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神様の手違いで死んだ社畜おっさん、まずは自由を願い、次に明日を願う!TS転生し美少女に!最強チート《願い》は一日一回だけど万能です!異世界スローライフで世界も人も未来も救ってみせます!  作者: 兎深みどり
第八章《王都クーデター編》

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第393話《密報》

 帝国地下通路。


 進藤海は、通路の中央で足を止めていた。


 正面には、操作の呪いに縛られた異世界召喚者。

 背後には、帝国首脳部が集まっていた会議室へ続く扉。

 左右には、黒い金属を埋め込まれた石壁が続いている。

 逃げるには遅く、戦うには目立ちすぎる。


 だから、海は勝つことを捨てた。


 届けることだけを選んだ。


 記録板の裏には、小さな通信具が埋め込まれている。

 帝国式ではない。

 ナユ側から渡された、簡易の連絡用魔道具だった。


 長文は送れない。

 細かい状況説明も無理だ。

 だが、単語なら送れる。


 ナユなら分かる。

 あの子なら、危険な言葉だけで全体を繋げる。


 海は、召喚者の男から目を逸らさずに指先だけを動かした。


 ミアズマ。

 異世界召喚。

 奴隷・移民の魔力搾取。

 召喚者操作の呪い。

 SS級召喚計画。

 人形機動兵器。

 帝国首脳部関与。


 文字ではない。

 音でもない。

 短い魔力信号として、通信具の奥へ刻んでいく。


 男の瞳の黒い紋が、濃くなった。


「進藤。何をしている」


 海は肩をすくめた。


「何もしてねぇよ。見て分かるだろ。しがない文官だ」


「嘘だ」


「失礼な奴だな」


 軽口を叩きながら、最後の信号を押し込む。


 送信。


 通信具の奥で、小さな光が走った。


 届いたか。

 まだ分からない。

 だが、送った。


 それだけで、状況は変わった。


 男が動いた。


 速い。

 帝国兵とは比べ物にならない。

 同じ異世界召喚者。

 しかも、呪いによって恐怖や迷いを削られている。


 正面から来る拳に、海は記録板を投げた。


 ただの板ではない。

 帝国式の薄い金属を仕込んだ、文官用の防護記録板だ。


 拳とぶつかった瞬間、記録板がひしゃげる。

 海はその陰で半歩ずれた。


 紙一重。


 拳が頬の横を通り過ぎ、左の石壁に叩き込まれる。

 石壁が割れ、低い音が通路に響いた。


 これ以上、音を出すのはまずい。

 背後の会議室まで届く。


 いや。

 もう届いたかもしれない。


 海は男の手首を取った。


 捻る。

 崩す。

 倒す。


 本気なら、それで終わる。

 だが、折らない。

 殺さない。

 派手な魔力も出さない。


 必要なのは突破だけだ。


「悪いな。眠ってろ」


 低く言い、海は男の首筋を狙う。


 その直前、男の瞳の紋がさらに黒く燃えた。


 身体が不自然に跳ねる。

 関節を無視した動きで、男の膝が海の腹へ飛んできた。


「っ……!」


 海は受けた。


 重い。

 だが、耐えられないほどではない。


 問題は威力ではない。

 この動きだ。


 本人の身体を壊す前提で動かしている。

 帝国は、召喚者すら道具として使っている。


 海の目が、ほんのわずかに細くなった。


「胸糞悪いな」


 その声から、軽さが消えた。


 背後の会議室へ続く扉が、重く開いた。


 その音だけで、通路の空気が変わる。


 熱が来た。


 火ではない。

 ただの魔力でもない。

 もっと重く、もっと濁った、戦場の底に沈むような熱だった。


「誰が帰っていいと言った?」


 低い声。


 聞いた瞬間、海の背筋に嫌なものが走る。


 振り返るより早く、赤黒い炎が視界の端で揺れた。


 魔炎気。


 その言葉を理解した瞬間には、もう遅かった。


 将軍グラッドの蹴りが、海の腹へ突き刺さっていた。


「が……っ!」


 衝撃が、身体の奥で爆ぜた。


 ただの蹴りではない。

 骨を砕く力。

 内臓を揺らす衝撃。

 そして、魔力の流れそのものを焼き乱す魔炎気。


 海の身体が、横の石壁へ叩きつけられた。


 石壁が割れる。

 背中から肺の空気が抜ける。


 金色の光が、指先に滲みかける。

 だが、形にならない。


 魔炎気が体内を這い、魔力循環を焼き潰すように乱していた。


「……っ、てめぇ……」


 海は膝をつく。


 倒れない。

 だが、立ち上がれない。


 グラッドは、つまらなそうに見下ろした。


「勇者様か。昔は少しは使えたらしいが、潜入などという小細工を覚えると鈍るものだな」


 海は血の混じった息を吐いた。


 言い返さない。

 言い返す必要はなかった。


 通信具の光は、もう消えている。


 消えたということは、飛んだということだ。

 少なくとも、送信は完了している。


 監査官が、ゆっくりと歩み寄ってきた。


 銀の仮面の奥で、目が細くなる。

 通信具を拾い上げる。

 確認する。


 そして、静かに告げた。


「……送信痕があります」


 グラッドの視線が、海へ落ちた。


「無駄な真似をしたな」


 魔炎気を纏った足が、海の背を踏みつける。


「どこへ届いたところで、貴様はここで終わりだ」


 海は答えなかった。


 ただ、血の混じった息を吐きながら、口元だけで笑った。


 届いた。


 それだけで、十分だった。


 監査官が手を上げる。


「進藤海。帝国への背信、並びに機密情報漏洩の疑いにより拘束します。殺してはなりません」


 兵達が動く。

 鎖が伸びる。

 腕に絡む。

 肩に食い込む。


 魔力を封じる冷たい感覚が、身体の奥へ流れ込んでくる。


 海の指先に、金色の光が一瞬だけ滲む。

 だが、すぐに消えた。


 ここで全力は出さない。

 まだだ。

 まだ、その時ではない。


 グラッドが鼻を鳴らす。


「連れて行け。ガレオスが喜ぶ」


 海は鎖に縛られたまま、顔を伏せた。


 勝ったわけではない。

 逃げられたわけでもない。

 捕まった。

 最悪だ。


 だが。


 情報は、ナユへ飛んだ。


 それだけで、まだ終わりではなかった。



 迷宮都市ナユタ。


 アニスがナユタへ来てから、街は少しだけ落ち着きを取り戻していた。


 表向き、アニシア・ユラ・アンダルシアンは辺境幽閉中の身である。

 だが、実際には療養と保護に近い。

 ナユタの住人達も、彼女を奇異の目で見ることは少なかった。


 ナユは、その日もアニスの屋敷を訪れていた。


 アニスは寝台の上で、薄い本を開いている。

 まだ長く歩くことはできない。

 けれど、少しずつ起きていられる時間は伸びていた。


「無理してない?」


 ナユが尋ねる。


 アニスは本を閉じ、柔らかく微笑んだ。


「今日は本を三頁読みましたわ」


「三頁」


「ええ。昨日は二頁でしたから、進歩です」


 ナユは少し笑った。


「じゃあ、今日はもう休もう」


「厳しいですわね」


「療養中だから」


「はい。ナユ先生」


 からかうような声だった。


 それだけで、ナユは少し安心した。


 アニスはまだ弱っている。

 けれど、戻ってきている。

 少しずつ、自分の声で話せるようになっている。


 リリエラも部屋の隅で静かに控えていた。

 その表情は厳しいままだが、王都にいた頃よりも少しだけ穏やかだった。


 ナユが部屋を出ると、セバスチャンが廊下で待っていた。


「お嬢様。執務室に、ナユタ側の報告が届いております」


「分かりました。すぐに行きます」


 ナユは頷いた。


 王都クーデターは終わった。

 アニスもナユタに来た。

 けれど、ナユタの仕事がなくなるわけではない。


 街の管理。

 警備。

 物資。

 診療所。

 アニスの療養体制。

 王国側との連絡。


 やることは山ほどあった。


 ナユは執務室に入り、机の上の書類を確認しようとした。


 その時だった。


 胸元の通信具が、小さく震えた。


 ナユの動きが止まる。


「……進藤さん?」


 通信具に淡い光が浮かぶ。


 文字ではない。

 声でもない。

 けれど、意味だけが流れ込んでくる。


 ミアズマ。

 異世界召喚。

 奴隷・移民の魔力搾取。

 召喚者操作の呪い。

 SS級召喚計画。

 人形機動兵器。

 帝国首脳部関与。


 ナユの表情が変わった。


 さっきまでアニスに向けていた柔らかい顔ではない。

 戦場で黒い核を見上げた時のような、静かで鋭い顔だった。


『緊急通信を受信。送信者、進藤海。内容は断片的ですが、危険度は極めて高いと判断します』


 ミラの声が響く。


 ナユは、通信具を両手で包んだ。


「進藤さんは?」


 短く問う。


 返事はない。

 通信は、そこで途切れていた。


 ナユの指に、ぎゅっと力が入る。


 セバスチャンが目を細める。


「お嬢様」


「進藤さんから、密報が届きました。でも、途中で切れました」


 ミナが廊下の向こうから姿を現した。


 ただならぬ空気を察したのだろう。

 表情はすでに戦う者のものになっている。


「何があったの?」


「帝国です」


 ナユは言った。


「進藤さんは、帝国の中で危険な情報を掴んだ。たぶん、今は危ない」


 部屋の空気が重くなる。


 窓の外では、ナユタの人々が普段通りに歩いている。

 市場では声が上がり、子ども達が走り、遠くの診療所では人が出入りしている。


 ここを守った。

 アニスも戻ってきた。

 王都の長い夜も終わった。


 けれど、終わっていない。


 帝国は、まだ動いている。


 そして今、進藤海がその闇の中にいる。


「ミラ。受信内容を記録して。解析を始めて」


『了解しました』


 ナユの淡い琥珀色の瞳に、強い光が宿る。


「進藤さんを、助けに行く」


 セバスチャンは、静かに一礼した。


「ならば、大人数で動くべきではございません。帝国中枢への潜入となれば、必要なのは数ではなく、隠密性と即応力です」


 ミナが拳を握る。


「私も参ります」


 ナユはミナを見る。


「危険だよ」


「承知しています。ですが、ナユ様を危険な場所へお一人で向かわせるわけにはいきません」


 ミナの声は静かだった。

 けれど、そこには一切の迷いがなかった。


「私をお連れください。必ず、お役に立ちます」


 セバスチャンも続ける。


「帝国への潜入には、裏道、偽装、情報の扱い、離脱経路の確保が必要になります。老骨ではございますが、多少の心得はございます」


 ナユはセバスチャンを見た。


 多少。

 その言葉で済ませるには、セバスチャンの気配は静かすぎた。


 王都の下水道で見せた知識。

 影のような動き。

 そして、時折見える衰えを隠す背筋。


 彼が必要だと、ナユにも分かった。


「行くのは、三人だけ」


 ナユは静かに言った。


「私、ミナ、セバスチャン」


 ミナが頷く。

 セバスチャンも深く頭を下げる。


 他の皆を巻き込めば、戦力は増える。

 けれど、目立つ。

 動きが重くなる。

 アニスを守る人も必要だ。

 ナユタを空にするわけにもいかない。


 だから、少数で行く。


 ナユは通信具を握りしめた。


 帝国の闇は、遠い場所で燃えている。

 けれど、その火はもうナユタへ届き始めていた。


 ならば、消しに行く。


 進藤海を助けるために。

 帝国の企みを止めるために。


 ナユは、静かに息を吸った。


「帝国へ行きます」



「今日の記録:進藤海さんから、帝国の危険な情報が届きました。ミアズマ、異世界召喚、操作の呪い、SS級召喚計画、人形機動兵器。どれも放っておけない内容でした。でも、通信は途中で途切れました。海さんは、たぶん帝国の中で危険な状況にあります。だから、助けに行きます。行くのは、私とミナとセバスチャンの三人だけです。少数で帝国へ潜入します。日報完了」

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