔力反応、収納魔法、隠蔽術式などを調べる構造です』
(護符は大丈夫?)
『通常の検査であれば問題ありません。ただし、ナユ自身が大きな魔力を動かせば、偽装が崩れる可能性があります』
(分かった)
ナユは顔を伏せた。
今は何もしない。
ただ体調を崩した子どもとして、静かに座っている。
ミナもナユの隣で、侍女として背中を支えていた。
セバスチャンは向かいに座り、窓の外へ視線を向けている。
前に並んでいた軍用車が動いた。
黒い布で荷台全体を覆われた、大きな車だった。
その周囲には、普通の荷物には必要ないほど多くの帝国兵がついている。
軍用車の車輪が、石畳の窪みに落ちた。
荷台が大きく揺れる。
その拍子に、黒い布の端が少しだけ捲れた。
中から見えたのは、手だった。
だが、生きた人間の手ではない。
黒い金属で作られた、巨大な五本の指。
節の一つ一つに細い魔導線が通り、指先には鋭い爪のような部品がついていた。
すぐに兵士が布を戻した。
「何をしている!早く隠せ!」
「申し訳ありません!」
兵士達の声が響く。
ナユは顔を伏せたまま、目だけを動かした。
(ミラ、今のは?)
『高密度の魔導金属を確認しました。形状は人間の手を模していますが、生体反応はありません』
(人型起動兵器?)
『可能性はあります。ただし、手の部分だけでは断定できません』
情報屋の老婆が言っていた。
人の形をした鉄の棺。
腕も足もあり、強者でさえ倒せる兵器。
噂だけではなかった。
帝国は、本当に作っている。
「おい」
低い声がした。
馬車の外にいた帝国兵が、ナユを睨んでいた。
「何を見ていた」
ナユの身体が一瞬だけ固くなった。
ミナがすぐにナユの肩を抱く。
「申し訳ございません。この子は体調が悪く、意識もはっきりしておりません」
「お前には聞いていない」
兵士はミナを睨んだ。
ミナの目が、ほんのわずかに鋭くなる。
だが、すぐに侍女として視線を下げた。
ナユはゆっくり顔を上げる。
「……大きな音がしたので、驚いただけです」
「見たことは忘れろ」
「はい」
「他の場所で話せば、お前も付き添いも牢に入るぞ」
ナユは、小さく頷いた。
兵士は鼻を鳴らし、次の馬車へ向かった。
セバスチャンは何も言わなかった。
だが、窓の外へ向けられた目は、先ほどよりも鋭くなっていた。
やがて、ナユ達の馬車が検査場へ入った。
城門の内側には、黒い石で作られた大きな枠があった。
馬車がその下へ入ると、枠に埋め込まれた魔導石が淡く光る。
『魔力走査が始まります。動かないでください』
淡い光が馬車の前から後ろへ流れていく。
ナユの胸元にある護符へ光が触れた。
一瞬だけ、護符が温かくなる。
だが、警報は鳴らなかった。
「通行札を出せ」
検査場の兵士が命じた。
セバスチャンが三枚の札を差し出す。
兵士は札を確認し、ナユを見た。
「帝都薬師組合へ向かうのか」
「はい。こちらのお嬢様の治療をお願いするためでございます」
「病気は何だ」
「長旅による体調の悪化に加え、以前から胸を患っております」
「感染する病ではないだろうな」
「そのような症状はございません」
兵士は疑うようにナユを見た。
ナユは息を浅くし、苦しそうに胸元を押さえる。
ミナが背中を撫でた。
「お嬢様、もう少しですので」
「……はい」
兵士は面倒そうに通行札を返した。
「帝都で死なせるなよ。死体を処理するにも金がかかる」
「十分に注意いたします」
セバスチャンは静かに頭を下げた。
「通れ」
前方の鉄柵が上がった。
馬車が動き出す。
巨大な城門の影が、車内を覆った。
暗闇を抜けると、帝都の町並みが広がった。
ナユは思わず窓の外を見た。
帝都は広かった。
高い石造りの建物が、隙間なく並んでいる。
空にはいくつもの煙突から黒い煙が上がり、建物同士を太い金属管が繋いでいた。
道の下からは、低い振動が絶えず伝わってくる。
多くの人が歩いていた。
商人。
職人。
兵士。
役人。
荷物を背負った労働者。
だが、誰も楽しそうには見えない。
兵士が近づけば道を空け、視線を下げる。
少しでも歩みが遅い者は、怒鳴られていた。
『地下から複数の巨大な魔力反応を確認しました』
(いくつもあるの?)
『はい。帝都の地下には、大規模な魔導施設が複数存在すると推定します。魔力の流れは町の中心部へ集まっています』
召喚炉だけではないのかもしれない。
人型起動兵器。
異世界召喚。
操作の呪い。
人々から集められる魔力。
帝国の秘密は、この町の地下に詰まっている。
馬車は帝都の南側にある停車場へ到着した。
乗客達が、会話もせずに降りていく。
セバスチャンが先に降り、周囲を確かめた。
続いてミナが降り、ナユへ手を差し出す。
「足元にお気をつけください」
「はい」
ナユはミナの手を取り、ゆっくり地面へ降りた。
病人として急がない。
背筋を伸ばしすぎない。
目立たないように、三人で人の流れへ混ざっていく。
情報屋の老婆から渡された簡単な地図には、一軒の宿が記されていた。
帝都南区にある《銅灯亭》。
商人や使用人が多く泊まる、小さな宿だった。
宿までの道を歩きながら、セバスチャンが声を落とした。
「魔科学院へ直接向かうことはできません」
「うん」
「まず、進藤海様がどこへ運ばれたのかを確かめます。帝都地下と申しましても、施設は一つではないでしょう」
ナユは、先ほどミラから聞いたことを思い出した。
「地下には、大きな魔力反応がいくつもあるみたい」
「左様でございますか」
「どれが召喚炉なのかは、まだ分からないんだけどね」
「でしたら、なおさら情報が必要でございます」
ミナが周囲を警戒しながら尋ねる。
「どのように調べますか?」
「囚人を運ぶ馬車には、決まった道がございます。食料、薬、魔導具を運び込む者もいるでしょう。まずは人と物の流れを調べます」
「進藤さんがいる場所まで、辿れるかな」
セバスチャンはナユを見た。
「必ず、糸口はございます」
三人は《銅灯亭》へ入った。
セバスチャンが手続きを行い、二階の奥にある部屋を取った。
部屋へ入ると、ミナが扉と窓を確認する。
壁に耳を当て、隣室の気配を探る。
セバスチャンも床や家具を調べ、監視用の魔導具がないことを確かめた。
「問題ございません」
その言葉を聞いて、ナユはようやくフードを外した。
窓の外には、帝都の中心部が見えた。
いくつもの塔の中に、ひときわ黒く高い塔が立っている。
塔の周囲には、太い金属管が蜘蛛の巣のように集まっていた。
『黒い塔の地下から、特に大きな魔力反応があります』
(あそこが召喚炉?)
『まだ断定はできません』
ナユは黒い塔を見つめた。
今すぐ向かいたい。
けれど、場所を間違えれば進藤海を助けられない。
潜入していることまで知られてしまう。
「まず、居場所を見つける」
ナユは小さく言った。
「それから、進藤さんを助ける」
「はい」
ミナが答えた。
セバスチャンは窓の外へ視線を向ける。
「今夜から、帝都地下へ出入りする者達を調べます」
帝都への潜入には成功した。
だが、本当の目的はここからだった。
進藤海へ続く糸は、この巨大な町のどこかから地下へ伸びている。
ナユ達は、その一本を見つけなければならなかった。
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「今日の記録:帝都の門を通り、町の中へ入りました。城門では魔力を調べられましたが、情報屋さんにもらった護符のおかげで通信具は見つかりませんでした。門の前で、黒い布を掛けられた軍用車を見ました。布の下には、黒い金属でできた大きな手がありました。人型起動兵器の一部かもしれません。帝都の地下には、大きな魔導施設がいくつもあるようです。南区の宿に入りました。これから進藤さんがどこへ運ばれたのかを調べます。日報完了」




